第26話 やんごとなき諸事情 8
「100%じゃなくていい。50%くらいは、俺が量子コンピューターを持っていないってことを信じてもらえるか?」
「……うん、信じる」
「……悪かったな、妙な経験をさせてしまって、この方が効率がいいと思ったんだ」
狭いコックピットの中に、暫く沈黙が流れた。ヒビキとエレンはモニターに映る格納庫の中を見つめていた。
「聞いてもいい? 君の目的」
「目的か」
「ゾフィーは、君が何かを探し回っていると考えてる。そうなの?」
ヒビキは静かに頷いた。
「このエコーシルエットは、俺の親父から譲り受けたものだ。エコーシルエットの基幹システムの中には、極めて、極めて強力な暗号に守られた区画があって、俺はそれを一晩かけて破った、その区画の中には親父からのメッセージが残されていた」
そう言ってヒビキは、エコーシルエットのコックピットに据え付けられたタッチパネルを操作した。2人の眼前に2021/12/25という名前のファイルが表示される。
「……中を見せることは出来ない。すまない……だがまぁ、概要なら問題ないだろう。口外しないと、約束してくれるか?」
エレンはヒビキに強く頷いた。
「このメッセージが存在することも、メッセージを見たことも、もちろん内容も秘密だ。……メッセージにはこのようなことが書かれてあった。ハイブマインド計画は存在せず、親父は無実であること。俺が幼少の頃に他界した俺の母さんは、メッセージに記載できない経緯で死亡していること。ヴァンガードの技術に関して、ある重大な秘匿事項があること。これらのこと……つまり、『親父の無実の証拠』と『母さんの死の真実』と『ヴァンガード技術の重大な秘密』は全て繋がっていること。そして、最後にこう追記されていた──────」
ヒビキはエレンを見つめながら口を開いた。
「"白兎を信じろ"……と」
「白兎……」
そして、ヒビキは全てのファイルを閉じた。
「聞いての通りメッセージの内容は荒唐無稽だ、だが、このメッセージを守る暗号は、俺が過去に見たあらゆる暗号の中で最も強力な暗号だった。そこまでして守ったメッセージに書かれていることが、デタラメだとは俺には思えない」
エレンは静かに口を開いた。
「君は、そのメッセージが指し示している『何か』を探しているんだね」
ヒビキは強く頷いた。
「まぁ、俺が探しているのが、何らかの事実なのか、何か手に触れられる物なのか、或いは"誰か"なのかすら分からないんだがな」
「けど、どうやら手がかりがこの学校にあるらしい……と?」
「そうだ。これは俺の予想に過ぎないが、先日の異形のヴァンガードも、その前に来たテロリスト達も、その手がかりに勘づいている可能性がある。何かあるんだよ、この学校に」
そこまで聞いてエレンは、顔を上げて笑って見せた。
「やっぱり君は面白い」
◆◇◆
ヒビキはエコーシルエットの電源を落とすと、搭乗ハッチのハンドルに手を掛けた。
「色々教えておいて何だが、宇佐美、俺は俺のややこしい事情にお前を巻き込むつもりは無い」
エレンは、それはいくらなんでも無理があるだろうと思った。
「……それは難しいんじゃない?」
ハンドルを回すヒビキの手が止まる。
「そうか?」
「うん」
「……悪い、余計な疑いを晴らすだけのつもりだったんだが」
エレンは首を横に振った。
「ヒビキ、違う。さっきの話が、無関係のことだとは思えなくて。だって、私は──────」
その時、格納庫の扉が静かに開いた。ヒビキはその音に気付けなかったが、エレンは目を見開き、コックピットの内壁の向こう、格納庫の扉の方を見つめた。
「……宇佐美?」
「誰か入ってきた」
◆◇◆
「これがエコーシルエット……」
ゾフィーは静かに格納庫の扉を閉めると、深く被っていた猫耳パーカーのフードを少し押し上げた。そそくさとエコーシルエットの足元に駆け寄ると、背負っていた大きなリュックを降ろして、中からノートパソコンを取り出す。
「エレンがアテにならない以上、自分で証拠を集めるしかなイ……アイツの言う通りなら、このエコーシルエットを設計したのは恐らく大神レイジ本人、機体の中に何か隠されていてもおかしくなイ」
ゾフィーはノートパソコンに長いケーブルを差すと、その反対側を持ってエコーシルエットの足元をウロウロし始めた。
「どこかにメンテナンス用のインターフェースがあるはずなんだケド……アレ……」
「インターフェースは装甲の下だ。ケーブルを差したければ、一時的に装甲を取り外すか、コックピットに入るしかない」
「うひゃああ!?」
ゾフィーは驚いて飛び退き、エコーシルエットの足元に隠れた。
「そ、その声は大神ヒビキ!? キミは今補習中のはずじゃ……!」
「補習なら終わったさ。ここで何をしている」
ヒビキはゆっくりとブリッジを渡ると、階段を降り始めた。後を追ってコックピットから出てきたエレンも、ヒビキの後を追う。ゾフィーはこっそりと足元から顔を覗かせ、階段を降りる2人の姿を見て目を見開いた。
「エレン……! そうか、話が読めたヨ……! キミはあくまで大神君の味方なんだネ……!」
「味方? なんの事だ、俺は宇佐美にエコーシルエットの詳細なスペックを説明していただけだ。お互いの機体の性能を理解しておかないと、分隊演習に支障が出るからな」
「見え透いた嘘を! ならわざわざエコーシルエットに搭乗する必要は無いだろう! 分厚い装甲に覆われた密閉空間であるコックピットの中は密談に最適だ! このエコーシルエットの中なら尚更だ! お前のことだからよほど素晴らしいセキュリティを積んでいるんだろう! WOLF!」
「またその馬鹿馬鹿しいハッカーの話か。落ちこぼれ学生の俺が、そんな中二病じみた名前のハッカーな訳ないだろう」
「ば、馬鹿にしやがってーっ!」
「ねぇ」
2人のやり取りを静かに聞いていたエレンが、おもむろに口を開いた。
「ゾフィーは、WOLFのことが好きなの?」
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