妖怪系のバケモノに転生しましたが、可愛い女の子の使い魔になってやろうと思います。

鳩胸な鴨

第1話 なんか口調が上品になるんですが

俺は童貞だった。それはもう悲しいくらいパーフェクトに童貞だった。

魔法使いになる直前に、女の子を一度も抱けなかったストレスで死ぬくらいには拗らせに拗らせたクソ童貞だった。

葬式の時まで意識は現世にあったが、集まったのは俺が不本意にもくっ付けたカップルばかり。

気の置けない友人が泣く姿は心痛かったが、それよりも俺の死を恋人やら、片想いやらで悲しんでくれてそうな女の子が居なかったことが一番ショックだった。

畜生。童貞の妄想力によるアドバイスが実を結ぶんなら、俺にも春が来ていいじゃん。

そんな愚痴を吐く暇もなく、自分の死体が燃やされたことで、俺の魂は現世からオサラバした。

来世では可愛い女の子とイチャコラしたい。

そんなことを思いながら、俺は意識が薄れゆく感覚に呑まれた。


次の瞬間。俺は大自然に囲まれていた。


「これは…、どうしたことでしょうな?」


自分の喉奥から漏れた声に驚愕する。

こんな丁寧な口調で話したことなど、一度たりともない。

それに、俺の声が60かそこらの爺さんみたいなしわがれたものな訳がない。


「流行りの『転生』とでも言うのですかな?

はて、わたくしの体になにが…。

いやはや、皆目見当もつきませんなぁ」


叫び散らしたい衝動に駆られたが、どう足掻いても老紳士みたいな上品な仕草と言葉しか出なかった。

畜生。こちとら紳士どころかバッキバキの童貞なんだぞ。なんの皮肉だ。

そんなことを思いつつ、自分の体へと目を落とす。

明治時代の文豪みたいな格好だ。

しかし、問題はそこではない。


「…いやはや、少し見ない間に、我が肉体は愉快なことになっておりますなぁ」


ゆっくりと体を見回すと、自分の姿がひどく人間離れしたモノになっていることに気がついた。

右手には巨大な爬虫類の鉤爪が鎮座しており、左手は人形のようなボールジョイントが見え隠れするものになっている。

袴の裾から覗く足に目を向けると、毛に覆われ、現代ではあまり馴染みのない下駄を履いているのがわかった。

こうなってくると、鏡が欲しい。

あいも変わらず上品な言葉しか出ない口を呪いつつ、俺は大自然を彷徨い始めた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


あれから数万年は経った。

おかしい。絶対におかしい。

どれだけ彷徨えど、俺がこの薄暗い大自然から出ることは叶わなかった。

人外になったせいか、不思議と眠くもならないし、腹も減らない。

更には寿命の概念もブッ飛んでるらしいが、流石に数万年も同じ空間をぐるぐると回るのは気が狂う。

というか、現在進行形で狂ってる。

気が滅入るのもそうだが、1番の問題は…。


「麗しき女性を愛するどころか、発散もできぬこの体。

不便の一言では済みませんな」


口調は上品だが、言い換えれば「性欲が溜まるばかり」だということだ。

最悪なことに、この体には性欲を発散するためのモノが付属していなかった。

しかし、何故かバリバリに性欲は機能しており、日に日に溜まっていったのである。

今では、マニアック且つグロテスクな見た目の女性ですら、クレオパトラに匹敵する美しさだと思えるかもしれない。

このまま永遠に解放されないのでは、という不安をぶつけようにも、この体は品のないことをトコトン嫌うのか、八つ当たりすらできなかった。

優雅にしとる場合かボケナス。

そんな罵声すら上品に変換されてしまう。

どうしたものか、と頭を悩ませていた、その時だった。


『もう、これしか…!』


そんな可愛い声と共に、大自然に亀裂が走ったのは。

俺が面食らっているうちに、世界は崩壊していき、同じような景色が顔をのぞかせる。

違いと言えば、ビルの灯りが薄らと見えることだろうか。

俺はその亀裂に鉤爪を差し込み、ビリビリと空間の穴を無理やりに広げる。

鼻腔をくすぐる空気が、先ほどよりも少しばかり汚れているような気がする。

懐かしい匂いだ。数万年前、もう自分の名前すら朧げな、人間の頃に嗅いでいた匂い。


「…この空気、懐かしいものですな」

「……っ」


女の子の息を呑む音が聞こえる。

俺がそちらに目を向けると、怯えた顔でこちらを見つめる和装の少女がいた。

服はところどころ破けており、手元には折れた刀が転がっている。

状況がよくわからない。

俺が首を傾げようとすると、突如として体に衝撃が走った。


「はて、なんでしょうな?」

『あばバァあ』


俺がそちらを見ると、見るからに「ジャパニーズ妖怪です」と言いたげな容貌を持つ怪物が佇んでいた。

あまりの恐ろしさにみっともなく悲鳴をあげようとしたものの、俺の喉からソレが放たれることはなかった。

振り切った拳を見るに、どうやら俺にパンチをかましたらしい。

再び迫る拳に、俺は人形のような左手を突き出す。


「あまり人を怖がらせてはなりませんな。

どれ。麗しい女性を傷つけた罰として、わたくしめが仕置きをしてやりましょう」


取り敢えずわかることは、目の前の怪物は、こんな絶世の美少女を殴ったクソ野郎だということだ。

俺は拳を受け止めると、爬虫類のような右拳を握り、思いっきり怪物の鼻っ柱に叩き込んだ。


『びゃあァッ!?!?』


瞬間。その顔がバラバラに吹っ飛んだ。

ぐらり、とバランスを崩し、残った体が地面へと沈む。

俺は自分の力に戦慄き、つぶやいた。


「存外に脆いですな(いや強すぎん?)」


おのれ、上品変換。なんか余裕な強キャラみたいなムーブかましやがる。

内心はめちゃくそビビり散らしてるくせに。

そんなことを思いつつ、俺はがちがちと歯を鳴らす少女へと目を向けた。


「これはこれは…、可憐なお嬢さん。お初にお目にかかりますな」

「………きゅう」

「あっ」


緊張をほぐそうとしたら気絶された。

俺、マジでどんな顔してんの?

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