第4話 レッドカード 4

 エレンが敵勢力を無力化して10分ほどで警察のヴァンガード隊が学校に到着した。その間ヒビキは自家製の証拠隠滅キットで必死に操縦室を洗浄し、エレンに土下座して『自分のことは黙っておくように』と、説得した。


「つまり、君が操縦室に入った時には中に誰もいなかった、と?」


「うん」


「なるほどありがとう。いやしかし訓練用機単騎でテロリストの軍用機5機を無力化……しかも怪我人すら出さずにやってのけるとは、1年生でこの練度とは恐れ入りますな、先生」


「彼女は1年生の中でも頭1つ抜けてますからね」


 エレン達のそんな会話を遠回しに聞いていたヒビキは、ほっと胸を撫で下ろしその場を立ち去った。



◆◇◆



 深紅の学生証レッドカードが良い例だが、この学校では成績優秀者を優遇、あるいは、成績不振者を必要以上に不当に扱う風潮がある……というのが大神ヒビキの所感であった。これは、成績不振者大神ヒビキではなく、自称ホワイトハッカー大神ヒビキとしての意見だ。


 学生寮もそれが顕著で、成績優秀者には広くて快適で様々な施設が付属している立派な寮が与えられるが、ヒビキ達成績不振者に与えられるのは、廃……旧校舎をちょっといじっただけの狭くてボロい寮なのだ。おまけに部屋の値段が変わらないのだから本当に救いがない。


 だから成績不振者は学生寮には入らず学外に部屋を借りたりしがちで、現在この旧校舎寮(入寮生は愛をこめて『刑務所』と呼ぶ)に住んでいるのはヒビキを含めて数える程しかいなかった。


 ついでにこの刑務所は教室などがある一般棟からべらぼうに遠く、片道2kmはくだらない。だと言うのに"通学用"自転車は先の戦いに巻き込まれスクラップになってしまったため、ヒビキは今こうしてえっちらおっちらと長い坂道を歩いている。


「セミが、うるさいな」


「おーい」


 ヒビキが声に振り返ると、眠そうなエレンがイカしたロードバイクを手放しで漕いでいた。


「その自転車は、レッドカードの特典か?」


「ん? 部屋にあったやつだよ」


 その口ぶりからしてどうやらエレンも寮生のようだが、頼まなくても高級自転車が部屋に置いてあるあたりレッドカード様の扱いはやはり特別なようだ。エレンは呆れるヒビキの隣に手放しで器用に自転車を停め、あろう事か座席の上で胡座を描き始める。


「お前、自転車の止め方ハイスペックすぎだろ……それで静止できる意味がわからん」


「別にふつー。ね、君、話があるんだけど」



◆◇◆



「これが……第1食堂」


 この学校には第1、第2、第3食堂と言った具合で食堂が3つある。第2食堂が普通の食堂だとすれば、第3食堂は格安の食堂で、第1食堂はちょっと高級な食堂だ。ついでに言うと第1食堂には陽の者が集う傾向があり、日陰者には居心地が悪いという理由から、シャイな大神ヒビキ君は第1食堂に入ったことがなかった。


 今は夏休みということもあって食堂はガラガラだ。明るく、清潔感があり、メニュー表もなんかオシャレで、普段お世話になっている第3食堂とはえらい違いだ……という感想を抱くも、ヒビキは謎のプライドから平静を装っていた。


 エレンが食堂のカウンターに歩みよる。


「おじちゃん、いつもの2つ」


「はいよー!」



◆◇◆



(この女……顔パスで1杯1000円はしそうなラーメンを2杯も召喚しやがった!)


「いただきまーす」


 エレンはスカジャンを脱ぎ、チャーシュー10倍ニンニクモヤシバリカタラーメン(豚骨)に紅しょうがとネギを山ほども乗せたものをうまうまと頬張る。


「悪いな、ご馳走になってしまって」


「ん……よく知らないけど、ホワイトハッカ、してたんでしょ? だから報酬」


 そんなことを言い出すエレンに思わず顔をほころばせるヒビキ。


「そうか、じゃあ遠慮なくいただこう」


 箸で掴めばそこからホロホロと崩れてしまうような凶悪なチャーシューに、ヒビキが舌づつみを打とうとしたその時だった。


「おっ! ウサミンじゃーん! おーいまたそんなの食ってんのかよ」


「やっほーウサミン! 今日はお手柄だったみたいだねー!」


 流石は自称ホワイトハッカー大神ヒビキ。突然の陽の群れの襲来に思わず『げ』という顔をしたくなったが、平静を装う。ウサミンとはおそらく宇佐美エレンのニックネームだろう。


「えっとー誰くんだっけー! 今日はヘッドホンしてねーのな!」


「大神くんだよ大神くん! ほらー、よく見るとウルフカットだよねーって話したじゃーん!」


「いやコイツ髪切ってないだけだろーギャハハハ!」


 あははと笑ってみせるヒビキ。ちなみに最後のはご名答である。


「で、悪いけどちょっと外してくれる?」


「ごめんね! ちょっとだけウサミン貸してねー!」


 あははーとラーメンを持ってヒビキが席を立とう、もとい逃げようとしたその時だった。いつの間にかラーメンを食べ終えていたエレンが口を開く。



「待って」

 


「……ウサミーン?」


 振り返るヒビキ、エレンはその半開きの赤い瞳で、ただ真っ直ぐにヒビキを見つめていた。


「私は、君に話がある」

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