第2話 この子、アホすぎん?

「……んぅ」

「おや、お目覚めですかな?」

「ギャーーーーッ!?!?」


介抱してあげてたのに叫ばれた。

どんな凶悪なツラしてるんだろうか、俺。

女とは思えないほど汚い高音で叫び散らす彼女に、俺は「何も致しませんよ」と両手を挙げる。

しかし、それでも警戒は解けず、彼女は涙が溜まった目で必死に俺を睨め付けていた。


「『鵺の王』…!なんのつもり…!?」

「はて、王…ですかな?

わたくしはそのような地位に立ったことは一度たりとも有りませぬが」


鵺の王って、もしかして俺のことですか?

そんな素朴な質問がややこしい形で変換されたせいで、煽りセリフみたいになった。

口調を紳士的に変えるなら、言葉の内容もそれっぽくしとけよ。

言葉が丁寧なだけで、めちゃくちゃに煽りカスじゃねぇか。

そんなツッコミすら喉を通らない体を呪っていると、少女が声を張り上げた。


「惚けないで!あなたは千年前に封印された妖で、私はその封印を施した退魔師の子孫!

あなたが私を喰らわず、助けるメリットなんて無いはずでしょう!?」


千年?俺、たしか数万年はあの大自然を彷徨っていたよな?

もしかして、あそこだけ時間の流れがめちゃくちゃ早かったとか、そういう「修行空間」的な設定なんだろうか。

そんな考察を中断し、俺は誤解を解こうと口を開いた。


「ふむ…。生憎ですが、わたくしはあなた様が期待するような『人を喰らう』という趣味は無いのです。

あなた様に被食趣味があるのならば、わたくしめは力になれませぬ。

いやはや、申し訳ない」

「丁寧な口調で煽るな!!」


嗚呼やっぱり。この体、意思疎通に関してはめちゃくちゃに不便すぎる。

今までは寂しすぎて生み出したイマジナリーフレンドしか話し相手がいなかったから気にならなかったが、上品な口調に変換される上に相手を煽り散らすような毒が多分に含まれている。

「オレ、オマエ、タベナイ」というだけですら、この有様である。

前世で何かしたんだろうか。

思い当たる節がまるでない。「童貞を拗らせたストレスで死んだ」という、ブッ飛んだ話ばかりの神話にも無いであろうアホらしい死因以外は、なんの落ち度も無さそうだが。


「かかっ。わたくしは無駄に、無意味に、無価値に、長ぁい時を生きておりますからな。

封印されていた間は、数万はくだらない年月を過ごしましたゆえ。

遠い過去のことなど、曖昧模糊でしかありませぬ」

「退魔師なんて、取るに足らない存在だとでも言いたげね…!」


違うんです。「記憶喪失の上に忘れっぽいんです」って言いたいだけなんです。

おのれ、上品変換。口調だけ上品で中身が煽りカスなせいで、あらぬ誤解が生まれてるじゃねぇかクソボケ。

いや、まだだ。まだ誤解を解く術はあるはずだ。


「いえいえ。あなた様のようなお美しい女性であれば、興味の対象ではあります。

ここには文明の利器など微塵もありませぬし、わたくしも人間の体の勝手はよく存じ上げておりませぬ。

故、傷の手当ては下手に出来ませんでしたので、帰ったらよぉく傷口を洗うこと。

人間は自分が思うよりもずぅっと脆い。

あなた様のような美しくも愛らしいお嬢さんが死んでしまうのは、わたくしにとっては世界の損失とも呼べる大事なのです」

「………っ」


本当に申し訳ない。薬草とかの知識があればよかったんだけど、俺にはそんな知識などカケラもない。

消毒液とかあればよかったが、と思いつつ、少女に目を向ける。

と。悔しげに歪んだ瞳から、ぽろぽろと涙が落ちるのが見えた。


「はて、どうしましたかな?

なにか失礼がありましたでしょうか?」

「…う、うるさいっ!見るなぁ…!」

「ええ、ええ。お嬢さんが言うのであれば、わたくしめは何も見なかったことに致しましょう」


はっきり言って、俺の第一印象は最悪にも程があるだろう。

「鵺の王」とかいう不穏な響きしかない名前に、性格の悪さが滲み出た毒舌。

これで敵意を抱くなと言う方が難しい。

名誉挽回のため、俺は少女の涙から目を逸らし、天を仰いだ。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「……柿崎家末代までの恥よ…。

仇敵に慰められるなんて…」

「慰めのつもりはありません。

あなた様がお美しいというのは事実。

わたくしが人間であれば、あなた様のようなお方と添い遂げたいと思うほどに」


落ち込む少女に、無意識に俺の口から飛び出た口説き文句が炸裂する。

泣いていたせいか、それとも照れているのか、赤らめた顔を逸らし、少女は悪態を吐いた。


「……ふんっ。そんなくだらない世辞で人間の機嫌を取ろうだなんて、かの悪名高い『鵺の王』も堕ちたものね」

「わたくしめはあなた様含む人間に、敵意を抱いてはおりませぬ。

事実、わたくしはあなた様に傷一つつけていないでは御座いませんか」

「………何を企んでるの?」

「一言申し上げるなら、あなた様のような女性を愛してみたいと思っております。

燃えるように、貪り合うように、確かめ合うように、深く、深ぁく愛し合うのがわたくしめの望みで御座います」


意訳すると、「貞操を捨てたい」である。

無駄に豊富な語彙に感謝しつつ、少しばかり警戒の解けた彼女に問いかける。


「わたくしばかり質問されてますな。

こちらから質問させていただいても?」


少女は訝しげな表情を浮かべたものの、すぐさま頷いた。

俺は「では、お言葉に甘えて」と前置きをして、先ほどからの疑問を投げかけた。


「先ほども申し上げた通り、わたくしめは世の理どころか、己のことを全くと言っていいほど知りませぬ。

世のことは調べれば判りますでしょうが、わたくし自身のことはそうもいきません。

あなた様が口にした『鵺の王』について、教えていただけますかな?」

「……本当に記憶がないのね」


「記憶がない」という言い方は、果たして合っているのだろうか。

そんなことを思いつつ、俺は少女の話に耳を傾けた。


「退魔師界隈では有名な話よ。

平安に倒された鵺を何体も従えているとか、当時の名だたる退魔師を鎧袖一触に殺したとか、そんなの。

人間に近しい体を持ってはいるけど、カラスの頭、龍の爪、人形の腕、狐の足と、その姿は酷く歪と聞かされていたわ」

「ふむ…。カラスの頭、ですかな?

あいにく、数万年前から姿見を見ておりませぬ故、自分ではよく判らないのがまぁ、正直なところでして…」

「ああもう…。ほら」


少女は呆れ、俺に割れた手鏡を突きつける。

その破片を覗き込むと、確かにカラスの瞳が俺を見つめていた。

うむ。完膚なきまでに鵺の王とかいうバケモノと特徴が合致している。

少女は鏡をしまうと、その膨らみかけの胸を張った。


「で!それを封印したのが、退魔の力に目覚めたばかりの私の遠い祖先ってわけ!

…まぁ、私が破っちゃったんだけど」

「はて、如何して破ったのですかな?」

「…すっごく間抜けな話になるけど、笑わないでよ?」


先程の自慢げな姿はどこへやら、少女は急激に萎んだ風船のように勢いを失い、しおらしくなった。


「私、さっきのヤツを倒しに来たの」

「1人で、ですかな?」

「ええ。その、退魔師の試験落ちたから、はぐれから成り上がってやろうかと思って…」

「無謀にも程がありますなぁ」

「うっさい。…この山には、アンタの妖力に引き寄せられた多くの妖や怪異がいるってのは知っていたからね。

一体くらいなら倒せるかなーって思ってたら、このザマよ。

……試験官に『そこらのボウフラの方がまだ強い』って言われたのマジだったんだって、結構ヘコんだ」

「なかなかに手厳しいお方ですなぁ」


この子、相当なバカだな?

退魔師の試験に落ちたのは、ただ単に才能がないからとかそう言った理由なのだろう。

彼女はヤケ気味に笑みを浮かべ、続けた。


「で、死にたくなくて、一か八かアンタの封印を解いちゃったわけ。

その後のこととか全く考えてなかったけど、こりゃ良くて勘当、悪くて死刑かなー…。

あは、あはは…。はぁ……」


向こう見ずにも程がないか?

相当追い詰められているのか、はたまた救いようがないレベルのアホなのか。

前者であって欲しいなぁ、と思いつつ、俺は思考を巡らせる。

胸は控えめだけど、相当な美人である。

見たところ16くらいだろうから、まだまだ成長の余地もある。

頭の緩さを差し引いても、美人というだけで生きている価値はある。

それが世界から失われるようなことがあってもいいのだろうか。いや、ない。

それに。夢にまで見たファンタジックボーイミーツガールだ。

このチャンスを逃してたまるか。

そんな欲望を隠し、俺は少女に迫った。


「ふむ…。では、わたくしめがあなた様に仕えるというのはどうでしょう?」

「へっ?」


少女はぱちくりと目を丸くし、俺を見た。


「おや、退魔師には使い魔と言った概念はないのですかな?」

「あ、あるけど…、え?本気?」

「本気で御座います。

あなた様のような女性とお近づきになりたいと、常日頃から思っておりました。

それはもう、気が遠くなってしまうほどの年月の中、毎日のように」


俺は人形の手で、少女の手を取る。

そして、カラスの瞳を伏せ、彼女に首を垂れた。


「お嬢さん。わたくしめをどうか、側に置いてくれませぬかな?(俺と付き合ってください)」


「は、はひっ…!」


こうして、俺は念願の彼女を手に入れた。

え?違う?主人も彼女も一緒だろ?

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