第38話 分隊演習 11

「行け────ッ! ヒビキ────ッ! 抵抗される前に一気にカタをつけるんだ────ッ! 全弾撃ち切れ────ッ!」


 悲鳴と歓声に包まれた見学室の中でゾフィーは叫んだ。


◆◇◆


 サクラ達は、蜂の大群に襲われる錯覚を覚えた。


「くっそ! 捌ききれない!」

「止まるな! 止まると本体に撃たれるぞ!」


1m先も満足に見えない黒い濃霧の中で、ヒビキの操縦するドローンは音もなく、あらゆる方向からサクラ達に襲い掛かった。お互いの居場所すら満足に把握できないこの状況で、ヒビキの詳細な位置を特定することなど不可能であった。


 50mm重機関銃4門、20mm軽機関銃8門、300mm砲2門、8連装地対地ミサイルシステム2機。1分あたり合計1万3000発もの弾丸の豪雨をエコーシルエットは放ち続けた。砲火のあまりの明るさでメインカメラは真っ白に染まり、コックピットの中を明るく照らした。砲撃の反動はすさまじく、11tもあるエコーシルエットが段々と後ろに下がっていく程であった。廃薬莢の雨が砲火に照らされて黄金色に輝く。轟き続ける砲声はまるで咆哮であった。


「くそっ! 卑怯者! 卑怯者オオオオオオッ!」


 ついに弾丸の雨とドローンの群れを捌ききれなくなった龍一のシデンに弾丸の濁流が襲いかかる。雨が降り注ぐ水面のようにシデンの装甲はバラバラにひしゃげて、ペイント弾の赤いインクで真っ赤に染まった。


「ぐあああああッ!?」


 コックピットは激しい衝撃に襲われ、火花が滝のように飛び散る。シデンはそのまま地面に倒れ、龍一の目の前のモニターには『脱落』の二文字が映っていた。演習開始から僅か2分のことであった。


「龍一! クソ! ダメだこのままじゃ埒が明かない! サクラ! ダメもとで仕掛ける!」


「ダメだ朱雀! 無茶だ!」


 朱雀の傷だらけのバサラは槍を使ってまた再び上空へ飛び上がった。黒い雲を纏いながら青空に浮かび上がるバサラ。夏の日差しが真紅の装甲の傷を浮かび上がらせる。


「大神────ッ! そこか────ッ!」


 バサラのメインカメラがエコーシルエットの姿を捉える。ドローンのカメラ越しにそれを目視したヒビキは、やむを得ず砲撃をやめて回避行動を取りながら新たな武装を展開した。


(まだ武器があるのか!)


 エコーシルエットの背中から、さらに大型のミサイルシステムが姿を現す。16連装地対空ミサイルシステム。エコーシルエットの対空攻撃の要となる武装だ。


(ミサイル!!)


 チャフとフレアを一斉に放つバサラ。同時に、エコーシルエットもミサイルを一斉に放った。


 白煙の軌道を描きながら、空中のバサラに襲いかかる16発のミサイル。朱雀はエコーシルエットに向けて槍を構える。5発程のミサイルがチャフに吸い込まれていくが、残りの11発のミサイルはバサラに襲い掛かった。


「くっ────!」


 朱雀は、3発のミサイルを槍で捌くことに成功したが、それまでだった。


 8発のミサイルが空中のバサラに一斉に直撃する、真紅の装甲がはじけ飛び、鋼色の内部骨格を赤いインクが真っ赤に染め上げる。


「ぐ、あああっ!?」


 姿勢制御能力を喪失したバサラは轟音と共に演習場に墜落し、高い土煙が立ち上った。激しい衝撃と共にコックピットの中で火花が弾け、バサラは機能を停止した。


「朱雀────ッ!」


 サクラは襲い掛かるドローンの群れを必死に捌いていた。


(マズい! 龍一と朱雀が居なくなった以上、全部のドローンの標的が私になる!)


 流れるような刀さばき、4mの対機動士ヴァンガード用大太刀で、サクラは近づいてくるドローンを全て叩き切った。太刀が纏う黒煙はイクサの周りに、さながら、水墨画のような流麗な軌跡を描く。サクラが刃を振るう度に、黒煙の中で白刃が陽光を受けて淡く輝く。


 バサラを沈めたエコーシルエットの銃口がイクサの方に向き、また再びあの猛烈な砲撃が始まる。


「くっ……!」


 サクラの太刀筋が一層冴え渡る。ひらりひらりと飛びながら、近づくドローンを切り裂き、じわじわとエコーシルエットとの距離を詰めて行く。


(なんだコイツ……化け物か……!?)


 次々と信号を喪失するドローン。サクラ1人に対する攻撃はさっきまでより苛烈になっているはずなのに、サクラに攻撃が当たらない。ヒビキは焦った。エコーシルエットは、じわり、じわりと後退する。


(まずい、煙幕がだんだん晴れてきた! 押し切れない……!)


◆◇◆


 見学室はかつてない盛り上がりを見せていたが、その中で1人、ゾフィーだけは青ざめていた。


(まずい、まずいまずいまずい! エコーシルエットの攻撃が見切られ始めてる! 玄武寺サクラは化け物なのか!? こんなの想定してない! ずるだ! ずるい!)


 煙幕がだんだんと晴れてくると、エコーシルエットがばらまいたペイント弾のせいで真っ赤に染った地面と、その地面に散らばる大量のドローンの残骸、そして、淡い煙の中で舞うように刃を振るうイクサの姿が見えるようになった。


◆◇◆


 ヒビキとサクラは、ついに互いの姿をメインカメラで視認する。300台もいたはずのドローンは今や数える程になっており、エコーシルエットの武装も、いくつかはもう弾切れしている。


「大神ヒビキ──────ッ!」


 イクサはモーターを唸らせ、ドローン達を振り切るようにエコーシルエットに向かって走り出した。


「くっ!」


 エコーシルエットが最後の弾薬を放ち始める。もう最初ほどの密度は無い。襲い掛かる弾丸をイクサは刃で叩き落としていく。刃に弾丸が当たる度に、弾丸が火花となって砕け散る。


 エコーシルエットのコックピットに鳴り響くエラー音。モニターには弾切れを示す『Empty』の文字。エコーシルエットに肉迫し、太刀を振り上げるイクサ。


 ─────ヒビキは選択を迫られていた。

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