第21話 厄介ファンが来た

「…失礼。睦月様は何者なのですかな?」


車へと戻ろうと、静かな廃村を歩く最中。

俺は満足げに書いたレポートを抱く睦月さんに問いかける。

睦月さんは暫し唸ると、何か上手い例えを見つけたのか、得意げな笑みを浮かべた。


「シンプルに言えば『チーター』です」

「はぁ。ちぃたぁ、ですか」

「ええ。才能というチートの代わりに、人生に障害を抱えた女。それが私です。

今まで直面した困難で言えば…、親が早死にしたうえ、そこそこの家系だったから、よそに嫁がされかけましたね。

そりゃもう、とんでもない修羅場でしたよ。

力技でなんとかしましたが」

「ご主人様のように、退魔師として由緒ある血筋なので?」

「ノーです。ただの元華族ですよ。

私は金持ち以外に取り柄のない家に生まれ、ネット小説で転生特典だとかで突如世界にぶっ込まれた天才主人公みたいなスペックを持ってただけです」


…俺はその部類に入らない気がする。

まるでこの体を使いこなせていないもんな。

先ほど披露した不壊の術も、「コツさえ掴めばできる」みたいな手軽さだし。

もっと、こう。ご主人様の「暁」のような、唯一無二の特性が欲しい。

今の俺、ただの雷ブッパマンだし。

〈解体〉も、もっとオシャンティーに使えるような気がするんだ。

…そんな方法など、微塵も思い浮かばないのだが。

そう考えると、鴉天狗の頭だとか言うこの鳥頭も全然使いこなせてない気がする。

中身が頭と股間が接着剤でくっ付いてるドスケベだと、やっぱり合算して知能が低下しているのだろうか。

悶々とそんなことを考えていると、睦月さんが苦笑を浮かべた。


「ま、ンな特典とかナシで生まれたナチュラルボーン天才なんで、余計に不気味なんですけどね。私自身も」

「……故、研究してるので?」

「ええ。これは私の…、睦月 ひかりの自己満足。ただの自分探しです。

後世に残すとかそう言うのじゃないんです。

純粋に、私みたいなバグがどうして生まれたか、知りたいだけなんです」


睦月さんの表情は、珍しく暗い。

相当に闇の深い問題があるのだろうな。

俺は彼女の顔から目を逸らすように夕焼け空を見上げ、口を開く。


「あなた様のような女性は、産まれただけで讃えられるべきだと思いますがね」

「……アンタみたいなドスケベが言うと、下心しか感じられないわね」

「ご主人様。わたくしめも怒る時はありますよ」


俺はご主人様に、じろっ、と半目を向ける。

人が珍しく真面目なことを言ったのに、と思っていると。

ふと、そこに黒い何かが蠢いたのが見えた。


「ご主人様!!」

「わっ…!?」


俺が叫ぶや否や、黒い何かはご主人様に向け、凄まじい速度で伸びていく。

定形はなく、それが何かはわからない。

だが、なんとなく。なんとなくだが、『途轍もなく危険なものだ』と、この体がうるさく主張している。

彼女を庇うように抱きしめ、俺は人形の手を翳した。


「〈解体〉」


瞬間。ぼろっ、と黒が崩れる。

この感覚。妖力によって構築されたものか。

しかし、妙だ。禁足地の原因となっていた妖は既に、睦月さんによって倒されている。

この場に別の妖がいるとは、到底考えられない。

俺が疑問に思っていると、ぱちぱちと拍手の音が響いた。


「いい使イ魔だナ、退魔師。

まサか、〈解体〉の術まデ使えルなんテ。

おかゲで俺の〈黒獄〉がバラけちまっタ」


男の声。独特なイントネーションで紡がれる言葉に、俺は感覚を研ぎ澄ませる。

と。即座に疑問が浮かび上がった。


あまりに気配が多すぎるのだ。


点在しているわけではない。

ただ一箇所に存在しているはずなのに、気配の数だけが異常なのだ。

考えられる可能性としては、先ほどの妖のように人間か妖を取り込んでいるくらいか。

一体、どんな化け物が出てくる?

警戒心を抱きつつ、そちらを睨め付けると。

どこにでも居る大学生のような服装を纏う青年が姿を現した。


「ひ、人…?」

「いや、混ぜ物だ。

おい。お前、なんの『半妖』だ?」


サクラちゃんがツノを顕現し、鋭くなった爪を向ける。

「半妖」。その言葉が指す通り、青年からは妖の気配も感じるが、同時に人間の気配も感じ取れる。

ただ。それを差し引いても、数が膨大な理由にはならない。

サクラちゃんの問いに、半妖は笑みを浮かべ、答えた。


「オレはクロト。『鵺』の半妖ダ」


その言葉と共に、黒の塊が津波のように俺たちに襲いかかる。

俺だけでは流石に捌ききれない。

サクラちゃんもそう判断してくれたようで、俺が一部を〈解体〉させる傍らで、黒の手を薙いで、青年…クロトが操る黒の波を打ち消した。


「…この術、結構複雑だね。〈解体〉の術をベースに、いくつかの妖術が重なってる。

人間でも妖でも触れたら最後、精神も体も崩壊するね」

「オ、見破ったカ」


「触れたらアウト」が立て続けに来んな!

内心で怒鳴り声を上げつつ、俺は不壊の術を付与した雷の弾幕を形成し、クロトに向けて放つ。

が。クロトは黒の塊…〈黒獄〉を操り、その全てを解体し、飲み込んでいく。

なるほど。大量の気配を感じたのは、コレの中に解体された妖や人間が居るからか。

…〈解体〉の術って、結構なチートだったんだな。

俺がそんなことを思っていると、腕の中にいたご主人様が刀を抜いた。


「ムクロ。アンタは〈解体〉に集中なさい。

私が斬るわ」

「…いいのですかな?

相手は半分人間で御座いますが?」

「だって、殺意を持って襲ってきてんのよ?

そんなに危険な『妖』なら、退治しない理由はな…い……。

……えっ、と…、え?」


カッコつけようとしたご主人様の言葉が、尻すぼみに小さくなっていく。

訝しげに眉を顰めたご主人様の視線に沿うように、俺が視線を向けると。

そこには、〈黒獄〉を解除し、刀を凝視しているクロトが居た。


「…『空』?その刀、『空』か?」

「うつろ…?

これ、貰い物っていうか、遺品だからよく分かんないけど…、『空』って銘なのね」

「………貰い物で遺品ってこタぁ、ソウいうこトか」


瞬間。凄まじい勢いで〈黒獄〉がご主人様の周りを取り囲む。

俺はソレを手早く〈解体〉し、ご主人様を引っ張り出した。


「オマエが『鬼右衛門さン』を殺しタ退魔師か…!!」


悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すような形相を浮かべ、ドスの効いた声を吐き出すクロト。

何故、鬼右衛門の名前がここで出てくる?

ご主人様らも同じ疑問を抱いているようで、訝しげに眉を顰めた。


「ええ。本人からの依頼で、首を落としたわ」

「本人かラぁ!?ンなくだらネぇ言い訳デ許しテ貰おウってカァ!?」

「…鬼右衛門さんのなんなのよ、アンタ」

「ファンだ!!」

「………は?」


…なんかコイツ、やたらと面倒臭そうだぞ。

ご主人様もコレには表情を歪め、深いため息を吐いた。


「完全に赤の他人じゃない。

小華ちゃんなら兎に角、アンタに恨まれる筋合いないわよ」

「煩い煩い煩い煩イ!!

オマエも鬼右衛門サんと同じ…、いや!そレ以上ノ苦痛を与えて殺シてやル!!」

「やってみなさいよ、厄介ファン。

アンタの大好きな鬼右衛門さんの刀で、その首落としてやるわ」


…そのセリフは悪役全開だぞ、ご主人様。

そんなツッコミをする暇もなく、俺たちの眼前に黒の壁が襲いかかった。

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