第29話 分隊演習 2
「ゾフィーも頭が悪い、ヒビキに吠え面をかかせたいなら、まず私を何とかしなきゃ行けないことを忘れてる。そんなこと、できっこないのに」
龍一達とエレンの間にヒリついた空気が流れて、それを察してか教室が静かになる。
「宇佐美君さぁ……やっぱりちょっと調子に乗ってるよね」
「だとしたらどうするの? 何もできないくせに」
睨み合うエレンと龍一。コンビナート火災に天然ガスを満載したタンカーで突っ込む勢いで火に油を注ぎまくるエレンを止めるべく、ヒビキは話題を逸らすことにした。
「ま、まぁとにかく、ゾフィーと話してみるよ」
「お前……僕の話をちゃんと聞いてたのかい?」
そう言って、龍一はヒビキを睨んだ。
「余計なことしたらタダじゃ置かないからな、僕はゾフィー君にヴァンガードを調整してもらう。どうしても今の整備士に固執するというなら、サクラ、君一人でそうするんだね」
そう言って龍一は歩き去っていった。サクラはため息を着く。
「龍一はああ言ったけど、やっぱりゾフィーと話して欲しい。頼んだわよ」
そう言って、サクラも自分の席に戻って行った。
「はぁ……なんでこんなことに」
ヒビキは頭を抱えた。エレンがそれを見て口を開く。
「好きにすればいい、私がいる限り、誰も君に危害は加えられないんだから」
◆◇◆
悩みに悩んだ末、とりあえずヒビキはゾフィーと話をするために……学校の外のコンビニに来ていた。冷房の効いたコンビニの中で商品を選ぶフリをして待つこと15分。
「げっ!? お、大神君!? なんでここに!」
ゾフィーはコンビニにやってきた。
2人は、コンビニの外の日陰で話すことにした。
「……このコンビニに来たってことは……やっぱりそうなんだな」
考えに考えた結果、ヒビキの中に『そもそもゾフィーはわざわざ和を乱すような真似をするのか?』という疑問が浮かんだのだ。猫宮・S・ゾフィーは頭が良いし、真っ当な倫理観だって持っているようにヒビキには見受けられた。確かに少々ポンコツなところはあるが、空気が読めないようには見えなかったのだ。
ゾフィーは顔を赤くし、フードを被って車止めの上に座り込んでいる。
「言っておくが、俺はお前が今考えているようなことはしていないぞ」
「ぐっ……じゃあどうしてボクの居所が分かったんだ! 説明してもらおうじゃないカ!」
ヒビキの考えていた通り、ゾフィーはヒビキが『ゾフィーのスマホをハッキングして位置情報を割り出した』と考えていたようだ。流石のヒビキもそんな真似はしない、正体が露見するどうのこうのではなく、単純に同級生の(しかも女子の)スマホをハッキングするのは憚られたからだ。
「腹は減ったが部屋に食い物がない、学内の売店や食堂は整備科1年の連中に出くわしてしまいそうで行きたくない……なら、最寄りのコンビニに行くしかないだろう」
時刻はお昼すぎ、朝から何も食べていないとすればいい加減お腹が空く時間だ。ゾフィーは静かに頷いた。
「昨日、大手を振ってサクラ達の分隊に声をかけたはいいものの、雰囲気が最悪になってしまい、ついでに引っ込みもつかなくなって逃げてくるしか無くなった……そんなとこだろ?」
ゾフィーは俯き、膝に顔を埋めた。
「……ボクの代わりに誰をチームから外すか、なんて話が始まると思ってなかったのサ」
「4人目の整備士になるつもりだったのか?」
ゾフィーは頷いた。
「整備士が3人までってことを知らなかったのか?」
ゾフィーは頷いた。……ポンコツである。ヒビキの『もしかしてゾフィーはポンコツなのでは?』という予想が確信に変わる。
「そもそも、学校には何と言われてたんだ?」
「特に何も。授業には普通に参加してもらう……とは言われてタ」
連日の騒動で、詳細な連絡が有耶無耶になったのだろう。整備士に人数制限があることがきちんと連絡されていなかったのなら、今回のこれは事件ではなく事故だ。ヒビキは、ゾフィーのことがさすがに可哀想になってきた。
「なら、事故みたいなものじゃないか」
ゾフィーは鼻をすすった。ヒビキは困って髪を掻いた。
「これから、どうしたいんだ?」
「もう嫌だ……全部、なかったことにしたい……」
立ち上る入道雲を見ながら、ヒビキはコーラの缶を開けてゆっくりと飲んだ。蝉の声にかき消されて、すすり泣く声は聞こえなかった。
コーラがすっかり無くなった頃、ヒビキは静かに口を開いた。
「提案がある」
◆◇◆
第一食堂の四人掛けのテーブルで、エレンとサクラは対角線上に座っていた。エレンは黙々と巨大なパフェを頬張り、サクラは静かに本を読んでいた。二人の間には、会話はおろか目線のやり取りすらなかったが、極めて険悪な空気が流れていた。程なくして、ヒビキとゾフィーがやって来た。
「悪い、待たせたな」
ヒビキは事の顛末を手短に説明した。
「は? 分隊の人数制限を知らなかった??」
「……ぽんこつ」
「仕方ないだろ! 連絡されてなかったんだカラ!」
エレンの憐れむような視線に、ゾフィーは顔を真っ赤にして反論した。
「連日の騒動で詳細な連絡が行き届いてなかったんだろう、要するに事故だ」
サクラはため息をついた。
「……なら仕方ないわね。安心したわ、レッドカードをお持ちの方々はみんな頭がおかしいのかと思ったから。常識がないのはどこかの誰かさんだけみたいね」
サクラの露骨な嫌味を、エレンは鼻で笑って受け流した。ヒビキは話を続ける。
「……で、ここからが本題なんだが、ゾフィーにはうちの分隊の整備士になってもらおうかと考えているんだ」
パフェを食べるエレンの手が止まる。
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