第21話 やんごとなき諸事情 3

 第一食堂はざわめきに包まれていた。世間を騒がせる天才パイロット宇佐美エレンと、世界的天才エンジニア猫宮・S・ゾフィーと、しなびた野良犬みたいな青年が同じテーブルを囲っていたからだ。


「あの包帯の子……また独断でヴァンガードを動かして学校中をめちゃくちゃにしたらしいよ」

「でもお咎めなしなんでしょう? ちょっと優遇されすぎだよね」

「レッドカードだかなんだか知らないけど、調子乗ってるよな」

「今度は水泳部に道場破り仕掛けたって話だぜ? 自分の力を誇示したくて仕方ないんだろうな」

「猫宮・S・ゾフィー……実物初めて見た……」

「誰あの挙動不審な男……なんであの面子と一緒にご飯してるの?」


 食堂に入って、「さぁ、何でも好きなものを頼むと良い!」とレッドカードを振り回していたゾフィーだったが、わざと聞こえるように言ってるんじゃないかと疑うほどの陰口の濁流に揉まれ、へにょへにょになっていた。


「ね、ねぇ……エレンって学園のスター的なポジションだと思ってたんだケド……違うの?」


「……俺が世俗に明るいタイプに見えるか? 誰が誰をどう評価してるかなんて知らないさ」


 ヒビキはそう言って かけうどん を啜った。クラスメイトの顔と名前すらあやふやなヒビキである。当然、エレンがほかの生徒からどう思われてるかなんて知らない。


「っ! ……ふん! 君みたいな日陰者に聞いたのが間違いだった!」


 ゾフィーはそう言うと、和風定食Bの塩サバにフォークを突き刺した。エレンはと言うと、陰口なんて何処吹く風で唐揚げをひたすら口に詰め込んでいる。


「お前、さっき散々マドレーヌを食ったばかりだろう……なんでそんなに食えるんだ」


「ん……今……唐揚げ……」


「あー悪かった悪かった、今唐揚げ食べてるもんな、うんうん」


 エレンは唐揚げの山にマヨネーズを山盛りに掛けて、それを山盛りの白米と一緒に、それはさぞ美味しそうに頬張った。


「何アレ、ガキみたい」

「俺たちの学費で飯食ってると思うとムカついてきたな」

「うざ」


 ゾフィーはおもむろにフォークを置くと、ボソリと呟いた。


「nervig……」


 そしてゾフィーが立ち上がろうとした時、ヒビキはそれを止めるようにわざとらしくこう言った。



「あー……突然音楽が聞きたくなってきた」



 ゾフィーは意味がわからず「は?」と言いかけて─────


「待って! 一体何を─────」


 ヒビキはほんの、ほんの一瞬だけヘッドホンに片耳を押し当てた。そしてまたすぐにかけそばを食べ始める。


「ん? どうかしたか?」


 ゾフィーは慌てて周りを見渡す。しかし、特に何も起きていないようで、ゾフィーは安堵のため息とともに和風定食Bを食べるのを再開した。


「い、いや別に? ボクはただ──────」


 その時、突然悲鳴が聞こえてきた。


「はぁ!? なんか俺のグランドレッドファンタジアのアカウントBANされてるんだが!?」

「マジ? はははウケる……ん、なんか俺もローディング画面動かないな……」


 そしてまた悲鳴が聞こえてくる。


「え? は? 私のイソスタの投稿全部消えてるんだけど!?」

「え、なに何? 乗っ取り?」

 

「そーいやお前先輩から後期中間の過去問貰ってたよな、アレ俺にも見せてくんね?」

「いいぜー……あれ、確かスマホのこのファイルに……うわなんだこれ!? ファイル名文字化けしてて開けねぇ!?」

 

 混乱に包まれる第一食堂。ゾフィーは辺りを見渡すと、半分脅えるような目でヒビキを睨んだ。


「何をしたんだ!」


「ん? なんの事だ? 見ての通り俺は昼飯を食べてるだけだ」


 そう言ってヒビキは出汁を飲み干した。そして手を合わせるとお盆を持って席を立った。


「悪いが俺は午後から補習授業に出なきゃいけないから先に失礼させてもらう。ご馳走様」


「待て! 逃げる気か!? ボクはまだ君に問いたださなきゃいけないことが────!」


 ヒビキはひらひらと手を振って歩き去っていった。WOLFを追うゾフィーにとって、ヒビキのさっきの行動は完全に挑発であった。


「ゆ、許せない……このボクをこんなにコケにするなんてぇっ……!」


「ゾフィー」


 いつの間にか唐揚げ定食(山盛り)を食べ終わっていたエレンが口を開く。


「ヒビキのお父さんについて、教えてほしい」

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