第12話 望月と遠吠え 7

 管理棟の下に設けられた第一シェルターの中は、人でごった返していた。中にいる人間の大半は先日の戦闘の跡の修復工事のために雇われた職人たちだ。シェルターの中に設置された医療用汎用救命装置『アスクレピオス』の中では、青い顔をしたヒビキが寝息を立てている。アスクレピオスの蓋を閉じた医務の先生は、傍らに立つ朱雀に話しかけた。


「朱雀君、あなたの判断は正しいけど、スリーパーホールドはちょっとやりすぎね。大神君には後でちゃんと謝罪をすること」


「はい、そうします……ところで先生、玄武寺さんを見ませんでしたか?」


「私に大神君のことを連絡してくれたあと、錬武館に戻ったんじゃないの?」


「いえ、アイツ、戻ってきてないんですよ」


 そう言って朱雀が錬武館の方を向いたとき、シェルター内に轟音が響いた。


◆◇◆


 サクラは、特別教室棟地下に設けられた第三シェルターの隅っこで座り込んでいた。人でごった返していた第一シェルターとは異なり、この暗い第三シェルターにはサクラしかいない。


 サクラの脳裏に、エレンの部屋での出来事がフラッシュバックする。サンドバッグを破壊する……というのは並大抵のことではない。ヘビー級の格闘家ならまだしも、クラスの女子の中でも一際小柄なエレンがサンドバッグを破壊するというのは、それはもうとんでもないことなのだ。空襲警報のこともそうだ。パイロットは馬鹿には務まらない。だから学園最強のパイロットであるエレンは博学で、おまけに冷静だ。


「アイツは、怠けウサギじゃないのか……」


 エレンのいる場所に足を踏み入れるには、半分化け物みたいな天才が、文字通り血の滲むような努力をしなければならないということ。それはとっくの昔に分かっていたことだった。


 手のひらに爪が食い込む。怒りの半分の原因は愚かな自分、もう半分の原因はムカつく宇佐美エレンだった。


「じゃあなんでアイツは……皆をバカにして回るようなマネをするんだ!」


 サクラがシェルターの壁を叩いたその時、外で物凄い轟音が鳴り響き、シェルターが大きく揺れた。


 びっくりして自分の拳とシェルターの壁とを何度も見比べるサクラ。それを見て、ケラケラと楽しそうに笑う者があった。


「……ん……んぶっ……ぷははははははは! はーっはははははは!」


「何が可笑しい! 誰よあんた!」


 サクラは思わず顔を真っ赤にして立ち上がる。サクラの睨む先には、シェルターの扉の前で身をよじりながら笑う一人の少女が居た。黒いくせ毛のショートカットをすっぽりと覆う猫耳パーカー。


「あーっ……あーっ……。はーっ。……こりゃ失礼。ボクは、猫宮・S・ゾフィー。君と同じ、ここの一年生サ」


 そう言いながらゾフィーはサクラに学生証を見せた。サクラの目が大きく見開かれる。


「っ……! その学生証……あんた一体……!」


「まぁまぁ、ボクのことはとりあえず置いといテ。エースパイロットちゃんの闘いっぷりを見物しようじゃないカ」


 そう言いながら、ゾフィーはどこからともなく取り出したスナック菓子の袋を開けた。


◆◇◆


「こ、殺される……! 殺される! 嫌だ! 死にたくない! 誰かあぁッ!」


 男の悲鳴に応えるようにヴァンガード格納棟から姿を現したのは、現在修理中の訓練用ヴァンガードTC-1だった。先日の戦いで受けた傷はまだ癒えておらず、ところどころペンキの塗られていない地金の装甲が見えている。


 異形のヴァンガードは、TC-1の方へギョロリと向き直る。


「お前の相手は、私だ」


 エレンはTC-1のコックピットで、異形のヴァンガードを見下すように睨んだ。

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