第33話 分隊演習 6

 格納庫の中に暫く沈黙が流れた。ゾフィーは、助けを求めるようにエレンの方を見た。エレンは、肩をすくめて首を振った。


「ば、馬鹿にしているのか! 時間がないって、ボクはそう言ったはずダ! くだらない冗談を言うなら協力しないゾ!」


「でも、第1世代型ヴァンガードならこれだけの武装を制御することができるだろう?」


 現在主流である第3世代型ヴァンガードは、第1世代型ヴァンガードと比べて操縦が容易であるというメリットがあるが、『人間にできることしかできない』というデメリットがある。例えば、人間には翼が生えていないので、第3世代型ヴァンガードに翼を搭載したとしても動かせないのだ。


 そのため、そういった人間にない機能を操作するためにヴァンガードのコックピットには操縦桿等が用意されている。また、人間本来の機能で操作を代替する手法もある。例えば、ヴァンガードに舌は必要ないため、舌を動かす感覚で肩に搭載したマシンガンの向きを操作する……等だ。


 しかし、これには限度がある。パイロットに操縦桿を操作させるのは誤操作のリスクが高まるし(操縦桿を動かすために自分の手を動かそうとしたら、間違ってヴァンガードの手を動かしてしまった……等。その逆の事例も多発)、代替できる機能の数には限界があり、また、そんなことをすれば仮想神経モデルとの不適合ノイズの発生量が増えるのは言うまでもなく、パイロットに負荷がかかってしまう。


 こういった事情で、ヴァンガードに搭載できる武装の数には限りがあるのだ……あくまで第3世代型ヴァンガードでの話だが。


「確かに、第1世代型ヴァンガードならどれだけ沢山の武装があっても制御できるだろう、ケド、第1世代型ヴァンガードはそもそも人間には操縦出来ない! 人間の脳では情報処理能力が足りない!」


 ヒビキは、黙ってゾフィーのことを見つめた。


◆◇◆


「”ヴァンガード、エコーシルエット、メンテナンスモードで起動します”」


「実際に見てもらう方が早い……ってのにはボクも賛成なんだケド、流石に狭くないかい?」


 エコーシルエットのコックピットは流石に3人乗りには狭すぎて、ヒビキはできるだけ二人から離れようと壁に張り付くように立ち、呼吸も小さく抑えていた。エレンはというと、操縦席に座るゾフィーに半ば抱き着くようにしてくっついている。エレンはくんくんとゾフィーの匂いを嗅いだ。


「……エナジードリンクと消臭剤の匂いがする」


「レビューするな!」


 ゾフィーは顔を赤くして叫ぶ。ヒビキは余計なことを考えないように素数を数えた。ゾフィーは慣れた手つきで操縦桿を握る。エレンはその様を見て、素朴な疑問を零した。


「ゾフィー、ヴァンガードの操縦できるの?」


「試運転くらいできなきゃ一流のヴァンガードエンジニアとは言えないサ。神経共鳴のスコアだけなら、並みのプロパイロットより優秀なんだゾ、ボクは天才だからネ。……まぁもっとも、運動神経が壊滅的だから操縦は下手なんだケド」


 操縦者の意のままに操縦できるヴァンガードの操縦の上手さは、生身の体での運動神経とイコールだ。どれだけヴァンガードと神経共鳴できても、上手く動かせなければ仕方ないのだ。そのため、操縦科ではパルクールや剣道、柔道、ボクシング、実銃射撃訓練など、体育会系な科目が多かったりする。


 ゾフィーはレッドカードを取り出し、外付けカードリーダーにかざした。


「"エンジニアID、認証。ヴァンガード エコーシルエット、神経共鳴レゾナンスを開始します"」

 

 コックピットの中が青い光に包まれる。ゾフィーは静かに目を閉じたが、すぐにその表情に焦りが出はじめた。操縦桿を強く握るゾフィーの額に汗が滲む。程なくして、ゾフィーはどっと脱力すると、穏やかに目を開いた。


「……そっか……キミに、量子コンピューターは必要ないのか……」


 ゾフィーが静かに零したその言葉に、あまりに穏やかなその横顔に、エレンの表情は何故か少し曇った。


 ゾフィーは大きなため息をついた。


「……信じがたいことだケド、このエコーシルエットは本当に第1世代型ヴァンガードなんだね。そしてさらに信じがたいことに、キミはこのエコーシルエットを操縦できる」


「そうだ、第3世代とは色々勝手が違うだろうが……整備できるか?」


 ゾフィーは強気な笑みをヒビキに見せた。


「ボクを誰だと思ってるのサ」

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