第12話 え?そんな厳しめの世界だったの?

「役小角。修験道の開祖であると同時に、前鬼、後鬼という、妖の中でも最強格とされる二体の『鬼』を従えた、飛鳥時代の偉人です。

退魔師界隈でもその影響力は大きく、日本にいる退魔師の大半が修験道を信仰した時代もあったとか」


「役小角」についての知識がなかった俺は、睦月さんの説明に「はぁ」と気の抜けた生返事を返した。

現在、俺たちは来客用の駐車場に停めた車の中で、小華ちゃんの任務の成り行きを見守っていた。

ところどころ窓が割れたり、壁が砕けたりするあたり、上手くいっているとは言い難いらしい。

蠢く妖たちは、学校から外に出るつもりはないらしく、残骸どころか血液すら落ちてこなかった。


「修験道とは…?」

「一言で言えば、仏教の亜種です。

山の中で修行すれば、悟りを開けるという山岳信仰、仏教、神道をごちゃ混ぜにしたモンですね。

その修行をしている僧や退魔師を『山伏』と言うんです」


「飛鳥時代からあるモンなのに、覚えてないんですか?」と呆れた目を向ける睦月さん。

残念。覚えてないのではなく、知らないのである。

神道とか仏教とかは流石に知ってるけど。

山伏についても、ゲームの中で格好くらいは見た。

山の中にいるすごく強いお坊さんくらいの認識くらいしかないが。


「…それで悟りを開けば、退魔師として大成できるのですかな?」

「悟りを開くってのは、仏や神の類になるってことです。

言い方は悪くなりますが、釈迦レベルの才能がなきゃまず無理ですね。

まぁ、悟りを開かずとも、霊力を増やせたという事例もありますが…」

「私がコレな時点でお察しよ」


霊力を増やす修行は、粗方試してるんだろうな。

それで刀の鋒に霊力を付与するだけで精一杯とは、神様は残酷なものである。

こんなスケベなクソ童貞に妖としての才を与えるくらいなら、世界一エロ可愛いご主人様に溢れんばかりの霊力を与えてほしい。

…まあ、妖の祈りだから、受け入れられることはないんだろうが。

ん?待てよ?そう考えると、俺が日頃から欲しい欲しいと言ってる股のモノも、戻る日は来ないんじゃないか?

そんな考えが頭をよぎり、俺が軽く絶望していると。

睦月さんが軽くため息を吐いた。


「しっかし、専門学校も意地悪ですねぇ。

群集型の妖なんて、正気なら学生一人にあてがいません。

普通は退魔師が何人かで組んで退治するようなモンですからねぇ」

「そんなに危険なのですかな?」

「強さで言えば、怪異が従えてるのよりかは弱いですが、怪異と違って核となるモノがありません。

なので、殲滅するしかないわけですが…、これがまた面倒なんですよね」

「アイツら、全員が意識を共有してるから、連携が上手いのよ。

1匹でも残ってたら、そこからまた増え始めるし…。いくら役小角の後継だからって、学生に押し付ける相手ではないのは確かよ」


と。フロントガラスにぽつっ、と赤い点が付着する。

色合いからして、妖のものではない。

俺は新たに亀裂が走った壁を見上げ、ご主人様に問いかけた。


「…危機に瀕しておられるのでは?」

「腕の一つでも落ちてから判断しなさい。

この程度、軽傷よ」


え?四肢がポンポン飛ぶような世界なの?

…それでいまだに5体満足って、俺のご主人様ヤバすぎん?これで霊力貧者なんだぜ?

やはり筋肉。筋肉は全てを解決する。

本当に可愛らしく、背も平均的な細マッチョで良かった。

俺が心の底から安堵を覚えていると、微かに悲鳴のような声が聞こえた。


「あー。多分、囲まれて絶体絶命ですね」

「ふむ…。助けに向かわないので?」

「はぐれの退魔師が試験の邪魔したら、妨害でしょっぴかれますよ。

助けるんなら、立ち上がる元気もないくらいにボッコボコにされてからしか無理です」

「面倒な時代ですなぁ」


使い魔の罪は主人の罪とか言われそうだ。

彼女には悪いが、早めに折れてもらえると助かる。

ご主人様を前科持ちにはしたくないので。

そんなことを思っていると。


明らかに人の腕としか思えない物体が、ボンネットに叩きつけられた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


時を遡ること、5分前。

役 小華は緊張を鎮めるべく、深呼吸を繰り返していた。

玄関からも漂う、並々ならぬ妖気。

ここに入れば、間違いなく死ぬ。

そう思わせるほどの威圧を前に、深呼吸では気を落ち着かせるのに足りず、小華は両頬を挟むように、ばちぃん、と叩いた。


「…こんなの、あの子に相手させられない」


脳裏に浮かぶのは、柿崎 真琴の姿。

アレほどまでに霊力の少ない人間が、この学校に蠢く妖を倒すなど、無謀に等しい。

役小角の名を継ぐものどうこう以前に、退魔師を志す人間として、力無き者を死地に送り込むような真似はできない。

心に残るよう、言い方を悪くしたが、「自分よりも弱いのでは危険だ」という忠告は伝わっただろうか。

伝わってるといいな、と思いつつ、小華は覚悟を決め、校舎に足を踏み入れる。


「話だと、最初の数分はこっちを見てくるだけらしいけど…」


いつ襲い掛かられても対応できるよう、金属製の錫杖を構えつつ、辺りを警戒する。

どこもかしこも妖の気配で充満している。

もはや、そのはらわたの中にいると言っていいだろう。

不快感に顔を顰めていると、「ぎきっ」と鳴き声が響いた。


「居るわね」


小華は気配の方に錫杖を向け、意識を集中させる。

と。錫杖を中心に幾つかの光の弾が生成され、ふよふよと彼女の周りを漂った。


「ストラァイクッ!!」


雄叫びと共に錫杖を振り切ると、それに呼応するように、光弾が放たれる。

到底、予測できない奇怪な挙動で向かうソレは、潜んでいた妖らの頭を飛ばした。

と。その死骸に反応するように、あちこちから、アリを何倍にも悍ましくしたような出立の妖が姿を現す。

放たれる妖気は、先ほどの見張り役とでも言うべき妖の比ではない。

これを試験に選ぶとは、教師たちも性格が悪い。

そんなことを思いつつ、小華は錫杖を軽く回し、光弾を生成する。


「せぇえいっ!!」


裂帛の気合いと共に錫杖を振り、光弾を妖に放つ。

が。妖は体を少しずらし、腹部でソレを受け止めた。

決して軽くない傷ではあるはずだが、敵は構わずに小華へと向かった。


「〈鬼神ノ腕〉ッ!!」


彼女が叫ぶと共に、その右腕に鬼の顔を模した装甲が展開される。

否。装甲というのは正しくない。

正確に言えば、高密度の霊力が顕現した『霊術』である。

彼女は鉤爪のようになったその手を開くと、向かってくる妖に対し、横薙ぎにする。

と。妖ごと廊下を引き裂き、ガラスの破片が飛び散った。


「…これで2割消し飛んでくれたらいい方だけど、そうはいかないわよね…」


妖の世界は「量より質」が極まっている。

他の妖とつるむなど天文学的確率に等しく、ましてや群れを成すなど、まずあり得ない話である。

では、何故に群集型の妖が存在するのか。

答えは簡単。「質が量になっているだけ」である。

彼らは「群集型の妖」という個であり、ただ体と意識が数百に分かれているだけ。

人間から見れば別々の個体としか思えないが、妖の世界ではその尺度は通じない。

先ほどの一撃でも、せいぜい苛立ちを覚えるかどうかくらいのダメージしか与えられていない。

それは小華も承知の上だった。


「そらそらそらそらぁっ!!」


光弾を周囲に漂わせ、接近する妖を片っ端から装甲で裂いていく。

その額には汗が滲んでおり、自らの置かれた状況への不安が見て取れた。

いつガス欠してもおかしくない。

しかし、こうでもしなければ、目の前の妖の頭を吹き飛ばすことなど出来ない。

神器である錫杖も、本来は膨大な霊力を操作するための制御装置のような役割しか持たない、いわば飾り。

小華も真琴のように体を鍛えてはいるものの、それはあくまでおまけ。

彼女が打ち込んできた修行の大半は、霊術を使いこなすためのものでしかない。

一言で言えば、ジリ貧だ。


「ぐ、…、ゔっ…」


6割ほどを倒したものの、アリは更に密度を増し、小華に襲いかかる。

気力の消耗で霊力の操作が途切れた小華がなす術もなく、その体がアリの足によって吹き飛ばされる。

内臓が破れる音がした。

小華は喀血するも、再び立ち上がり、向かってきた妖に装甲の一撃を浴びせる。

と。それを盾にしたのか、別の妖が切断面の間を縫うように彼女に接近し、その肩に噛み付いた。


「あ゛ぁぁぁあああッ!?!?」


ぼきっ、と骨が砕ける音がする。

妖はそのまま彼女を叩きつけようと、顎を振り上げた。

小華は歯を食いしばると、装甲を操り、右腕ごと妖の頭を切り裂く。

ぼたたっ、と血がそこらに飛び散る。

腕はあとあと霊術で治せる。

しかし、治るからと言って、痛みが治るというわけではない。

ふーっ、ふーっ、と痛みに呻くも、相手に慈悲はなく。

妖は逃げれぬよう、彼女の足を踏み潰した。


「あ゛っ、ぁっ…!?」


もはや叫び声すら出ない。

あまりの痛みに気が狂いそうだ。

しかし、それももう終わる。

掠れていく視界には、顎門を開いた妖が、何体も迫っているのが見えた。


「……っ」


そもそもが無謀だった。

再試験が確定してでも、きちんと「誰かと組まないと無理です」と断るべきだったのだ。

そんな後悔が頭をよぎった、その時だった。


「ムクロ。雷使うんじゃないわよ」

「かしこまりました」


柿崎 真琴とその使い魔の声が響いたのは。

瞬間。一瞬にして、彼女の周囲を囲んでいた妖の首が、同時に床に落ちた。

と。掠れた視界に、影が降り立つ。

その二つの影は小華を前にしゃがみ込むと、軽く言葉を交わした。


「救助が最優先よ。

さっさとその子連れて出なさい」

「…大丈夫ですかな?死にかけですが」

「アンタが治しなさいよ。

サクラにやり方教わったでしょ?」

「かしこまりました」


肌色の物体を右腕に押し当て、その影は手をかざす。

と。急激に脳内を支配していた痛みが引いていき、視界が晴れた。

そこには、真琴とその使い魔であるムクロ、さらには元通りになった自分の右腕があった。


「…か、柿崎家の…?なんで…?」

「とりあえず、アンタ。試験不合格。

こっからは私の仕事よ」

「な、何を勝手に…!私はまだ…っ」


立ちあがろうとするも、がくっ、と体勢を崩してしまう。

霊力も上手く操れない。

小華が悔しそうに歯噛みしていると、真琴が錫杖を握るのが見えた。


「コレ、借りるわよ」

「…期待に応えられなくて悪いけど、それはただの霊力制御装置で…っ、あぶな…!?」


彼女が言い終わるのを待たず、3匹の妖が真琴に迫る。

小華がそれに叫ぼうとした、その時。

真琴は凄まじい速度で3匹の妖の頭を叩き潰した。


「…………は?」

「お、当ったりぃ!やっぱ神器だった」


あり得ない。いくら神器とはいえ、霊力操作しか用途のない錫杖で敵を叩き潰すなど、聞いたことがない。

いうならば、プラスチックバットで岩を叩き割るようなものだ。

その光景を呆然と見ていると、真琴がふと、「ああ」と思い出したように声を上げた。


「アンタ。大根役者が過ぎるわよ」

「……っ」

「人の心配するくらいなら、自分の心配しなさい」

「ヤケでわたくしの封印を解いたご主人様が言えた話ですかな?」

「うっさいドスケベ。さっさと行け」


その会話を最後に、小華の体はムクロに抱えられ、校舎の外へと出る。

残された真琴は錫杖を棍のように構え、軽く息を吐いた。


「あーあ。ホントは刀が良かったなぁ」


そんな愚痴と共に、十数匹のアリの首が、宙を舞った。

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