第37話 分隊演習 10
ヴァンガード『バサラ』のコックピットの中で、朱雀は一人、ヒビキと戦っていいのか悩んでいた。ヒビキが負けてしまうと、記録の上ではレッドカードのエレンとゾフィーが所属する分隊が負けた……ということになってしまう。万が一そんなことになれば、エレン達が周りからどんな扱いを受けることになるのか、想像に難くなかった。
レッドカードの責任は、とてつもなく重い。病室でのエレンの『ノブレス・オブリージュ』という言葉と、包帯だらけの姿が、朱雀の脳裏にフラッシュバックする。
その時、サクラから無線通信が入った。
「どうした、何か異常か?」
「"今、宇佐美エレンから電話があった。負けた時に言い訳されたらウザいから、手加減はいらないって"」
それを聞いて朱雀は、思わず笑ってしまった。操縦席に深くもたれかかり、目を閉じる。
「アイツには敵わないな」
「"……そうね。……じゃ、まぁ、手筈通りに"」
サクラからの無線通信は途切れた。朱雀は目を開き、正面に立つ黒い不気味なシルエットを見つめた。
「……勝算があるんだな、大神」
◆◇◆
開戦を告げるブザーが晴天に響き渡ると、サクラ達のヴァンガードは一斉にエコーシルエットに向かって突進した。サーボモーターが唸り、地面が砕け、土埃が舞う。朱雀のバサラが槍を地面に突き刺し、棒高跳びの要領で空に飛び上がる。その両脇で、サクラのイクサと龍一のシデンは身を低くして全速力でエコーシルエット目掛けて襲い掛かった。
エコーシルエットはその回答として、真っ黒な煙を口から大量に吐き出した。────煙幕だ。ヒビキはエコーシルエットの操縦桿を引きながら叫んだ。
「エコーシルエット!」
「"ヴァンガード、エコーシルエット、ヴァンガードフォームからビークルフォームへ換装します"」
後ろに大きく飛んだエコーシルエットの身体が軋み、キリキリと音を立てながら火花を散らし、まるでパズルのようにその形を変えてゆく。地面に着地した時には、エコーシルエットは装甲車になっていた。ヒビキはアクセルを踏んでハンドルを切った。
「小癪な真似を!」
龍一は煙幕の中に斬り掛かった。しかしヒビキはもうそこにはいなかった。サクラ達が煙幕の中に入るのとほぼ同時に、エコーシルエットは轟音を立てながら煙幕を突き破り、サクラ達から全速力で距離を取り始めた。
「逃がさない!」
サクラ達はすぐさま方向転換し、ヒビキを追いかける。ヒビキはハンドルを切り、ドリフト走行をしながら再び煙幕をまき散らした。
「エアレイダー!」
「"エアレイダーシステム起動"」
ヒビキの声に応じて、装甲車の天板が開いていく、すると、中から何かの大群が現れた。
◆◇◆
演習準備棟には映画館のような演習見学ルームがあり、安全な建物内で演習の様子を見学することができる。ゾフィーは一番前の席で、演習の様子をかぶりつきで見ていた。
その後ろで、ヒビキの戦いの様子を見ていた全員が啞然として口を開いていた。
「なんだあれ……装甲車になれるヴァンガードなんて聞いたことがない……!」
「なんだ! 何か出て来たぞ!」
装甲車の天板が開き、何かの大群が一斉に飛び立つ。4枚のプロペラを生やした機械仕掛けの鳥、ドローンの大群だ。
「ドローンだ!」
「ウソだろ、何百台いるんだ!?」
エアレイダーシステム。これこそがゾフィーの提案した切り札であった。300台のドローンにはカメラと爆弾が積んであり、砲爆撃の誘導と自爆特攻を行うことができる。このエアレイダーシステムの優れている点は、全てのドローンをヒビキが操縦できるという点にある。AIによる自動運転では再現できないアドリブ能力と、ドローン1台1台を別々の操縦者が操縦するのでは再現できないドローン同士の完璧な連携。ヒビキの異常な情報処理能力があってこそ実現可能な武装だが、その破壊力は尋常ではない。
◆◇◆
「”エコーシルエット、ビークルフォームからヴァンガードフォームへ換装します”」
アクセル全開のままヴァンガードフォームへ変形したエコーシルエットは、そのまま回転受け身を取りながら、左腕に内蔵されていた煙幕散布弾を乱射した。着地の衝撃でエコーシルエットの身体が軋み、コックピットの中に火花が散る。煙幕散布弾がまき散らした煙幕のせいで、演習場一帯はまるで濃霧に包まれたかのようだった。サクラ達が立っている場所も例外ではない。その上空から、300台のドローンは一斉にサクラ達に襲い掛かった。
「早速で悪いがケリをつけさせてもらう!」
エコーシルエットの腕や背中から、砲塔が、ミサイルランチャーが火花を散らして生えてくる。コックピットのモニターには300台のドローンからの大量の映像が映し出される。ヒビキは、ドローンの映像を頼りに一斉砲撃を開始した。
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