妖怪系のバケモノに転生しましたが、可愛い女の子の使い魔になってやろうと思います。

第3話 可愛い子の使い魔になれたので幸せです（白目）

「妖と退魔師の2人が揃って、どちらも主従契約の結び方を全く知らぬとは…」

「…だって、試験通ってないんだもん。

講習すら受けれてないんだもん」

どうやら退魔師の必要知識は、試験に合格してから得ていく物らしい。

普通は逆じゃなかろうか、と考えていると、少女…俺のご主人様は、期待を込めた瞳をこちらに向けた。

「そういうアンタこそ、なんか、こう…急にぶわーってやり方思い出したりしない？」

「なんとも曖昧な例えですな。

あいにく、わたくしめの頭はカラスで御座います故、ご期待には添えられぬようで…」

「…『3歩歩いたから忘れた』って言うつもりじゃないでしょうね？」

ごめんなさい。そんなジョーク言うつもりなんて無かったんです。

絶対零度の視線がこちらに向くのを横に、俺は未だに続く大自然に目を向けた。

相当に深い場所にいたらしい。

かなり歩いたはずだが、人が整備したと思われる道はなく、獣道が続くばかり。

ご主人様をきちんと手当しないとまずいな、と思いつつ、俺は突如として降ってきたバケモノに向け、手のひらを向ける。

『鵺の王、討ち取っ…』

「ご主人様のご尊顔に唾液がかかる。死ね」

女の子に唾引っ掛けんじゃねぇ殺すぞボケ。

罵声と共にバケモノの顎を掴み、そのまま力づくで引きちぎる。

俺がその頭をそこらに捨てると、沈んでいた体諸共、世界に解けていった。

前世だと胃の中身が無くなるまで吐くような光景だが、妖怪になったせいか、そんなに気にならなかった。

感覚で言えば、加工されたばかりの肉を目の当たりにしている気分だろうか。

まぁ、数万年もこの体で過ごしてるせいで、人間の感覚は性欲以外すっかり薄れているわけだが。

…代替案ではあるが、溜まった性欲…即ちストレスの発散にはなるな。

本当だったら自慰とか、直接的な物が方がいいんだが。

この体の不便さを嘆いていると、ご主人様が呆れた瞳を俺に向けた。

「…アンタ、私のこと好きよね」

「ええ。大好きですとも。

満足いくまで抱き潰したいと思うほどには」

「アンタ、『股間にモノが無い』って自分で言ってなかった？」

「それが目下の問題ですなぁ」

「口調で誤魔化してるけど、清々しいレベルのオープンドスケベよね、アンタ」

ごもっともである。

ライトノベルよろしく、モンスターや妖を食べたら生えたりするのだろうか。

…いや待て。食べたらイチモツが生えるモンスターって何だ？

釈迦の邪魔をしたマーラ・パーピーヤスみたいな煩悩の化身でも食えばいいのか？

俺が真剣に考えていると、ご主人様がふと、口を開いた。

「そういえば、アンタって名前ある？」

「さあ、どうで御座いましょうか。

名を呼ばれたのは、もはや遠い昔のこと。

その間に、3歩では済みそうも無いほど歩きましたからな」

「その頭、取っ換えなさいよ。

命令すら忘れそうで怖いわ」

「名前がありません」って言っただけなのに、頭を取り換えろと言われた。

先ほどまで恐怖を向けていた相手にこの言い種とは、将来は大物になるな。

しかし、体に加え、口まで不便なのは何なんだ。

「かっかっかっ。ご主人様の鈴の音色にも勝る心地よい声を忘れるほど、わたくしは耄碌しておりませんなぁ」

「ご主人様ってのやめなさい。むず痒い」

「ああ、申し訳ない。このバケモノはまだ、あなた様の名前を知らぬのです。

どうかお赦しくださいな」

「……ああ、そっか。アンタには自己紹介してなかったわね」

ご主人様は言うと、俺の目を覗き込むように顔を向けた。

「『柿崎 真琴』。アンタのご主人様よ」

ご主人様、改めて真琴ちゃんが名乗った途端、その背後から獣の顎門が迫る。

そのグロテスクな見た目から、俺と同じ妖怪の類だというのはわかる。

俺は真琴ちゃんを人形の腕で抱き寄せると、その顎門を龍の右手で受け止めた。

『ふがっ！？』

「いやはや、危なかったですな。

…しかし、この山は些か、妖が多すぎやしないでしょうか？」

「アンタが原因よ」

「……ああ。そう言えばそうでしたな」

犬とも狐とも取れる妖の脳天に手を突っ込み、脳を引き摺り出す。

妖怪なのに、人間や動物が持つような臓器はあるのか。

脳を失ったせいか、妖怪の全身から急激に力が抜け、その場に崩れ落ちる。

そして、数秒もしないうちにその体が解けていった。

「…倒し方がいちいちエグいわね」

「性欲が発散できぬぶん、こっちで発散できるのは有難いですなぁ」

「発想がサイコのそれ」

「妖ですので」

俺が誤魔化すように言うと、真琴ちゃんは半目を俺に向けた。

本当のことを言えば、理由はもう一つある。

「出来るから」。

例えるなら、「嫌いなお偉いさんをどれだけタコ殴りにしても捕まらない」となったらどうするだろうか。

誰だって殴る。気が済むまで殴る。

なんなら殺すまで殴る。

この「出来る」という一言は、培ってきた道徳を簡単に踏み倒せる魅力がある。

数万年も人間社会から隔絶されたのなら尚更、その道徳は意味をなさない。

こんなことを考えている時点で、体に引っ張られている可能性も否定できないが。

そんなことを思っていると、微かに車の音が聞こえてきた。

「おや。この音は…」

「自動車って乗り物よ。あー…、鉄の中にからくりが仕込んであって、ちょっと操作するだけで馬並みのスピードで走ってくれるの。

で、この音が聞こえたってことは、すぐそこに道路があるってわけ」

数万年ぶりにアスファルトの道を歩くことができる…というわけか。

俺が期待を膨らませていると、真琴ちゃんが「あ、そうだ」と思い出したように口を開いた。

「アンタが封印されてたここら一帯は、侵入者を阻む高ーいフェンス…柵があるの。

もちろん、入ってきた妖を出さないために結界術が施された、ね。

私はよじ登って入ったし、出る時も登れば済む話なんだけど…」

「…わたくし、ここから出れないのでは？」

「ええ。力づくで出た瞬間に、べらぼうに強い退魔師たちがすっ飛んでくるわ。

ま、心配無用よ。私の無茶苦茶に協力してくれた人がいるし、何とかしてくれるでしょ」

「刹那的な生き方ですなぁ」

この子、やっぱりアホなのでは？

そんなことを思っていると、言われた通り、フェンスが見えてくる。

同時に、そこから何やら薄い膜が広がっているのも視認できた。

これが『結界術』というやつなのだろうか。

俺がそんなことを思っていると、フェンスの奥から気だるげな声が響いた。

「やぁ。無事でなによりです。

そろそろ探しに行こうかなと思ってた頃でしたよ」

「……その指のクリームが無けりゃ信じたんですけどね、睦月さん」

不健康そうな女性だ。

カーディガンの上に白衣を羽織った彼女は、妖艶に指に付いたクリームを舐めとる。

真琴ちゃんよりも胸がない。

絶壁というわけではないが、男と言われたのなら少し違和感がある程度の膨らみしかない。

しかし、その細い体躯は蠱惑的に思える。

と。俺の視線に気づいたのか、彼女はその小馬鹿にしたような表情を強張らせた。

「…真琴さん。『鵺の王』と特徴が合致するその妖は何なんですか？」

「その『鵺の王』よ。なんやかんやあって、私の使い魔になることになって」

「どうも、真琴様の下僕で御座います」

「…………え、マジ？」

ぱちくりと目を丸くし、俺と真琴ちゃんを見比べる女性。

俺が首を傾げていると、真琴ちゃんが俺に耳打ちした。

「彼女は『睦月 ひかり』。

アンタらみたいな科学で説明できない存在を研究している『妖怪研究家』よ」

「ほぉ、研究家…ですかな？」

「…その呼び方はやめてください。

公的に認められた機関には属してません。

株とかで稼いだ金で、趣味の研究やってる25のクソニートです」

心底不服と言った表情を浮かべ、ため息混じりに自虐する睦月さん。

帰宅直前に面倒な仕事を押し付けられた時の顔だ。

俺は申し訳なく思い、軽く頭を下げた。

「申し訳ない。実のところ、まだ正式な主従契約を結んでおらず…。

取り敢えず外に出ようと思うのですが、結界を壊してしまいかねないので…」

「…あれ？使い魔だったら引っかからな…、ああ、試験に落ちたんですっけ。

知らないのも無理はありませんね」

「うぐっ」

的確に真琴ちゃんの傷を抉ってきた。

その場で三角座りをしていじける真琴ちゃんを慰めながら、俺は睦月さんの言葉に耳を傾けた。

「契約は簡単です。

紙に主人になる人間の血で『使い魔の名前』を書いて食わせるだけですよ。

そこらのチラシの裏でも出来ます。

今回はこのミ○ドのサバーラップ…菓子を取るための紙にしましょう。

クリームとチョコが付着してるので、美味しいですよ」

「菓子の取り紙を食えとは、なかなかに肝が据わっておいでですな、睦月様」

大丈夫？書いてる途中で破けない？

そんな俺の心配をよそに、睦月さんはフェンスからサバーラップ…ドーナツを買うと付いてくるあの紙をこちらに入れる。

いつのまにか復活していた真琴ちゃんは、ソレを拾うと、親指を歯で裂き、血の玉を作った。

「…アンタの名前、『スケベ』とか『アホ』とか『マヌケ』とかでいいかしら？」

「わたくしも怒ることはあるんですよ？」

「冗談よ」

流石に「スケベ」と「アホ」はごめんだ。

真琴ちゃんは戯けると、親指を薄い紙に走らせる。

と。彼女は数秒も経たないうちに立ち上がり、俺に紙を突きつけた。

「『ムクロ』。今日からアンタはムクロよ」

「…有り難く賜りましょう」

俺は言うと、その紙を口に入れ、飲み込む。

これで契約成立なのだろうか。

何の変化もなかったためか、実感があまり湧かない。

そういうものかもしれない、と適当に結論付け、俺は真琴ちゃんに問いかけた。

「して、意味は？」

「え？めっちゃテキトーに考えたから意味なんてないわよ」

ご主人様からの扱いが雑過ぎる。

泣いていい思うんだ、俺。