第11話 97代目「役小角」

「…そういえば、ご主人様は学舎には通っておられないのですかな?」

「うぐっ」


天河小学校へと向かう道中にて。

俺の問いに、ボディブローを受けたかのように呻き声を上げ、眉を顰める真琴ちゃん。

退魔師になるための試験に落ちたとは聞いたが、普通の高校に通ったりはしていないのだろうか。

そんなことを思っていると、運転していた睦月さんが、薄ら笑いと共に口を開いた。


「『退路を断つ』とかで普通科の高校を受けなかったんですよ。

気合いでどうにもならない世界なのに、阿呆なことしましたね」

「……火事場の馬鹿力的なので、霊力がバーンって増えたりするかもしれないじゃない」

「ンなもんあるわきゃないでしょ、バカなんですか?」


ご主人様の背が小さくなってく気がする。

ここで慰めた方がいい気もするが、言葉が嫌な方向に自動変換される俺が言ったら、確実に皮肉になる。

取り敢えず、ぽん、と肩に手を置くと、真琴ちゃんは俺に半目を向けた。


「同情してんじゃないわよ…。

どうせ落ちこぼれよ…」

「言うほどですかな?」

「霊力がない時点で負け犬よ」


相変わらず、俺のご主人様は自己肯定感が低すぎる。

怪異の結界内に引き摺り込まれても、ほぼ無傷で切り抜けたのだから、もう少し自信を持ってもいいと思う。

フィジカルは間違いなく最強なのだ。

ただ、霊力不足が深刻過ぎて相対的に雑魚に見えてしまうというだけで。

元から妖力や霊力が籠った武器とかがあれば、話は別なんだろうが。

そんなことを思っていると、車が止まった。


「着きましたよ。天河小です」

「……でっか」


真琴ちゃんが窓の外を見て呟く。

確かに、小学校にしてはめちゃくちゃデカい。

三階建てくらいの高さに、学校特有の古臭さはなく、清潔感を感じさせる外装だ。

どんだけ金をかけてるんだろうか、などと下世話なことを思いつつ、俺たちは車から降り、校舎へと向かった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「わざわざご足労いただき、感謝します。

理事長を務めている、天河と申します。

先日は娘の天音が世話になりました。

あの日はどうしても外すことの出来ない会議がありまして…」


案内された応接室にて。

出迎えてくれたのは、この学校の理事長であり、先日、彼の代わりに依頼してくれた天音ちゃんの父だった。

頭を下げ、名刺を差し出す理事長に、睦月さんも同じように名刺を取り出し、軽く頭を下げた。


「睦月退魔師事務所、所長の睦月 ひかりです。こちらが所属退魔師の柿崎 真琴、控えているのがその使い魔であるムクロです」

「どうも」

「怖がらないでいただけると幸いです」


今回、サクラちゃんは「ネット大会があるから」とかでお留守番である。

仮にも学問の神様の臣下みたいな立ち位置の妖なのに、威厳もクソもない。

俺もエロサイト漁りとかして過ごしたい。

そんなことをすれば、確実に全員から冷たい視線を浴びることになるだろうが。

せめて、猥談で盛り上がれる男子が事務所に入ってくれないものか。

そんなことを思いつつ、俺は睦月さんと理事長の話に意識を向ける。


「では、さっそく本題に移らせていただきます。妖についての情報はありますか?」

「はい。ですが、その前にひとつ、謝らなければならないことがありまして…。

入ってください」


理事長の言葉と共に、がらっ、と応接室の扉が開く。

そこに居たのは、どこかの高校のブレザーを着た、背丈の低い巨乳の少女だった。

ロリ巨乳というやつか。…うむ、性癖ではないが、これはこれでエロい。

銀とも白とも取れない、綺麗な色合いの髪を、そんなに頓着がなさそうに纏めてるのも逆に唆られる。

ご主人様のぶっ飛んだエロさには敵わないが。


「実は、依頼を出した直後に、退魔師専門学校から『試験内容として採用する』と連絡をいただいてしまって…。

聞いたところ、教員の一人が個人申請の依頼書を市役所に出してしまっていたと判明しました」

「退魔師専門学校?」

「私が落ちたとこよ。

全国に何箇所かあるけど、あの制服は京都のヤツね。超エリート」


超エリートか。…うむ。確かに、霊力の量だけで見るとかなり強い。

でも、体つきがご主人様と比べて貧相だし、強者のものとは思えないんだよな。

…霊力がない上に敵陣のど真ん中で孤立という絶体絶命な状況をほぼ無傷で切り抜けた人と比べりゃ、そりゃ見劣りするか。

そんなことを思っていると、少女がご主人様を鼻で笑った。


「誰かと思えば、柿崎の落ちこぼれじゃない。アンタ、はぐれになったのね。

大丈夫?すぐ死ぬんじゃない?」


明らかに煽ってる。

ご主人様も一瞬だけ険しい表情を浮かべたものの、返す言葉がないことに気づいたのか、口をまごつかせる。

ここで反論しないのは使い魔の名折れ。

ご主人様が虎の威を借る狐みたく思われるだろうが、フィジカルで俺をボッコボコにしたということにしよう。

そうと決まれば善は急げ、と言わんばかりに立とうとするも、ご主人様は俺を抑えた。


「事実よ。撤回させる必要はないわ」

「…お言葉ですが、主人を貶されて黙る使い魔がおりましょうか?」

「黙りなさい。主人である私に、恥をかかせるつもり?」


嘘を吐こうとしたのがバレてたな。

そんなに顔に出るのかな、と思っていると、俺を観察していた少女が、これまた嘲笑を浮かべた。


「雑魚同士の傷の舐め合いって、どうしてこうも見ていて滑稽なのかしら?

『鵺の王』の真似ごとをしている使い魔然り、霊力もないくせに退魔師を名乗るアンタ然り…」

「………ぐくっ」


オーラを抑えてたのが悪かったのか、彼女は俺のことを『鵺の王の偽物』だと思ってるらしい。

睦月さんがちょっと笑ってる。

確かに、主人公が実力を隠してるタイプのテンプレートなライトノベルや漫画に一人は居そうなタイプだけども。

大体の人間が大好物な展開の前振りではあるが、もう少し笑みを隠して欲しいものだ。

睦月さんにそんなことを言っても、「だって、テンプレそのまんまでクソウケるんですもん」とか言われるに決まってるだろうが。


「…で、専門学校の方に『私たちに依頼を通した』というのは言ったんですか?」

「言ったのですが、『こちらを優先していただきたい』と返されました。

ですので、皆様にはもしもの時の保険として控えていただきたいのです」

「ちょっと!それ『私が失敗する』って言ってるの!?」

「社会ではね、実績のないクソガキに重要な仕事丸投げするなんてバカしないんですよ」


究極に性格の悪い言い回しだが、睦月さんの言う通りである。

社会人を経験したのは、もう数万年も昔のことだが、「ぺーぺーの新人に信頼もクソもない」というのが社会の一般常識であることくらいは覚えてる。

俺たちは少なくとも、水子箱の一件を解決したという実績がある。

しかし、目の前の彼女はこれからキャリアを積み上げていく段階の学生。

理事長の懸念も当然のことだろう。

いずれ大成しても、今すぐに結果を出さねばならないことなんていくらでもある。

学校行事がかかっている以上、今回もその部類に含まれることだろう。

そんなことを思っていると、少女は胸を張り上げた。


「私は97代目『役小角』、役 小華よ?

失敗なんてあり得ないわ!」


その大見栄に、睦月さんたちがこれ以上なく面倒くさそうな表情を浮かべた。

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