第11話 望月と遠吠え 6

 先日、謎の集団の襲撃を受けたことをきっかけに、学校には警備のためのヴァンガードDF-01が常駐していた。空襲警報に応えるように、DF-01が起動する。


「まったく……在任初日から仕事だなんて、勘弁して欲しいなぁ」


 髭面のパイロットは愚痴をこぼしながら操縦桿を握り、ヴァンガードのカメラ越しに遠くの空を睨んだ。パイロットのもとに通信が入る。


「ごきげんよう警備員さん。私は国立機動士技術高等専門学校理事長の黒羽よ。航空自衛隊から敵についての情報が入ったから共有するわね」


「これはこれは理事長先生。どうもご丁寧に」


「敵は太平洋上空に突如現れた所属不明のヴァンガード1機。即時対応としてスクランブル発進した航空自衛隊のF-35戦闘機2機を撃墜し、ここを目指してマッハ2の速度で移動中よ」


「F-35を2機撃墜!? マッハ2で飛べるヴァンガードなんて聞いたことないんですが!?」


「私も聞いたことないわね。敵ヴァンガードは強力よ。撃破しようなんて考えないで。応援が到着するまで持ちこたえてくれればそれでいいわ」


「んな無茶な!?」


 そこで通信は途切れた。髭面のパイロットはヘルメットを深く被り、操縦桿を強く握りしめた。


◆◇◆


「お前はシェルターに逃げろ」


 エレンはサクラに退避を促すと、スマホを手に取った。RINEの友達リストに唯一登録されているヒビキに電話を掛ける。


「逃げろって……あんたはどうすんのよ!」


「敵を食い止める。自衛隊が到着するまでの時間を稼ぐ……あれ、ヒビキ、電話に出ない……」


 エレンはスマホを操作しながら部屋のドアを閉めようとしたが、サクラがそれを阻んだ。


「あんた、何を勘違いしてるの? 敵を食い止める? 時間を稼ぐ? あんたも逃げるのよ! そもそもヴァンガードの出撃なんて学校が許すわけないでしょ!」


「お前の意見は聞いてない」


 サクラは思わずエレンの胸ぐらを掴んだ。


「あんた! いい加減にしなさ────」


 エレンは間髪入れずにサクラの胸ぐらをつかみ返し、頭突きを食らわせた。


「ぐっ!?」


「……お前は、空襲警報の意味がまるでわかっていない。自衛隊が発令する防空警報には2種類の警報がある。警戒警報と、空襲警報だ。警戒警報は、航空機の来襲の恐れがある場合に発令され、空襲警報は航空機の来襲の”危険”がある場合に発令される。敵が来るんだよ、もう間もなくここに。警戒警報もなしにいきなり空襲警報が発令されたということは、敵は警戒警報を出す暇も与えずあっという間に自衛隊の防衛ラインを突破したということ。つまり敵は相当な手練れ、学校の警備用ヴァンガード1機じゃ5分ともたない。この学校で1番腕が立つ私が戦わないと、皆酷い目に合う……!」


 エレンはそこまで一気に喋ると、サクラを突き飛ばした。サクラは突き飛ばされたまま呆然と宙を見つめていた。


「……二度と私に突っかからないで」


 そう言って、エレンは廊下を走っていった。


◆◇◆


 それは直ぐにやってきた。大気を切り裂き、音を置き去りにし、一直線にこちらに向かって飛翔してくる。


(来る……っ!)

 

 警備ヴァンガードDF-01が大盾を構えた直後、轟音と共に運動場に大穴が穿たれ、土煙が高く上がった。土煙の中で巨大な影がぬらぬらと蠢く。DF-01の何倍も大きい。


「なんだこれ……ホントにヴァンガードかよ……!」


 髭面のパイロットは思わず歯ぎしりをした。恐怖で足がすくみ、腕が震える。


 土煙を突き破るように、長い金属の触手が飛び出す。それも1本では無い。キリキリと音を立ててうねる巨大な触手が6本、運動場の上をのたうち回る。触手は大地を掴み、その巨体をゆっくりと起こした。


 異形。それ以外に適切な言葉が存在しない。そのヴァンガードのフォルムは人型とは程遠く、それどころか地球上のどの生物にも似ていなかった。蛸のような、蜘蛛のような、巨大な6本の触手が生え、太い胴体には何枚ものヒダが蠢いている。長い首にも尻尾にもヒダがびっしりと生えており、頭には不規則に並んだ無数の目と不揃いな角が生えている。有機的なそのフォルムと裏腹に、磨きあげられた金属の身体は夏の陽射しを照り返している。


「こんな異形のヴァンガードと無理やり神経共鳴したら、仮想神経モデルの不適合ノイズが大きすぎてショック死するぞ……! 操縦してるのは人間じゃないのか!?」


 DF-01はしばらくそうして異形のヴァンガードと睨み合っていた。しかし突然、異形のヴァンガードが動いた。巨大な触手が恐ろしいスピードで振り抜かれ、DF-01に襲いかかる。髭面のパイロットが反応する間もなく触手はDF-01の大盾を破壊し、管理棟の壁にDF-01を叩きつけた。


「ぐあっ!?」


 大きく軋み、火花が散る操縦室。さらに4本の触手がDF-01目掛けて振り抜かれ、腕や胴体をズタズタに破壊する。


『警告、警告、ヴァンガードの耐久値が低下しています。緊急脱出を提案します』


(な、何だ!?何が起こってる!? 攻撃されているのか!?)


 触手は何度も何度もDF-01に襲いかかり、その度に装甲が飛び散る。


「ぐあああっ!? く、クソっ! ダメだ! 脱出するしかない!」


 為す術なく機体を破壊され、髭面のパイロットは緊急脱出ボタンのガラスカバーを叩き割った。


 射出口が開き、パイロットを乗せた操縦席がDF-01のはるか上空に打ち上げられる。その直後、限界を迎えたDF-01が爆発した。轟音と共に空気が震える。学校の窓という窓がガタガタと軋み、管理棟の火災報知器が鳴り響き、スプリンクラーが作動する。なんとかパラシュートを開いた髭面のパイロットは、思わず安堵のため息をこぼした。


「はぁ……なんとか、なんとか逃げれた……ぞ……」


 髭面のパイロットの顔が青ざめる。パイロットの視線の先には、こちらを見つめる異形のヴァンガードの目があった。


「アイツ……見てる……俺の事を見てる……っ!」


 触手がうねる。パラシュートはゆっくりと降下する。異形のヴァンガードは、髭面のパイロットが降りてくるのをまるで待っているかのようにじっと見つめていた。


「こ、殺される……! 殺される! 嫌だ! 死にたくない! 誰かあぁッ!」


 その時、ヴァンガード格納棟の扉の開閉ブザー音が鳴り響いた。

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