第27話 装備が整ったご主人様は最強
ムクロが展開した雷の球体が、〈鬼神ノ腕〉を掻き消していく。
無論、ムクロの近くにいた小華ちゃんにも雷が直撃し、彼女の体が大きく吹き飛ばされた。
「アイツ、あんなことできたの…?」
先日戦った、鬼右衛門さんの厄介ファンを思い出させる術だ。
アスファルトに着地した小華ちゃんは、ただでさえくっきりと浮かんでいた眉間の皺を、さらに深める。
注意が逸れた。小華ちゃんを無力化するなら、今しかない。
私はアスファルトを強く蹴り、その場から飛び立った。
「ご主人様!刀を!!」
「…!」
あの刀に何かがあるのか?
ムクロの言葉の真意を考える間もなく、私は斬撃を彼女の刀に当てる。
へし折る気で当てた一撃で刀は折れず。
しかし、刀は彼女の手を離れ、後方へと飛ばされた。
「っ、がぁあっ!!」
しまった、と言わんばかりに、離れた刀を取ろうと駆け出す小華ちゃん。
理性を失っているのに、この刀に対する執着はなんだろうか。
私は疑問に思いながらも、彼女の頭上を越えるように、高く飛び上がった。
「がっ!?」
「もらいっ!!」
彼女の頭を足場に、さらに加速し、地面に刺さろうとしていた刀へと迫る。
小華ちゃんはもう、私には追いつけない。
となれば、私に向けて何かしらの攻撃を放つはず。
私は警戒しながら、刀の柄を握った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「やった…!やったわ、やったわ!!」
真琴が刀を握ると共に、茂みに隠れていた少女が、無邪気に喜びの声を漏らす。
神刀「獄」。半端な者であれば、これを握っただけで狂い果てた。そんな逸話が残る、神の力が宿る刀。
『鵺の王を従える退魔師』という、あの場で最も邪魔になるであろう存在が、それを握ったのだ。
少女からすれば、喜ばない理由はなかった。
「ぁ……」
真琴が刀を握った途端、小華のツノが引っ込み、その場に倒れ込む。
それと共に、真琴が着地し、動きを止めた。
「ふふふ、この隙に…!」
少女は言うと、手のひらを睦月らが守る天音へと向ける。
実のところを言えば、あの顎門は、この少女が作り出した「術」であった。
空間を泳ぐサメを作り出し、誰にも悟られない攻撃、もしくは転移を可能にした術…〈嚙透〉。
彼女はこれによって、道永によって捕獲された小華を運び、睦月の運転する車にけしかけたのだ。
空気を流れを読み取るような怪物でもなければ、感知はまず不可能という破格な性能。
自身の持てる技量全てを注ぎ込んで開発したその術に、彼女は絶対の自信を持っていた。
「ンなこったろうと思ったわ」
その術が、微塵切りにされるまでは。
♦︎♦︎♦︎♦︎
神経が剥き出しにでもなったのだろうか。
そんな想像が浮かんでしまうほどに、自分を取り巻く世界が広がっていくのを感じる。
自分に流れる血液すら、感覚を持っているような気さえする。
そんな万能感に酔いしれそうになるが、私は気を引き締めるように、刀を強く握った。
「おい、クソガキ。
こないだ襲ってきた厄介ファンを助けたの、アンタね?」
「は、はがぁっ!?」
珍妙な叫びをあげ、茂みから立ち上がったのは、まだ幼く見える少女。
感じる気配は明らかに半妖のソレだ。
……あれ?私って、半妖と妖の判別がつくほど、感知能力あったっけ?
そんな疑問が湧いて出るも、私はそれを振り払うように構えを取る。
少女は冷や汗を流しながら、踵を返し、その場から逃げ出した。
「ムクロ」
「かしこまりました」
ばりっ、と紫電が駆け巡り、ムクロが少女の眼前に躍り出る。
少女はそれに、ぎょっ、と目を丸めるも、即座に妖力を練り上げ、幾つもの顎門を生み出した。
「〈嚙透・血症〉!!」
「強盗致傷?」
なんとも言えないネーミングセンスに首を捻り、ムクロが迫る顎門を雷で薙ぎ払う。
解体を付与していたのか、顎門は一瞬にして崩れ、世界へと解けていった。
咄嗟の一撃すら無効化されて焦ったのか、彼女は私へと視線を向け、吠えるように怒鳴った。
「な、なんなのよ!?
なんで『獄』を握って正気でいられてんのよ、アンタ!?」
「この刀の名前かしら?
…それを知ってるってことは、小華ちゃんを暴走させた犯人もアンタね?」
ムクロがその言葉に応えるように、彼女の腕を掴み、思いっきり振りかぶる。
私はそれに応えるように飛び上がり、刀を握る手に力を込めた。
少女が投げ飛ばされると共に、衝撃が木々を揺らす。
と。こちらへと迫る少女が受け身をとり、顎門を二つ構築するのが見えた。
何故だろうか。一連の現象が、止まっているとまでは行かずとも、遅々としているように思える。
数回は浮かんだ疑問を振り払うように、私は語気を強めた。
「覚悟なさい、クソガキ。
嫌ってほど躾けてやるわ」
「ほざきなさい!〈嚙透・蓮賊〉!!」
少女の両手を覆うように、二つの顎門が開く。
びっしりと並んだ牙は、まるで花のよう。
私はそれに臆することなく、刀へと意識を集中させる。
刹那。私の体に、小華ちゃんが纏っていたような、「澄んだ霊力」が迸るのを感じた。
「放つは我。故に必中、故に必殺」
「死ぃねぇえええっ!!」
途端に回転した牙が、私へと迫る。
少しでも触れたら最期、ミンチになってそこらに飛び散るであろう一撃。
私はそれをたたき伏せるように、十の…いや。二十の斬撃を放った。
「故に、散れ…っ!!」
────『聖天・暁』!!
牙の破片が散る。
術を砕かれた少女は白目を剥き、その場に墜落した。
────────
解説
『聖天・暁』…対となる二刀が揃ったことで「澄んだ霊力」を纏うことに成功した真琴が放つ『暁』。いくつもの斬撃を同時に放つという一連の流れはかわらないものの、その軌跡に「澄んだ霊力」による斬撃が残る。要するに、当たり判定がめちゃくちゃ長くなる。格ゲーでいうと、放った技の当たり判定が技のモーションが終わった後も残ってる感じ。『ビスケットな黒人みたいな筋力を誇る美少女が、バカみたいな重さの刀で放った斬撃。それがそのままの威力で滞留する』という、凶悪な仕上がりになっている。
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