第13話 ご主人様には筋肉が詰まってる

柿崎 真琴は致命的に霊力がない。

それを自覚したのは、4歳の時だった。

使用人も良くしてくれるし、両親から愛も十分に受け取っている。

が。それでも、どこか一歩引いたような彼らの態度に、真琴は疑問を覚えていた。

思い切って退魔師をしていた母に問うと、彼女は苦笑を浮かべた。


「ウチは退魔師の家系だけど、真琴にはその世界を知ってほしくないの。

……私より先に死んでほしくないもの」

「なんで?」

「…真琴にはね、霊力っていう力がないの。

ほら、こういうこと、出来ないでしょ?」


母が見せた炎。それを灯すことは、真琴には出来なかった。

世の中には叶わないこともある。

そんな現実を突きつけられた彼女に、初めて反骨精神が芽生えた。

お母さんも驚くような退魔師になってやる。

そんな決意を込めて、真琴は霊力を増やす方法を模索し始めた。

あらかたの修行を、一年かけて試した。

霊力は確かに増えたが、雀の涙程度だった。

何処までも才能がない。

そのことに気づいた真琴は、自分にもあるものを鍛え始めた。


筋肉である。


ネットに漂い、図書館に潜むあらゆる情報をかき集め、彼女は肉体を鍛え始めた。

最初の一年は、心が折れそうだった。

寝ても覚めても、スクワット、腕立て伏せ、上体起こしと、ありとあらゆる運動に全てを注いだ。

気絶して夜を明かすなど、日常茶飯事。

両親は心配して「やめた方がいい」と止めたものの、彼女は一向にやめなかった。


2年目にして、少し余裕が出てきた。

コレではいけない。自分は人一倍どころか、百倍は劣る底辺である。

余裕を感じる鍛錬をしていては、霊力を持つ皆に追いつくことが出来ない。

そのことを幼いながらに理解していた彼女は、更に重いトレーニングを重ねた。

両親はもう、何も言わなかった。


3年目、4年目と時を過ごす度、自身の体に余裕が訪れてくる。

その度に彼女は、思いつく限り体をいじめ抜いた。

10歳になる頃には腹筋は割れていたし、腕にも筋ができていた。

それを10年も続けたのだ。

彼女の体には、その見た目からは想像もつかないほどの筋肉が詰まっている。


彼女には、神に嫌われているのではないかと思うほどに才能がない。

が、しかし。10年の鍛錬により、大きく欠けた才を補えるほどの肉体が完成していた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「…おお。妖術とは斯くも強力なものなのですなぁ」

「アナタが規格外なだけです」

「う、嘘…。神経までくっ付いてる…」


役 小華がぐっ、ぱっ、と右手を閉じては開き、感触を確かめる。

俺も驚きである。四肢欠損を治せるとは。

まあ、このレベルの負傷を治せないと、この世界滅びてそうだけど。

そんなことを思いつつ、俺は轟音が響く校舎を見上げる。


「張り切っておりますなぁ。

普段は突きしかまともに喰らわないというのもあると思いますが」

「神器を扱える機会なんて、滅多にないですしね。

振りすぎてイカれないといいですけど」


待って?俺のご主人様、そこまでマッスル極振りなの?

それであの細マッチョって、どんな奇跡が起きてそうなったんだ?

…まぁ、あのエロい体が損なわれなくて、本当に良かった。

そんなことを思いつつ、俺は軽く屈伸する。


「では、わたくしも助太刀に参りましょう。

戦っているご主人様の艶やかな御姿を眼に焼き付けなくては」

「相変わらずスケベですねぇ。

今日はストレッチジーンズなのに」

「尻の輪郭が出て、なんとも情欲をそそられるではありませんか」

「……ドスケベ」


初対面の女性にも言われてしまった。

だって、見たいんだもん。

あの尻がキビキビ動いている姿。想像しただけで興奮してきた。

俺は鼓動が突き動かすがままに飛び上がり、校舎へと再突撃する。

と。蟻の妖に囲まれながらも、錫杖を棍棒のように振り回し、上手く立ち回るご主人様の姿が見えた。


「助太刀に参りました」

「尻ばっか見てんじゃ無いわよ、スケベ」

「麗しいものですから…」

「シバき回すわよ」

「それはなんとも、恐ろしいことですな」


本当に恐ろしい。どれだけの筋肉が詰まってるんだ、ご主人様の体には。

そんなことを考えつつ、真琴ちゃんの背後に迫っていた妖の牙を掴み、頭ごと引っこ抜く。

思ったより弱い。

水子箱が使ってた水子の妖の方が数倍強い気がする。

…つくづく思う。あんなバケモノに囲まれて、フィジカルだけでよく生き抜けたな、俺のご主人様。

そんなことを思いつつ、妖の首を裂き、真琴ちゃんを見やる。

妖の頭がスイカみたいに弾け飛んでる。

どれだけの勢いで殴ってるんだろうか。


「8割くらいは削ったわね。

あの子が6割も倒してくれた上に、こんな使い勝手のいい神器まで貸してくれたんだから、楽できていいわ」

「……絶対に用途が違う気がしますなぁ」

「私、操作するほどの霊力ないもん。鈍器にしかならないじゃない」

「それもそうですか」


俺の想像以上に、霊力不足というのは深刻な問題らしい。

ただ通用する武器を手に入れただけで、ここまで化けるか。

ご主人様の実力に戦慄していると、ふと、妖たちの動きが変わったことに気づく。

逃げようとしているのだろうか。

そう思い、軽く雷を纏うも、その考えは即座に否定される。


『キサマぁ…!ザコのくせに、ポンポンポンポン私の首を刎ねおってェ…!!』


妖たちが塊となり、新たな妖として、人とアリを無理矢理に混ぜたような姿を見せたのだ。

合体したなら都合がいい。

〈解体〉で倒すか、と思っていると。

ご主人様がそれを手で制した。


「手出し無用よ。神器があればどのくらい通じるか、見てみたいから」

「ふむ…。危機に陥れば横槍を入れますが、宜しいですかな?」

「いいわよ」


背から生えたアリの足が、ブレて見えるほどの速度で真琴ちゃんの頭部に迫る。

が。真琴ちゃんはそれを軽く体を逸らして避け、続け様に叩き折った。


「合体は失策じゃない?

邪魔されない分、避けやすいわよ」


流れるような一連の動きに、俺は「ほう」と声を漏らす。

が。妖はそれを読んでいたのか、幾つもの昆虫の足を身体中から突き出し、真琴ちゃんに差し向けた。

人間では避けられない。

そう思っていた矢先、真琴ちゃんはなんとも機敏な動きでそれを見切り、次々と足の先を潰した。


「単調。妖術の一つでも使えば?」

『そんなに望みなら使ってやらァ!!』


妖の目が煌めくと共に、足元がぬかるんでいく。

樹脂素材とは思えない程に、ぶにょん、と歪み、足元のバランスが取りにくい。

よくよく見ると、壁のコンクリートすらも歪んでいる。

コレでは踏み込むことが出来ないのでは、と俺がご主人様を見やると。

ご主人様が妖の股下に立っているのが見えた。


「『昆虫かつ群集型の妖は、追い詰められたら妖術で足場を奪ってくる』。

伊達に2年も睦月さんの手伝いしてないわよ」


ぶんっ、と風切音を立て、錫杖が横薙ぎに放たれる。

足を奪われた妖はバランスを崩し、ぬかるんだ地面へと倒れ込む。

ご主人様はその背中を踏んづけ、首に錫杖の先端を突きつけた。


「これで、初手柄っ!!」

『かぺっ』


ごしゃっ、と妖の頭が砕ける。

世界へと解けていく妖を見下ろし、真琴ちゃんは笑みを浮かべた。


「子どもたちのバーベキューと肝試し、返してもらったわよ」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「本当に、ありがとうございました!」

「おねーちゃん、ありがとうございます!」


翌日。

依頼終了の報告を終えると、理事長が娘の天音ちゃんと共に頭を下げる。

俺の隣には、神器を返却して手持ち無沙汰な真琴ちゃんが、苦笑を浮かべていた。


「いえいえ…。私じゃなくて、ほとんど学生さんが倒してたので…」

「そんな謙遜せずとも…!

あなたたちが居てくれたおかげで、今年も子どもたちの思い出作りが出来ます!」

「いや、彼女が居なきゃ、倒すことは出来なかったでしょうし…」


役 小華はあのあとどうなっただろうか。

ご主人様がぺこぺこと頭を下げている横で、「再試験を受けている頃かな」などと思っていると。

見覚えのある人影が、俺たちに歩み寄るのが見えた。


「あ。せんもんがっこーのおねーちゃん!」

「…役さん?え?再試験、どうしたの?」

「……その、まだ決まらなくて…。

いえ、それは良くて、ですね…」


あの時の強気な態度は形をひそめ、オドオドと言葉を紡ぐ彼女。

うーむ。こっちが素か。

彼女は煮え切らない態度で「あー…」だの、「うー…」だのと声を漏らす。

俺たちが首を傾げていると、理事長と天音ちゃんが頭を下げた。


「えっ…?」

「試験、お疲れ様でした。そして、縁もゆかりもないこの学校のために戦ってくれて、ありがとうございました」

「おねーちゃんも、ありがと!」

「え、あの…。し、失敗しました…けど…」

「結果として倒せたし、功労者のアンタが褒められるのは当然だと思うけど」

「いえっ、そんなっ!畏れ多いです…!」


それをいうなら、ご主人様も感謝を受け取るべき立場にあると思うが。

俺が半目でご主人様を見ていると、ふと、思い出したように役 小華が声を上げた。


「あ、えっと…。今日は、その…、失敗のお詫びと共に、頼み事があって…」

「依頼なら、事務所通してくださいね。

一応は私んとこの部下なんで」

「は、はい…。い、依頼、です…」


戦う時とか、見栄を張らなきゃいけない場面だけハキハキ喋るタイプか。

睦月さんに萎縮しまくりな役 小華だったが、数回呼吸を整えると、深々と頭を下げた。


「柿崎 真琴さん。その力を見込んで、頼みがあります」


────51代目「役小角」の首を刎ねてほしいんです。


その言葉に、真琴ちゃんは「はあ?」と間の抜けた声を漏らした。




────────────────


あとがき…真琴ちゃんのフィジカルは100%純粋な努力でできてます。一言で言えば、黒人のビスケットな方みたいな感じです。

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