第30話 分隊演習 3

「理由はいくつかあるが、最大の理由は現在整備士を受け入れられる分隊がうちの分隊しかないことだ。おそらくだが、正常に連絡が行き届いていればゾフィーは本来ウチの分隊に入っていただろうしな」


 現状、整備士が不足している分隊はヒビキとエレンの『宇佐美分隊』だけなので、ゾフィーに宇佐美分隊に入ってもらうのが最も良い解決手段だった。すでに整備士が3人いるところに殴り込みをかければ、ややこしいことになるのは今回の件で証明済みだったからだ。


「サクラ、すまない。色々引っ搔き回しておいて申し訳ないんだケド、これがベストな解決手段だと思うんダ。もちろん、分隊の皆にはボクからきちんと謝罪と説明をするよ」


 それを聞いて、サクラは優しく微笑んでみせた。


「まぁ、今回は事情が事情だしね……私は構わないわよ、大神君のとこの分隊長さんはなんて言ってるの?」


「……オオカミ君はいいの?」


 エレンはわざと『狼』のイントネーションでヒビキに問いかけた。エレンはヒビキのやんごとなき諸事情を知っているから、『手がかりの調査に支障をきたさないか?』ということを聞いているのだろう。


 確かに、それはヒビキも懸念したことだった。ヒビキのことをWOLFだと疑ってやまないゾフィーと分隊を組めば、ゾフィーと話す機会も多くなり、手がかりの捜索に支障をきたすことになるだろう。したがって、ヒビキの返答はこうであった。


「大丈夫だ、何も問題ない」


「なっ……! ぐ、ぐぬぬぬ……」


 ゾフィーは『舐めやがってー!』と内心怒っていたが、今回はヒビキに色々助けてもらっていることもあり、怒るに怒れず、複雑な顔をした。


 ヒビキのこの返答には明確な理由があった。ヒビキの最大の目的である『やんごとなき諸事情に関わる何か』の捜索の最大の障害は、ゾフィーではなく、多忙な学校生活だったからだ。


 ハッキングや実地調査に勤しみながらハードな授業と課題をこなすのは中々に骨が折れる。おまけに、エレンと自分のヴァンガードを整備しなければならないとなると、これはもうハッキングか授業かのいずれかを犠牲にしなければならない。ハッキングを犠牲にしては本末転倒だし、授業を犠牲にすればますます成績が低迷して最悪の場合、留年、退学なんてことになりかねない。退学になってしまうと、『何か』の捜索の最終段階である実地調査の難易度が跳ね上がってしまうので、これもどうしても避けたかった。


 そのような事情を鑑みると、正体がバレるリスクを取ってでも、ゾフィーにヴァンガードを整備してもらって時間と体力の余裕を確保することが、収支としてはプラスになるとヒビキは考えたのだ。


「そ、なら、いいよ。行く当てのない野良猫ちゃんを拾ってあげる」


 エレンはそう言ってクスクスと笑ってみせた。エレンの言葉に、ゾフィーはまた複雑な顔をしてみせたが、最後には安堵の笑みを見せた。


 その日の夕方、ゾフィーが正式に宇佐美分隊に加入したという連絡がヒビキの元に届いた。


◆◇◆


 翌日の朝、クラスどころか学校中が、ゾフィーが宇佐美分隊に入ったという話で持ち切りだった。操縦科の学年最強レッドカードと整備科の学年最強レッドカードが手を組むという最悪の事態に、学校中が震え上がった。そして、何故かその分隊に入っている謎の日陰者のことも話題に上がっていた。


 ヒビキがいつものように始業ギリギリの時間に、教室の後ろ側のドアからこっそり教室に入ると、それまで賑やかだった教室がいっぺんに静まり返った。冷たい視線がヒビキに降り注ぐ。


「見ろよ、ヒモ男さんのお出ましだぜ」

「全く、羨ましい限りだな」

「猫宮さん、アイツに弱み握られてるって噂だよ」

「何それ、サイテー……」


 ヒソヒソとした話し声が聞こえてくる。ヒビキは聞こえていないフリを装った。


(まぁ……そうなるか……)


 これはヒビキも予想していたことだった。エレンとゾフィーというこれ以上ない味方が居る以上、ヒビキは恐らく何の苦労もなく分隊演習で良成績を残せるからだ。教室で寝てばかりの冴えない落ちこぼれがそんな良い思いをすれば、嫌な顔をされるのは当然であった。ついでに言うと、エレンもゾフィーも学校で指折りの美少女なので、男子からの視線は特に厳しい。


 ぼっちが加速するな、と、ヒビキはため息をついたが、そんなヒビキにも数少ない友人が居た。


「おはようヒビキ。今、学校中がお前たちの噂で持ち切りみたいだぞ」


 キツい沈黙を破ってくれたのは、ヒビキの数少ない友人である熊谷優護ゆうごだった。成績は龍一に続く5位で、メガネをした筋骨隆々の巨人だ。筋肉が大きすぎてシャツがパッツパツになっている。筋肉があるのに爽やかで、飾り気のない気風が一緒に話していて気持ちよく、しかも優しく強く頭もいい最高の男だ。


 友人である熊谷の言葉に、ヒビキは思わず───油断してしまった。


「勘弁してくれ熊谷、気づいたらこうなってたんだよ」


 ヒビキの冗談交じりのその発言は、致命的な失言だった。


「気づいたら、こうなっていただと……!」


 怒気をはらんだ声を上げながら、一人の男子生徒が立ち上がる。龍一だ。そのただならぬ表情に、朱雀をはじめとした数人の生徒が慌てて立ち上がり、熊谷も龍一とヒビキの間に割って入る。自分の席で居眠りをしていたエレンは物音で目を覚まし、眠そうな目を擦った。


「落ち着け龍一、猫宮の件は学校側の手違いが原因で、仕方のない事故だったと昨日散々話し合っただろ。元々猫宮は宇佐美分隊に入るはずだったんだ。物事があるべき形に戻っただけだ!」


「黙れ! 朱雀! お前はサクラの前で良い格好がしたいだけだろう!」


 そう言って龍一は朱雀のことを睨んだ。度の過ぎた言動に怒った朱雀が、表情を変えて今にも龍一に飛びかかりそうになり、サクラが慌ててそれを止める。


「龍一あんた……! ちょっといい加減にしなさいよ!」


「お前は口を閉じてろ! 剣しか能のない馬鹿女が! お前が余計なことをしなければ────」


 気づけば朱雀はサクラの拘束を振りほどき、龍一に殴りかかっていた。熊谷や他の生徒が慌てて止めに入ろうとするが、机や椅子が邪魔な上に距離が遠すぎた。間に合わない、誰もがそう思った。


 しかし、朱雀の拳が龍一に届くより早く、エレンがその間に割って入り───


 龍一を殴った。

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