第36話 分隊演習 9

 雑木林の中にポツリと立つ演習準備棟と名付けられた重厚な建物の中で、ヒビキ達は分隊演習のガイダンスと長い長い安全講習を受けた。そして、ヒビキ達の運命を決定づけるクジ引きが始まった。


 分隊の代表が順番にクジを引いていき、その度に歓声や悲鳴が上がる。


 初回の分隊演習は、チュートリアル的な側面が強く、どの分隊とどの分隊が模擬戦闘を行うのかはクジ引きで決定される。ヒビキは自分のことを性格が悪いとは思ったが、できるだけ弱い分隊と戦いたいと考えていた。


(サクラの分隊だけは嫌だ、サクラの分隊だけは嫌だ)


 ヒビキは柄にもなく手を合わせてカミサマに祈った。サクラが率いる玄武寺分隊は、今年の一年生の分隊の中での最強の候補の一つだ。例えエレンが謹慎中でなくても、ヒビキはサクラの分隊とはできるだけ戦いたくなかった。


 そしていよいよ、ヒビキ達の番が来た。謹慎中の宇佐美分隊長に代わり、ゾフィーが分隊の代表としてクジを引く。


 箱の中からゾフィーが取り出した紙に書かれていた数字は────


「3! 3だ!」


 ゾフィーは3番のクジを掲げた。各所から落胆の声が上がる。……エレンのいない宇佐美分隊など、そんなのただのボーナスステージだからだ。ボーナスステージに参加できなかった学生達は、当然不満の声を上げる。


 その嫌な雰囲気を打ち砕くように、凛とした声が響いた。


「……ふーん、やっぱりあんた達と当たることになるのね。ま、そんな気はしてたけど」


 その声を聞いたヒビキの背筋に悪寒が走る。声の方へ振り返ると、そこには3のクジを持ったサクラが立っていた。


 サクラの後ろに立っていた龍一は、ヒビキを見て憐れむように笑った。


◆◇◆


 1番のクジを引いた分隊同士の演習があっという間に終わり、2番のクジの分隊の演習も瞬く間に終わってしまい。いよいよ、ヒビキ達の番になった。


 ヒビキはゾフィーに見送られながらエコーシルエットのコックピットに乗り込んだ。


「さて、ボクにできることはここまでだ。ケド、最後にひとつ」


 ゾフィーは搭乗口からコックピットを覗き込みながら言った。


「前にも言った通り、君は神経共鳴のやりすぎで脳に炎症が起こっている。頭痛がしたり、他にも何か違和感があったらすぐに操縦を中断すること。これは、脳神経外科医、猫宮・S・ゾフィーとしてのお願いだ。……所詮はただの授業なんだカラ、命をかける価値は無いからね。そこは履き違えないように」


「わかった」


 ゾフィーは最後にウインクを決めると、搭乗口の蓋を閉じた。


 ヒビキはヘルメットを被り、白い学生証をカードリーダーにかざした。


◆◇◆


 雑木林に囲まれた広大な演習場にはいくつもクレーターが空いており、これまでに行われた演習の激しさを物語っていた。


 ピカピカに磨きあげられたエコーシルエットの黒い装甲が、夏の午後の照りつける陽光を受けて輝く。200m程の距離を挟んで向かい合うのは、サクラ達が操縦する3機のヴァンガードだった。


 分隊演習の担当教員からの通信が、ヒビキの元に入る。


「間もなく、宇佐美分隊 対 玄武寺分隊の分隊演習を開始する。中枢部である胸部に、一定量以上の被弾を受けた機体は、機能停止したものとして即座に脱落となる。どちらかの分隊が全滅すると勝敗が決定し、演習は終了となる。ルールは以上、ブザーの合図で演習を開始すること」


 一方的な通信が切れると、ヒビキは操縦桿を握り直し、ブザーを待った。


◆◇◆


 ヴァンガード『イクサ』のコックピットの中で、サクラは迷っていた。エレンが停学になったのは、同じ分隊のメンバーである龍一と朱雀の責任でもあるのは明白だったからだ。それだけではなく、正々堂々を信条とするサクラにとって、1人を3人で袋叩きにするというのは気持ちのいいものではなかった。


(このままヒビキと戦っていいのか……)


 その時、マナーモードにしておいたサクラのスマホが震えた。


(こんな時に誰だ……今は授業中だというのに……)


 サクラは初め、着信を無視していたが「もしかしたら何かしら緊急の案件かもしれない」と、念のため確認することにした。


 パイロットスーツの胸ポケットからスマホを取り出す。画面に表示されていた名前を見て、サクラは驚愕した。


「宇佐美エレン……!」


 サクラは恐る恐る通話ボタンを押した。


「”遅い”」


「……なんであんたが私のRINEアカウント知ってんのよ」


「”ましろんに教えてもらった”」


 ましろん……とは、同じクラスの大賀真白という女子生徒のあだ名だろう。サクラは、いつも一人で居る印象の強いエレンに人並みの交友関係があったことに驚いた。


「ふーん。で、何。今授業中なんですけど」


「”ヒビキに手加減は必要ない”」


「……は?」


「”負けた後、言い訳されたらウザいから”」


 そう言って、エレンはいきなり電話を切った。一人残されたサクラは暫く啞然としていたが、スマホを胸ポケットにしまうと静かに微笑んだ。

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