第4話 これが、ナデポか…!←撫でられる側

「改めまして、ムクロと申します。

『鵺の王』などと大層な称号を提げてはおりますが、その本質は酷く矮小なもの。

モノもないのに女を抱くことを夢見る助平に御座います」

「平安の退魔師が聞いたら情けなさで咽び泣きそうですね」


バカにされた。

いや、千年近く封印してたバケモノがこんなドスケベだと知ったら、誰だって情けない気持ちになると思うが。

上品に下品なことを吐かす俺に、睦月さんは呆れた瞳を向けた。


「…研究対象としては極上なのが腹立ちますね。あと、貧乳フェチなのも」

「そうなんですよ。

コイツ、私らみたいな体型が好みらしくて。

私の使い魔になった理由も、『性癖ど真ん中だったから』とか吐かしたんですよ」

「封印された理由も、『自分好みの美少女に気を取られた』とかじゃないでしょうね?」

「ありそう…」


すみません。封印される前は、もっとマトモな妖だったと思います。

謂れのない誹謗中傷を受ける封印前の俺に謝罪しつつ、俺は真琴ちゃんの傷口にアルコールを染み込ませた脱脂綿を当てた。


「だだだだっ!?染みる染みる!!

アンタ、仮にも妖でしょ!?なんかそれっぽい妖術で治しなさいよ!!」

「しかしですなぁ。傷口を洗浄せねば、どんな弊害があるやら…。

真琴様は女性なのです。痕にでもなってしまったらと考えると…」

「なんでそういうとこ気を遣えるのよ!?」

「いいじゃないですか。

過保護な使い魔ができて」


ぎゃーぎゃーと騒ぎ、消毒液を拒む真琴ちゃんをバックミラーで見やる睦月さん。

その顔には小馬鹿にしたような笑みが張り付いており、それに気づいた真琴ちゃんが「他人事だからって!」と怒鳴った。


「怪我に関しては他人事ですもん。

言ったじゃないですか。『なにがあっても自己責任』と」

「血も涙もないわね。

ここに連れてきてくれたのに」

「『フィールドワークの一環として行くからついてきます?』って誘っただけですよ。

あなたは勝手に結界の中に入って、勝手にこのスケベな妖を解き放って、勝手に使い魔にした。私は知りません」

「鮮やかな責任逃れね」

「無駄な責任を負いたくないからニートしてるんでしょうが」


どうやら、睦月さんはかなり捻くれた精神の持ち主であるらしい。

口論になったら、屁理屈と正論を使いこなして相手をボコボコにしそうな印象がある。

そんな偏見を抱いていると、睦月さんが勢いよくブレーキを踏んだ。


「おおう」

「きゃっ…!?」


咄嗟のことに声が出てしまったが、さすがは上品変換。臨場感がカケラもない。

しかし、彼女はどうして急ブレーキを踏んだのだろうか。

見たところ、前に車や障害物、動物や人といった物は見当たらない。

見えるとすれば、光一つ見当たらない、車二台がギリギリ通れるくらいの細いトンネルだけ。

俺たちが疑問を浮かべていると、睦月さんが深くため息をついた。


「あー…っと、非常に残念なお知らせをしなければならないんですが」

「え?なに?事故った?」

「帰り道のトンネルが『妖の棲家』になってましたー、ぱちぱちぱちー」

「………はぁあああっ!?!?」


包帯を巻いている途中だったというのに、驚愕を露わにして体を起こす真琴ちゃん。

変に包帯が絡まってしまった。

俺はそれを丁寧に解きながら、心底面倒だと言わんばかりに顔を顰める睦月さんに問いかける。


「行きは大丈夫だったのですかな?」

「まぁ、行きは何にもいませんでしたね。

近いうちに棲家にされそうだなー、とは思ってましたけど。

廃病院とか、廃校舎とか、古いトンネルとか…、そういう心霊スポットって妖が好むんですよ」

「ははぁ、なるほど。真琴様を待っている間に棲家にされてしまったと」

「そういうわけです」


仮にも同じ妖なのだ。気配とか感じ取れるだろうか。

そんなことを思いつつ、軽く車のドアを開ける。

その瞬間。虫や蛇が這うような不快感が、俺の肌を撫でた。


「……ふぅむ。確かに、気配は致しますな」


強いか弱いかまではわからないが、何かが蠢いていることくらいはわかる。

俺がトンネルを睨め付けていると、真琴ちゃんが車から降りた。


「…私も行く」

「おや、よろしいので?危険が伴いますが」

「使い魔を見張るだけよ」

「あ、私もいいですか?

『鵺の王』の戦闘を見るいい機会ですし」


と。車を路肩に寄せ、ハザードランプを点けた睦月さんが降りてくる。

1人2人くらいなら大丈夫か。

そんなことを思いつつ、俺はトンネルへと足を踏み出した。


「あまりわたくしから離れないで貰えるとありがたいですなぁ。

わたくしにも守れる限界はあるので」

「言われなくても離れないわよ。

こんなヤバいの目の前にして」

「離れたら即死でしょうしね」


え?そんなヤバいの?

俺は不安を表に出さないように努めつつ、両手に棘のある花を添え、トンネルを潜る。

途端に、先ほどとは比べ物にならないほど、不快な感触が襲いかかった。

例えるなら、ぎっしり虫が詰まった箱に放り込まれたかのような、そんな感触。

2人も露骨に顔を顰めたことから、妖の気配を感じ取っているのだろう。

ここでふと、疑問が浮かぶ。


「…わたくしの気配はどのようなものなのですかな?

体臭と同じで、自分でわからぬことであります故、ご意見をいただきたいのですが」

「『あ、死んだ』って思うレベルでヤバい」

「核を500倍濃くした匂いですね。

実際には嗅いだことないですけど、人間の知識を付けたら、ヤバさはわかりやすいと思いますよ。

…ま、使い魔になってる時点で『使い魔の気配』に変換されてるので、『ヤベェの連れてるヤベェのがいる』と認識されますが。

使い魔って、基本的に脅して服従させるモンなんで」


核と比較されて「ヤバい」とか言われる日が来るなんて思わなかった。

どうやって封印したんだよ、と思いつつ、俺は不快感が強まる方向へと歩いていく。

2人の顔色も、気配が強まるにつれ、どんどん青くなる。

ここに巣食う妖は、さっき出会した妖たちよりも遥かに強いということだけは、十分に理解できた。

と。俺は感じ取った気配に、足を止める。


「……ムクロ、来るわよ」

「ええ。気づいておりますとも」


ぎぎっ、と、古びたからくりが動くような音が、トンネルの中に微かに響く。

俺は2人を庇うように前に出ると、瞳に神経を集中させ、奥を見やった。

こぼれ落ちんばかりに膨らんだ、ぎょろぎょろとあちこちを睨め付ける八つの目玉。

ぼた、ぼた、と、アスファルトを溶かす液体を垂れ流す牙。

毒々しい縞模様の体に、8本のからくりの足が無理やりくっ付いている。

その容貌を一言で表すなら、蜘蛛。

そいつは俺を見るなり、その目玉を一斉にそちらに向けた。


『おォぉお…?お前、知ってル…!

「鵺の王」!お前、鵺の王だロう!?』

「おや。知己の仲でしたか?」


こんなキモい知り合いが居たのか。

過去の俺の交友関係に心配を抱いていると、蜘蛛の妖が強酸性の唾液を撒き散らしながら、俺に吠えた。


『惚ケるなヨなァ!?

ワシは忘レんゾ!!永遠に忘れンぞ!!

千年と二十三年四ヶ月十三日前、ワシの足を引きチギったあの日のコとを!!

おかゲで、こンな粗悪ナ代用品を足にスる羽目にナッたじゃナいカ!!』

「はて。そんな記憶など御座いませんが」


知るかボケ。

そう吐き捨てると、蜘蛛の妖は更に声を張り上げた。


『なラ、今思い出さセてやル!!』


瞬間。俺の首を刈り取るように、白い糸らしきものが凄まじい速度で迫る。

俺はそれに対し、龍の爪を突き出した。

と。手が痺れる感覚と共に、白い糸屑がぱらぱらとそこらに舞った。


「おや。随分と蜘蛛らしい攻撃ですなぁ。

妖らしさを活かした攻撃でもするかと思いましたが」

「…あれ?くっ付かないの?」

「漫画読んでたらわかるモンですけど、蜘蛛の糸にはくっ付かないものもあるんです。

自分が動けなくなりますし」


よかった。前世で漫画読み漁ってて。

しかし、俺の腕を軽く痺れさせるくらいには威力が高い。

例えるなら、不意に椅子に膝をぶつけて、じぃん、となるアレだ。

しかし、本能的にわかる。

アレを人が喰らえば、木っ端微塵になる。

尻から糸を垂らした妖は、げひゃひゃ、と下品な笑い声をあげながら、あちこちを飛び回り始めた。


「ふむ…。真琴様。鵺とは、どのような妖術を使う妖なのですかな?」

「自分のことなのにわかんないとか、相当深刻な記憶喪失ね」


白い糸の弾幕が、俺たちに向かってくる。

そんな中、真琴ちゃんは冷静に、俺の質問に答えた。


「雷よ」

「なるほど。こう、ですかな?」


ぱりっ、と紫電が辺りを駆け巡る。

もう光を灯さないであろう、古い電灯が軒並み破裂すると共に、俺は2人を抱き寄せ、人形の腕を地面に向けた。

と、その瞬間。俺の周りを囲むように、電撃がトンネルを駆け巡る。

糸が焼き切れ、からくりの足の一本が焦げ落ちる。

妖は数瞬だけバランスを崩したが、即座に持ち直し、吠えた。


『自分の力の使イ方すラ忘れタか!?

そんナ雑魚の使い魔ニなる程落ちぶれタお前にコレ以上、俺の足は奪エん!!』

「……ふむ。…こんな感じですかな?」


電気能力を使うアニメなら、前世で腐るほど見た。

「ハーレムものに憧れがあったから」というくだらない理由で視聴していたが、こんなところで役に立つとは。

そんなことを考えながらも、俺は雷の操作に集中する。

と。ふわり、と身体が浮き上がり、全身を紫電が駆け巡った。


『なっ…!?』

「本来の使い方は忘れていますが、別の使い方は知っているのですよ」


刹那、俺を取り巻く世界の全てが、線へと変貌していく。

自分でも認識が遅れるほどの速度だ。

だが、蜘蛛と真琴ちゃんの位置だけはよくわかる。

俺は蜘蛛がいるであろう方向へと向かい、狐の足で蹴りを放つ。

と。柔らかい感触と共に、遅れてカエルが潰れたような悲鳴が轟いた。


『ぐぇええっ!?』

「…おや。足どころか、腹が取れてしまいましたな?」


俺の蹴りは、蜘蛛の腹を砕いたようだ。

そこらに妖の血液らしき怪しい色合いの臓物がぶちまけられ、俺は残った頭に目を向ける。

蜘蛛は果敢にも、牙から垂れる消化毒を俺たちに向けて放つ。

しかし、俺が軽く放った雷によって、その毒は跡形もなく消え去った。


『何故だ!?何故、それ程ノ力がありなガら、そンな雑魚ニ…!?』

「好みだから。男が女に全てを捧げる理由など、それだけで十分です」

『はぁ!?バカかお前は!?

人間はワシらにとって…』


蜘蛛が喚くのを遮り、残った頭を下駄で踏みつける。

物言いが偉そうなのも腹が立つが、コイツには何よりも許せないことがある。


俺のご主人様をバカにした。それだけで殺すに値する。


「キサマ如きが、わたくしの『ご主人様』を愚弄するなよ」


ぐしゃっ、と妖の頭が破裂する。

途端に、その亡骸が世界に解け、トンネルの圧迫感が霧散した。

俺が背後へと目を向けると、真琴ちゃんたちがドン引きした表情を浮かべていた。


「……その、お見苦しいところをお見せしました」

「アンタねぇ…。そう思うんならちょっとは自重しなさい、マヌケ」

「流石にエグ過ぎて引いてます」


ぐうの音も出ない指摘である。

反省して目を伏せていると。

真琴ちゃんの手のひらが、俺の頭を軽く撫でた。


「……まぁ、助かったわ。ありがと」


これが、ナデポか。

そんなことを思いつつ、俺はご主人様の可愛らしい顔を全力で脳裏に焼き付けた。

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