第34話 分隊演習 7
3人はエコーシルエットの足元で作戦会議を始めようとしていた。
どこから調達してきたのだろうか、ゾフィーはホワイトボードをばしばしと叩いた。ホワイトボードには『エコーシルエット魔改造計画』と、ぎこちない日本語で書かれている。エレンは、これまたどこから調達してきたのかわからないイカしたアウトドア用チェアに腰掛け、優雅にアイスを舐めながらそれを眺めていた。
「まず、これは良いニュースなんだケド、エコーシルエットの性能はボクの予想を遥かに上回る超高性能だった。特に、大出力指向性EMP砲は、これだけで並大抵のヴァンガードを機能停止に追い込むことができる優れものダ!」
「EMPは使わない」
「なんで!」
ゾフィーは素っ頓狂な声を上げた。大出力指向性EMP砲は、先日の異形のヴァンガードとの戦いでも切り札となったエコーシルエット最強の武装だ。パーフェクトムーンのように、EMPに対する入念な対策をしてある機体でなければ、一撃で機能停止にさせられてしまう。上手く利用すれば、分隊演習など、それこそエコーシルエット単騎でも十分に戦えるだろう。しかしヒビキは、それを使わないと言うのだ。
「EMPの有効射程距離は800m。先日、異形のヴァンガードとの戦いでEMPを利用できたのは、奴が空中にいたからだ。地上の標的に対してEMPを使えば、その後方にある電子機器類を全部巻き込んでしまう。個人の所有するスマホやパソコンが壊されるだけならまだいいが、重要データが保存してあるサーバーや、心臓ペースメーカー利用者を万が一巻き込んでしまうと本当に取り返しがつかない」
出力を抑えれば射程距離を短くすることもできるが、機体を停止に追い込む力も当然弱まるのでそれは本末転倒であった。
ゾフィーは暫く唸っていたが、やむを得ない、と、了承した。
「まぁとにかく、エコーシルエットは極めて優れたヴァンガードであることは間違いないんダ。万能のヴァンガードといって差し支えないだろう」
「
「そこ! 静かにしロ!」
エレンのしょうもない揚げ足取りを、ゾフィーは顔を真っ赤にして黙らせた。エレンはけらけらと楽しそうに笑った。
「しかし。万能であるということは、最適化されてないと言うことでもあリ、今回のように1対多数の戦いが想定される場合には、不必要な武装が多すぎるんダ」
「それが悪いニュースか」
ゾフィーは頷いた。確かに、エコーシルエットには余計な武装が搭載されすぎている。水中用ソナーなどは確実に必要ないだろう。
「確かに。近接戦用の、武装は、全部、降ろすべき」
エレンはアイスを舐めながらそう言い切った。
「そうだね、ボクも近接戦用の武装は必要ないと思う。他の武装や弾薬を積んで、遠距離戦闘に特化したほうがいい」
1対多数の戦いで最も警戒しなければならないのは、囲まれることだ。敵に近づけば自ずと囲まれるリスクが高まるため、近づかれないうちに遠距離でケリをつけてしまうのが1番安全である。
「ただし、距離を取れば当然、集中砲火を浴びるリスクが高まる。けどコレは、エコーシルエットに既に搭載されている煙幕やフレア、光学迷彩、そして大盾を駆使すれば十分に対策できる」
遠距離攻撃武器の利点のひとつに、集中攻撃がしやすいというものがある。近接武器、例えば剣を持った複数人で単一の目標に攻撃をしようとすると、お互いがお互いを誤って傷つけるリスクが跳ね上がるし、何より、同時に攻撃に参加出来る人数に限りがある。遠距離攻撃武器ならそれらの心配は少ない。
「つまり、今のエコーシルエットに必要なのはより多くの遠距離攻撃の手段ダ。しかし、時間が限られている以上できる改造はそう多くない。全体の動作チェックをする時間も考慮すると、さすがのボクも1つの改造が限界だ。そこで、提案がある─────」
そう言って、ゾフィーはホワイトボードにペンを走らせ始めた。
◆◇◆
翌日。ヒビキは珍しく寮で朝食を食べていた。同じ寮生である熊谷が、お盆を持ってヒビキの前に座る。
「おはようヒビキ! 今日は気合い入ってるな! 気持ちばかり、目の下のクマも少ない気がするぞ!」
「珍しくな」
「安心したぞ! その様子なら、どうやら今日の分隊演習は勝算があるみたいだな!」
昨日ヒビキは、夜遅くまでエレン達と共にエコーシルエットの調整をしていたが、『操縦に支障をきたすから寝ろ』との事で格納庫を追い出されてしまい、珍しくしっかりと睡眠を取っていた。
ゾフィーがエコーシルエットの調整に付きっきりの今なら、ハッキングを安全に行える隙がある……とも考えたが、さすがにそれは憚られた。
単純に、ゾフィーやエレンに申し訳ないというのはもちろんそうなのだが、それ以上にヒビキには今日の分隊演習で勝たなければならない理由があった。
もし今日ヒビキが負ければ、レッドカードであるエレンとゾフィーの初陣の戦績に『敗北』の記録を残してしまうことになるからだ。
二人のレッドカードが手を組んだ最強の分隊が負ける……ということはあってはならない。万が一そんなことになれば、二人が周りからどういう扱いをされることになるのか目に見えている。エレンは全く気にしないかもしれないが、ゾフィーは酷く傷つくだろうし。ヒビキだって、二人がそんな扱いを受けるのは嫌だった。
(いざとなったら……)
ヒビキがヘッドホンに触れようとしたその時、スマホからメッセージの着信を告げる音が鳴り響いた。メッセージの主はエレンだった。エコーシルエットの調整に問題が発生したのかと思い、ヒビキは急いでメッセージを開いた、メッセージには、こう書かれていた。
『少し会いたい』
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