第26話 体は復活しても童貞ソウルは消えるかもしれないんだぞ!?

「小華ちゃん…。

完全に理性飛んでるわね、アレ…」


完全に鬼としか形容できない出立ちとなった小華ちゃんを見やり、ご主人様が険しい表情を浮かべる。

運転に集中していた睦月さんは、訝しげに眉を顰め、首を傾げた。


「おかしいですね…。

97代も経たらほぼ人間と変わんないし、鬼に転ずることもないはずですが」

「そうなのですかな?」

「ええ。鬼の血はかなり薄れてたはず。

なのに、どうして…?」


訝しげに思うのも束の間、小華ちゃんが片手で刀を振り上げ、思いっきり振り下ろす。

と。霊力で構築された刃が、俺たちの車へと迫った。

ご主人様は「頼んだわよ」と、俺に天音ちゃんを預けて立ち上がり、向かってくる斬撃に対し、上段の構えを取る。


「らぁっ!!」


がぁん、と、金属を思いっきり壁に叩きつけたような音と共に、飛んできた斬撃が砕け散る。

…えっと、鬼の斥力って、相当ヤバいって聞いてた気がするんだけど。

いくら神器を使ってるからと言って、真正面から打ち消せてるの、人間辞めてない?

流石はご主人様。素敵。抱いて。

俺がご主人様のカッコ良さにそんなことを思っていた、その時。

車に衝撃が走った。


「うぉわっ…!?」

「っ、つつ…。学生レベルじゃないですね」


いつの間にやら現れた《鬼神ノ腕》が、車を阻んでいたのだ。

その装飾は、小華ちゃんの暴走に影響されているのか、神々しく、荘厳さを感じさせるものへと変貌している。

睦月さんがため息を吐くのに被せるように、迫ってきた小華ちゃんを、ご主人様が刀で受け止めた。


「ゔ、ゔぁ、ぁああっ!!」

「ぐぅ、ぎぎ…っ!

さ、さっき…より、重いぃい…!!」

「睦月様、天音様を頼みました」

「ええ」


小華ちゃんが相手だから、反撃に転ずることも難しいのだろう。

俺は小華ちゃんの腰に手を回し、そのまま車から飛び上がる。

この際だ。効くかはわからないが、一応やっておこう。


「ゔぁゔっ!ゔぁああっ!!」

「〈解体〉」

「ゔぁああ!!」


やっぱダメだったか。

なんとなく無理そうだと思ってたけど。

となると、霊術や妖術の類で暴走してるわけではないらしい。

そんなことを思っていると、小華ちゃんが激しく体を捻り、俺を引き剥がしにかかる。


「うぉっ」

「ぁああああっ!!」


鬼の腕力に適うはずもなく、俺の手は、あっさりと彼女を解放する。

小華ちゃんは二つ目の〈鬼神ノ腕〉を展開すると、それ足場にして、落下していく俺を目掛け、思いっきり飛んだ。

これから俺の首を刎ね飛ばすであろう、刀の一撃を前に、俺は「不壊の術」を施した雷の壁を幾重にも展開する。

殆どが破られたが、最後の一枚のあたりで勢いが殺されたのか、刀が止まった。


「がぁっ!がぁあああっ!!」

「……む?」


少し観察して、俺は違和感を覚える。

小華ちゃんから、『鬼としての妖力』が一切感じられないのだ。

よくよく見ると、彼女の周囲を囲むように、霊力が漂っているのがわかる。

…いや。霊力というには、少し違和感がある。

なんというべきか、澄んでいるのだ。

これはヤバい。妖である俺が触れたら、多分、死ぬまではいかないにしても、深刻なダメージは免れないだろう。

今まで感じたことのない霊力に困惑するのも束の間。


「ゔぁあっ!!がぁあああああっ!!」


感電しても尚、ダメージを受けた様子のない小華ちゃんが雄叫びをあげる。

それと共に、あたり一面に刀から放出された霊力が広がっていく。

一体なんだ、と疑問に思った俺だが、その答えはすぐにわかった。


空を埋め尽くさんばかりに、〈鬼神ノ腕〉が、俺を取り囲んでいたのだ。


「これはこれは…。圧巻ですな」

「ムクロッ!!」


どうしよう。詰んだ。

〈解体〉の術が雷に付与できたら良かったのだが、術の特性上無理だし。

いっそのこと全部避ける?いや、無理だ。

俺はこの体を使いこなせない。

本来の『鵺の王』であれば話は別だったんだろうが、残念ながら中身がクソ童貞のアホになってる時点で希望は皆無だ。

どうしたもんかな、と眉を顰めた、その時。


以前、怪異の結界に触れた時のように、周囲の景色が一変した。


「お。来ましたな」


俺が行き詰まると、こうやってこの体の記憶が戻る仕組みなのか?

うーむ。なんか映画のワンシーンをぶつ切りで見てるみたいでスッキリしないな。

自分の体の記憶なのに、そんな文句を垂れていると。

以前とはまた違った焼け野原に、首のない妖と、鴉の頭と翼を持つ男がぶつかり合うのが見えた。


『頭を吹き飛ばしても立ち上がるか、鵺の王め!!』

『その程度では死ねませぬな。

わたくしは何者も知らぬ「未知」。わたくしは何者にも解けぬ「謎」。

故に死ねませぬ。人が未知を…、謎を恐れる限り』

『バケモノめ…っ!!』


つまるところ、俺は「未知という概念がある限り死なない」というわけか。

…いや、そのチートあるからって、この現状、どうにかできませんよね?

あの澄んだ霊力で構築された術なんて、触れただけで死ねる自信があるんだけど。

「我慢したらイケるよ」とか本気で言ってんのお前?

この体は復活できるかもだけど、童貞ソウルは消し飛ぶ可能性が高いんだぞ?

俺が自分の体に抗議をかますという、頓珍漢なことをしていた次の瞬間。


鴉の頭と翼を持つ妖の体が、豪炎に焼かれた。


『がぁああああっ!?!?

あ、ぁああああっ!?』

『最近手に入れた「力」です。

白面金毛九尾の狐の持つ特性…〈変質〉により、炎に〈解体〉を付与したのですが…。

お気に召しましたかな?』

『ば、かな…!?〈解体〉の術は、付与などできぬはずでは…!?』

『説明したではありませぬか。

…いや。その聡明な頭脳すら活かせぬほどに、体を〈解体〉されているのだから、わかるはずもない話でしたな。

では、その頭も活かせぬ体から、切り離してやりましょう』


…つまり、〈変質〉とやらを使えば、〈解体〉の術は付与できる…ということか?

『鵺の王』が鴉の頭をもぎ取るのを最後に、景色が元に戻る。

どうやら1秒も経っていなかったらしい。

迫る腕を前に、俺は意識を体に迸る紫電に集中させる。


「……〈変質〉、〈解体付与〉…。

これだけでは、まだまだ足りませんな」


ただ雷を走らせるだけじゃ足りない。

俺は龍の手のひらに雷を凝縮させ、妖力を込める。

睦月さんの真似に近くなるが、流石にアレだけの威力を小華ちゃんに放つのはダメだ。

限界より少し余裕を持たせ、俺は完成した雷の玉を、眼前に掲げた。


「少し、試させていただきましょう。

なにぶん、手のひらで『星を作る』のは初めてのことですので」


俺の言葉に呼応するように、ばり、ばりっ、と、玉が脈動する。

眼前にまで迫った拳を前に、俺は一気に玉を解放した。


────〈雷霆天星〉。


瞬間。目の前の景色が、雷に埋め尽くされた。




──────

解説

〈雷霆天星〉…睦月の『天焔』を参考に作った妖術。限界まで凝縮した雷の玉を中心に、球型の雷を展開する。細かい威力の調節ができる。読み方は「らいていあまほし」。


〈解体付与〉…これまでは、術の特性上の関係で付与が不可能だった〈解体〉を、〈変質〉の術によって性質をいじり、付与を可能にしたもの。尚、流石に神代の神器は〈解体〉できない。

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