第13話 望月と遠吠え 8
異形のヴァンガードの巨大な触手がTC-1に次々と襲い掛かる。エレンは眉一つ動かさずに触手をひらひらと躱す。触手は地面や建物の壁を滅茶苦茶に破壊し、その度に轟音と土煙が上がる。エレンは内蔵されていたバトルナイフを抜き放つと、触手を避け様に切りつけた。甲高い音とともに滝のように火花が飛び散り、ナイフは触手にかすり傷をつける。
(硬い……!)
エレンはナイフを格納し、目にもとまらぬバク転で異形のヴァンガードから距離を取ると、工事中の路面に止まっていたタンクローリーを掴んだ。TC-1のモーターが唸り、タンクローリーは異形のヴァンガードめがけて宙を舞う。異形のヴァンガードの触手が振り抜かれ、タンクローリーは空中でスクラップになる。しかし、タンクの中に入っていたセメントはそのままの勢いで異形のヴァンガードに襲い掛かった。
セメント粉が煙幕のように飛び散り、当たりは真っ白になる。エレンはその隙に、今度はショベルカーのアームを掴んでハンマー投げの要領で異形のヴァンガードに投げつけた。
ゴーンという鈍い音が響く。煙幕の中で異形シルエットはほんの少しのけぞったが、それだけだった。触手がキリキリとうねり、一斉にTC-1めがけて襲い掛かる。
立て続けに5回のバク転を行い。5本の触手を躱すTC-1。
(触手は6本だったはず! もう1本はどこだ……!)
ざらり、と、死の気配がエレンの背を撫でる。エレンは目を閉じ、バトルナイフを再び抜き放つと、TC-1の右ひざにナイフを突き立てた。
次の瞬間、地面の下から姿を現した6本目の触手が砂煙を上げながらTC-1の右足首に絡みつく。エレンはすかさず、ナイフで右膝から下を切り落とす。触手は瞬く間にTC-1の右足を奪い取ると、宙に放り投げた。エレンは片足を失ったTC-1を器用に操縦し、異形のヴァンガードから大きく距離をとる。
(あと一瞬気づくのが遅かったらやられていた!)
訓練用ヴァンガードTC-1と、異形のヴァンガードとの間には圧倒的な性能差があった。TC-1の4倍はある体格、極めて高い飛行能力、ショベルカーを投げつけられるくらいではびくともしない耐久力。そして何より、機動力、破壊力、射程に優れた6本の触手。
エレンの操縦技術をもってしても埋めようのない戦力差。
(倒しきれない。時間を稼ぐしかない)
操縦桿を握り直すエレン。TC-1は四つん這いの姿勢になる。その後方には、戦いの様子を眺める1台のドローンの姿があった。
◆◇◆
「さすがのエースパイロットちゃんも苦戦してるみたいだネ、まぁ仕方ないサ。こっちは訓練用機、あっちは少なく見積っても軍の最新鋭機クラス。戦力差がありすぎるネ」
ドローンのカメラから送られてくるエレンの戦いの様子をスマホで眺めながら、ゾフィーはスナック菓子をばりばりとむさぼった。
「食べる?」
「いらない」
サクラは、スナック菓子を押しのけてそっぽを向いた。
「こらこら、ここの学生ならちゃんとエースパイロットちゃんの戦いを見学しなきゃ」
そっぽを向いたサクラに、無理やりスマホの画面を見せるゾフィー。サクラは怒鳴り声を上げてゾフィーの手を跳ね除ける。
「あたしに構わないでよ!」
そんなサクラを見てゾフィーがわざとらしく肩をすくめた、その時だった。
◆◇◆
それまでTC-1のことを凝視していた異形のヴァンガードが突然、特別教室棟の方へ振り向く。
(何だ……?)
その様子をTC-1のコクピットで見ていたエレンの瞳孔が開く。
異形のヴァンガードはゆっくりと視線を落とすと、突然、触手を振り上げた。
「やめろ────ッ!」
片足と両手を使って一気に加速するTC-1。エレンは、異形のヴァンガードと特別教室棟との間に割って入った。
直後に、異形のヴァンガードの触手がTC-1に向かて(より正確には、TC-1の後ろの特別教室棟に向けて)振り下ろされる。両腕で防御を試みるTC-1。しかしその努力は虚しく、異形のヴァンガードはたったの一撃でTC-1の両腕を破壊した。
「っ……!」
凄まじい衝撃と轟音。コクピットが揺れ、中で火花が飛び散る。片足のないTC-1は踏ん張りが効かず、そのまま特別教室棟に叩きつけられる。
◆◇◆
凄まじい衝撃がサクラ達のいるシェルターを襲う。バチバチと蛍光灯が明滅し、天井から埃が降ってくる。
「ひゃあっ!?」
「ぐっ!?」
慌ててスマホの画面を確認するゾフィー、サクラも思わず画面を覗き込む。ドローン越しの光景に、二人は思わず固唾を飲んだ。
特別教室棟に向けて異形のヴァンガードはでたらめに触手を振り回す。その攻撃を、エレンの操縦するTC-1が庇うように受け止める。……いや、受け止め切れていない。TC-1の装甲は攻撃に耐えきれず、ひしゃげて弾け飛び、触手が振り回される度に原型を失っていく。
「あいつ、なんで避けな────」
サクラの言葉を遮るように、衝撃がシェルターを揺らす。自分の置かれている状況を理解して、サクラは青ざめた。さっきまでヘラヘラしていたゾフィーの額を冷や汗が伝う。
「お相手さん、どうやらこのシェルターに勘づいたみたいだネ」
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