第10話 学校行事で肝試しってあったっけ?

「…本当に、よろしいのですかな?」

「分かりきってるので、思いっきりやっちゃってください」


数日後。

俺は眼前に佇む睦月さんに押し負け、深いため息を吐く。

どうなっても知らないぞ、と思いつつ、俺は睦月さんの手を握った左手に力を込め、小さく呟いた。


「〈解体〉」


しん、と辺りに沈黙が流れる。

数秒経っても変化が訪れることはなく、睦月さんはいつも通り、にへら、と胡散臭い笑みを浮かべた。


「ね?言ったでしょう?

〈解体〉の対象は、左手で触れているもの且つ、『霊力、または妖力で構築されたものだけ』だと。

人の霊魂は体と強く結びついてるので、遺灰が近くにあると残ったりしますが」

「いやはや、肝を冷やしました。

あなた様のような女性を傷つけるのは、わたくしとしては避けたかったので」


〈解体〉の実験を終え、胸を撫で下ろす。

雷よりも明らかにチートな能力だと思っていたが、サクラちゃんによると、「左手で触れているもの限定な上に、人体など、霊力や妖力で構築されていないものに効果はない」という。

封印で弱っていたりしないかな、と不安を抱いていたが、そんなことはなく。

〈解体〉は十全に使うことができた。


こういうチート能力は大好物である。ハーレムとハッピーなセットだから、という、下半身が脳みそを支配したような理由だけど。

…チーレムものが好きという嗜好からわかるように、俺にも昔はハーレム願望があった。

が。今はご主人様がドストライク過ぎて、他に目移りしなくなってる。

あのスベスベの肌に綺麗に割れた腹筋とか、国宝級のエロさだと思う。撫で回したい。

ご主人様のエロさを論文で残したいと考える程度には、俺はご主人様の美貌に骨抜きにされているのだ。

そんな俺のドスケベ思考をぶった切るように、サクラちゃんが呆れた声を発する。


「…にしても、そっちで破るとはね。

もっと簡単な方法があったのに」

「おや、そうなのですかな?」


それなら早く言って欲しかった。

俺の視線の意味に気づいているのか、それとも気づいていないのか、サクラちゃんは睦月さんと同じように笑みを浮かべ、続けた。


「結界は謂わば、数学の『公式』なんだよ。

攻撃による破壊ができないから、妖力を流し込んでちょーっと式を変えるのが鉄則というわけさ。

例えるなら、『1+1=2』という式で構築された結界があったとする。

で。僕たちは妖力でその並びをめちゃくちゃにして、成り立たないように出来るわけさ。

強力な怪異や妖の張ってるものだと、いじるのにも力がいるし、いじったことで余計に拗れたりするけど」


つまりは、『1+1=2』と言う式を『1+2=1』に並べ替え、成り立たないようにいじくりまわせばいいというわけか。

思ったよりめちゃくちゃ簡単な話だった。

未就学児が使う数字のパズルと同レベルだぞ。

あの苦労はなんだったんだ、と思いつつ、俺はサクラちゃんに問いかけた。


「わたくしがしたのは、その全てを消してしまった…と?」

「いや、個として成り立たないほどにバラバラにしたって言う方が正しいね。

〈解体〉はそういう『霊術』だから」

「霊術?妖術じゃなくて?」


様子を見守っていた真琴ちゃんが、サクラちゃんから飛び出た言葉に首を傾げる。

確か、霊力が人間や神が使う力で、妖力が妖や怪異が使う力だったはず。

で、霊術が「人間や神が使う術」、妖術が「妖や怪異が使う術」になるんだったか。

先日学んだことを反芻していると、サクラちゃんが俺の胸に指を当てた。


「こいつの胴体は『人間のもの』だ。

元になった人間が使ってた霊術なんて、使えて当然だろ?」

「……まあ、封印前だったら、ンなことしてるでしょうね、アンタ」


どれだけ凶暴だったんだ、封印前の俺。

先日、垣間見た記憶から、龍の腕は龍神から奪ったモノだとわかるし、狐の足も別の妖のものと見ていいだろう。

最悪の場合、このカラス頭も別の妖のものだった可能性すらある。

…まあ、体感で数万年も過ごしてきた肉体に、今更嫌悪を感じはしないが。

それよりも問題は、股間にブツがないことだ。

ちくしょう。人間の体をベースにするんなら、股間のモノも付けとけよ。

ご主人様という極上の女体が目の前にあって、その性欲が発散できないというのは、拷問に近いストレスなんだぞ。


「股間のモノも在って欲しかったですなぁ」

「なんでそんなエロい発想しか出ないのよドスケベ!!」


やべ。言っちゃった。

封印前の俺は、性欲が無かったのだろうか。無かったんだろうな。

そんなことを考えていた俺のケツを、真琴ちゃんが怒鳴り声と共に蹴り上げる。

女所帯に放り込まれた男が「性器が欲しい」などと宣えば、そりゃそうなるか。

前世だったら間違いなくケツを抑えてのたうち回っているな、などと思っていると。

スマホを見ていた睦月さんが「あ」と、小さく声を漏らした。


「まーた新しい依頼入りましたよ。

今度のも見た感じ、『死ねる系』ですね」

「わざとそういう依頼だけ集めてません?」

「さぁ?どうでしょうねえ?」


隠す気ないな、この人。

わざとらしく戯ける睦月さんに、俺たちが半目を向けるも、彼女はどこ吹く風で去って行った。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「……」

「………」


応接室にて、沈黙が続く。

響くのは、依頼者が夢中になって、口いっぱいに菓子を運ぶ音だけ。

この異常事態を前に、誰もが言葉を失う最中、睦月さんが切り出した。


「えっと…、依頼者代理の、天河 天音さんで…宜しかったですか?」

「はいっ!あまかわ あまねです!」


目の前に佇むのは、肩口に切りそろえた髪に、少しばかりサイズの大きい服を着た、あどけない顔の童女だった。

背負ったランドセルから、完膚なきまでに小学生であることが伺える。

元気よく自己紹介をする少女を前に、普段は胡散臭い笑みばかり貼り付けている睦月さんの顔が、とんでもないことになってる。

横目でご主人様を見ると、これまたなんとも言えない表情を浮かべていた。


「メールでの依頼内容ですが…、誰が書いたもので?」

「おとうさん!」

「…失礼ですが、お父様は?」

「『がっこーでおしごとするから、かわりにたのんで』っておくってもらったんだよ!

で、おわるまでまっててって!

…あ、これ!おとうさんがかいた『けーやくしょ』とおかね!」

「……ああ、はい。確認します」


睦月さんは依頼者である天音ちゃんから封筒とプリントを受け取ると、その中身を確認し始める。

数秒と経たず、確認を終えた睦月さんは、彼女に問いかけた。


「『私立天河小学校の妖退治』ですね。確かに承りました。

早速ですが、退治したい妖について、教えてくれますか?」

「がっこーにいるの!」

「学校…。えっと、トイレの花子さんとか、そういうのですか?」

「んーん。がっこーにたくさんいるの!」

「…ああ。群集型の妖ですか。

同じのがいーっぱいいるヤツですよね?」

「うん!よるにいっぱいでるから、きもだめしできないの!」


群集型の妖。字面からして、群れをなしている妖の総称だろうか。

にしても、妖が出るかもしれない夜中の学校で肝試しとは。

この世界の小学生は、随分と肝が据わっているのだな。


「その、肝試しというのは?」

「がっこーでやってるの!

よるのがっこーに、がっこーのみぃーんながあつまって、バーベキューときもだめしやるんだよ!」

「…ああ、学校行事というわけですか。

今時珍しいような、そうでもないような…」


確かに、珍しいのかそうでもないのか、判別がつかない行事である。

しかし、子供心がこれ以上なくくすぐられるイベントではあるな。

そんなことを思っていると。

睦月さんが、普段からの彼女からは想像もつかないほどに、柔らかな笑みを浮かべた。


「わかりました。私たちが、あなたたちの肝試しとバーベキューを守りましょう」

「ほんと!?わーい!

……あ、まちがえちゃった!

えっとね…。おねがいします、おねえさん!」

「はい。お姉さんたちに任せてください」


明日は嵐かな。それとも槍が降るかな。

失礼なことを思っているのがバレたのか、睦月さんが一瞬だけ険しい顔で、こちらを睨め付けた。

子供好きなんだな、この人。意外。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「うーむ…」

「むむ…」

「んー…」


その頃、国立退魔師専門学校の職員室にて。

一堂に会した教師たちが、大量の書類を流し見ながら、頭を抱える。

書類にはどれも、デカデカと「依頼契約書」と書かれており、それが退魔師機関に寄せられた依頼であることが見て取れる。

集まった教師たちが唸り声を上げる中、まだ年若い男性教師がため息混じりに呟いた。


「…彼女の試験に出来る依頼が少ないですね」

「ああ。これは彼女には楽すぎるし、かと言ってこれは確実に死んでしまうだろうし…。いい塩梅のがない」

「苦戦前提の難易度に設定しろと言われても、妖との相性にも寄るからなぁ…」


彼らが悩む理由。それは、今年入ってきたばかりの退魔師候補生に出す試験内容だった。

生徒一人一人の実力に見合った依頼をあてがい、期日までにこなせるかを試す。

大体の生徒には依頼を割り当てることが出来たのだが、ひとつだけ問題が発生した。

ある一人の生徒に割り当てる依頼が無かったのだ。

寄せられた依頼の総数だけで見れば多いものの、その生徒では片手間で熟せてしまう程度のものか、即死しかねない困難なものと、両極端なものばかり。

どうしたものか、と教師陣が揃って深いため息を吐き、肩を落とす。


「…ん?」


と。ため息にあおられてか、男性教師の前に一枚のプリントが落ちる。

まだ見ていない依頼だな、と思いつつ、彼はそれを手に取り、軽く流し見た。


「……ああ。これだったら…」

「どうかしました?」

「群集型の妖であれば、苦戦する相手になるのではないですかな?」


そのプリントに貼り付けられた写真。

そこには、私立天河小学校の校舎が写っていた。

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