第19話 やんごとなき諸事情 1
針の筵……という言葉があるが、今のヒビキの置かれている状況がまさにそれだった。
ヒビキが病院で目を覚ました次の日、退院したばかりのヒビキとエレンは、ゾフィーと共に学校の理事長室に呼ばれていた。
ヒビキの隣に立つのは相変わらず包帯だらけの天才美少女パイロット宇佐美エレン。その更に隣にはヒビキのことを国際ネットワーク犯罪者『WOLF』だと疑ってやまない天才エンジニア猫宮・S・ゾフィー。そして3人の前で窓の外を見ているのは────
「……まずは謝罪を。操縦科一年、宇佐美エレンさん、大神ヒビキ君。私達の不手際のせいであなた達二人には怪我をさせてしまいました。大変申し訳ありません」
真っ黒いゴスロリ衣装と真っ黒い眼帯をした女性、高専の理事長である黒羽は3人の方へ向き直り、頭を下げた。
「次に、感謝を。あの異形のヴァンガードをよく撃破してくれました。学校の理事長としては、学生の危険行為を軽々に褒めるべきではないのだけど……あなた達のおかげで被害が最小限で済んだのは事実です。ですが、今後はこのような危険な行為は絶対にしないよう。一歩間違えれば二人とも死んでいたのかもしれないのですから」
そう言って、黒羽はエレンの包帯だらけの身体を見つめた。黒羽は、3人にソファーに座るように促し、紅茶と茶菓子を勧めた。エレンは『わーい』と、茶菓子に手をつける。ヒビキはさっきからずっと生きた心地がしなかった、黒羽の謝罪も謝礼も、心底どうでもよかった。ヒビキが今恐れているのはただ一つ。ヒビキの所有するヴァンガード『エコーシルエット』についての追求だった。
「ところで、大神ヒビキ君」
「は、はい……」
「あなたの乗っていたあのヴァンガード……エコーシルエットと言いましたね。アレは学校で建造したものではありませんね?」
ヒビキはぎくりと跳ねて、冷や汗をダラダラと流した。何を隠そうエコーシルエットは、ヒビキが高専に入学した時に、こっそり学内に持って来てその広大な敷地の一角に隠しておいた『未登録のヴァンガード』なのだ。エレンはマドレーヌを頬張りながらヒビキの方を見つめる。
「あ……はい……その……。エコーシルエットは、父から譲り受けたものでして……」
「大神レイジ博士から?」
「父をご存知なんですか!」
ヒビキは思わず立ち上がった。黒羽は少し驚いたようだったが、少し考えて口を開いた。
「一般常識として世に知られている程度のことなら、当然、知っています」
「ヒビキのお父さん、有名人なの?」
エレンはマドレーヌを飲み込んでから尋ねた。エレンのその問いに、ヒビキは顔を曇らせてそっぽを向く。ゾフィーがたどたどしく口を開く。
「大神レイジ……氏は、世界的に有名な暗号工学、コンピューター工学の研究者だよ。大神って珍しい苗字だとは思ってたケド、まさか血縁者だったなんて……」
エレンは少し考えて、『ふーん』とだけ返事をし、またマドレーヌをむさぼり始めた。ヒビキは静かにソファーに座りなおす。
「御父上から受け継いだものだとしても、エコーシルエットはヴァンガード、立派な兵器です。国への届出は済ませてあるのかしら?」
「……それは、はい」
それを聞いて黒羽は、大きく安堵のため息をつき、椅子に深く腰掛けた。
「それを聞いて安心しました。いくら学校の敷地内といえど、届出のされていない兵器を秘密裏に所有していたとなれば言い逃れできませんから」
「じ、じゃあつまり……」
「本来であればパイロットの資格も持っていない学生が、防衛省の許可なくヴァンガードを操縦し、兵装を使用することは許されません。ですが、今回は状況が状況ですので正当防衛ということでなんとか通せるでしょう。エコーシルエットは、学校のヴァンガード登録リストに登録しておいてください」
それを聞いてヒビキはどっと倒れこむようにソファーに埋もれた。
「ですが────」
黒羽の声にヒビキは思わず姿勢を正す。
「今回の対応は例外中の例外です。次また学校の敷地内にヴァンガードを隠していたら、今度は問答無用で退学にします。いいですね」
黒羽の剣幕に、ヒビキは力なく「はい」とだけ答えた。
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