第25話 全世界の子供、このくらい素直だったらいいのに

「……神代に失われた刀の名前を、なんであなたが知ってるの…?」


神刀「空」。現在、真琴が所有している刀ではあるが、小華はその事実を知らない。

それもそのはず、かつての使い手…鬼右衛門が徹底して秘匿してきたのだから。

役家や国が保有する記録を遡りでもしない限り、鬼右衛門が所有していた…否。そんな刀が存在していたことすらわからないはず。

しかし、道永はその存在を知っている。

いくら最強と名高いとは言え、神代の記録は退魔師一人が自由に閲覧できるものではない。

小華が警戒心を引き上げるのに対し、道永は「よくぞ聞いてくれました!」と大袈裟に声を張り上げた。


「以前、とある依頼を受けた際、こんなものをいただきまして!」


言って、着物の袖から鞘におさまった刀を取り出す道永。

小華は差し出されたソレをマジマジと見つめ、訝しげに眉を顰めた。


「…これは?」

「空と同じく、神代に失われた刀…、銘は『獄』と申します」

「ひとや…?」

「ええ。地獄の『獄』と書き、ひとや。

『空』と対になる刀にございます」


道永は言うと、鞘から少し引き抜き、その刀身を見せる。

どこか見覚えのある意匠だ。

刀に詳しいわけではないが、ソレでもなお感じる既視感を前に、小華が訝しげに眉を顰めていると。

道永がその刀を鞘に納め、これまた芝居がかった動きで声を張り上げた。


「この刀は、『空』と揃えて初めて真価を発揮すると記録にあるのです…が!

一体全体どういうわけか、その『真価』がどのようなものなのか、一切の記述が残されていないのです」

「…回りくどい。

素直に『空を寄越せ』って言えないの?」

「おっと、失敬。冗長だったようで」


着物の袖で口元を隠し、数歩下がる道永。

小華は小さくため息を吐くと、首を横に振った。


「…ごめんだけど、私も『空』のことは知らない。

知っているとすれば、おじいちゃん…死した役 鬼右衛門だけ」

「ふむ。そうですか」


アテが外れたにしては、平坦な声が響く。

小華が怪訝な表情を浮かべた、その瞬間。

道永は一気に小華との距離を縮め、手に持った刀を握らせた。


「……!?」

「すみませんなぁ。

こういう『契約』なものでして」


困惑する小華の右手に指を絡め、柄を握らせる道永。

小華が問おうとすると束の間。

刃が滑る音と共に、どくん、と、小華の心臓が波打った。


「ぁえっ…?」

「実はこの『獄』には、いくつか逸話が残されておりまして。

その伝承を擦り合わせていくと、持ち主に力を宿すとかなんとか。

ただし、私ほどの実力がなくては、理性が吹き飛ぶようですが」

「あ、あぁ゛っ…」


口から垂れる唾液すら気にならないほどに、意識が霞んでいく。

小華がおぼつかない足になんとか力を入れると、ずんっ、と重い音と共に、スニーカーがグラウンドの地面を深く陥没させる。

その衝撃を前に、道永は「おぉっ」と声をあげ、彼女から離れた。


「流石は鬼神の血を引くお方…!

あなた様が纏う、その覇気!まさしく、伝承に聞く鬼そのもの!

…っと、私の世辞も、もはや聞こえておりませぬか」

「ふ…ゔっ…!!ふぅゔ、ゔぅ……っ!!」


小華の額の皮膚を突き破り、2本の角が天へと伸びる。

変化はそれだけではない。

小さな頃に矯正し、整列した歯は鋭く尖り。

切り揃えていた爪が、ナイフのように鋭く伸びる。

まくった袖から覗く腕には、迸る力を示すかのように、筋が浮き出ていた。

すっかり理性を失った小華は、真紅に染まった眼光を道永に向け、ず、ず、と刀を引きずり、歩み寄る。

対する道永は、余裕そうに笑みを浮かべた。


「さて。引き渡す際に相手方に怪我をさせぬよう、少し閉じ込めさせてもらいましょう」

「ゔがぁぁああっ!!」


道永が言うや否や、小華が何かに突き動かされるように、刀を振るう。

が。それは道永が幾重にも展開した結界に阻まれ、獣のように暴れる小華を包み込んだ。


「ゔぁあっ!がぁああっ!!」

「…これで宜しかったですかな?」


道永が確認を取るように、視線を植えられた木へと向ける。

と。その答え代わりと言わんばかりに、張られた結界ごと小華を、突如として空間から現れた顎門が飲み込んだ。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「おーっ…。おねーちゃんの手、さらさらだけど、ごつごつしてる…」


車の中にて。

俺とご主人様に挟まるように座席に座った天音ちゃんが、ご主人様の鍛え上げられた手を撫でるように触る。

やっぱり、鍛えられた女性の手は珍しいのだろう。

ご主人様はソレに対し、俺には絶対に向けないであろう、優しい笑みを浮かべた。


「いっぱい鍛えたからね。こうなりたい?」

「なりたい!」

「じゃあ、たくさん食べて、たくさん運動しなきゃね」

「…あの、あのね、『おあげ』をたくさんたべたらなれる?」

「それだけじゃだめかなー。

お野菜も食べなきゃ」

「…………ぱせりも?」

「パセリもかなー。食べると強くなれるし、可愛くもなれるんだよ」

「ほんと…!?まずいのにすごい…!」


子供の相手が上手い。

ご主人様が子供を産んだらこんな感じになるのか、などと思っていると。

サクラちゃんがバックミラー越しに、半目で俺を睨め付けるのが見えた。


「…目が気色悪い」

「おや。これは失敬」

「お前を天音ちゃんの隣にしたのは、失敗だったんじゃないかな?」


うーん。潜在的なスケベが、無意識のうちに俺の表情筋を歪めてしまうのだろうか。

サクラちゃんの言う通り、中身だけ見たら、女子高生が子供を世話してるのを見てニマニマしてるオッサンだしなぁ。

この罵倒は甘んじて受け入れるほかない。

俺がそんなことを思っていると。

天音が、ぶすっ、と頬を膨らませ、サクラちゃんを怒鳴りつけた。


「サクラちゃん!

からすのおじさん、いじめちゃだめっ!」

「い、いえ。事実ですから…」

「……天音ちゃんが気にしてないようだから、これ以上言うのはやめとくよ」


めっちゃいい子だけど、ちょっとは危機感持ってくれ。

こんなクソ童貞オヤジにそんな優しさ向けることないから。犯罪者みたいなツラしてたのは事実だから。

そんなことを思っていると。

信号に引っかかり、車を止めた睦月さんが、天音ちゃんへと顔を向けた。


「少し聞きたいんですが…。天音ちゃんには、九尾の耳も尻尾もあるんですか?」

「あるけど…、ママとパパに『ぜったいにみせちゃダメ』っていわれた。

ママも、いつもはかくしてるよ?」

「危機管理しっかりしてますねぇ。

んむむぅ…。狙ってる理由なんて、九尾の娘という点しか考えられないんですが…。

そうと決めるには、『なんで徹底して隠してたのに知ってるのか』って疑問が出てくるんですよねぇ…」


言って、頭を悩ませる睦月さん。

と。そんな会話を交わしているうちに信号が変わり、サクラちゃんが「青だよ」と睦月さんに指摘する。

睦月さんは視線を前方に戻すと、ゆっくりとアクセルを踏み、発進した。


「あーやだやだ。なんでこんな探偵ものみたいな考察しにゃならんのですか。

私は妖を研究してるだけのニートだってのに」

「いくら細々とした作業を使用人に押し付けてるからって言って、ニートは退魔師事務所の運営なんてしないよ」


それはそう。収入あって経営してる時点で、完全にニートではない。

ぶつくさと文句を言う睦月さんに、天音ちゃんは首を傾げた。


「にぃ…?」

「……馬鹿や阿呆などと同列の…えぇと…。

そういう『悪い言葉』ですので、覚えなくてよろしいかと」

「ダメなことば?」

「ダメですなぁ。ご友人にも絶対に言ってはなりませんよ?」

「うん、わかった!言わない!」


ご主人様が「よくやった」と言わんばかりに、俺に向けてサムズアップする。

全世界の子供、天音ちゃんくらい純粋だったらいいのに。

俺がそんなことを思った、その時。

鼻腔を滅多刺しにされたかのような錯覚を覚えた。


「『結界』、『不壊の術』」


結界を展開し、不壊の術を付与する。

と。ががが、と削れるような音が響き、結界を衝撃が揺らした。


「わ、わぁっ!?なに!?」

「ムクロ!破られんじゃないわよ!!」

「御意」


鬼右衛門の一撃に劣らぬ威力の衝撃が、連続して結界に突き刺さる。

不壊の術を施してはいるが…。正直言って、破られるのは時間の問題だろう。

鳴り響く轟音に怯え、縮こまる天音ちゃんを、ご主人様が抱きしめる。

その手は刀に添えており、臨戦態勢に入っていることが窺えた。

睦月さんは「ふむ」と余裕そうに運転しながら、サクラちゃんに問いかけた。


「サクラ、そっちから何か見えますか?」

「………見えるけど、自分の目が信じられない…と言ったところかな」

「は?」


睦月さんが訝しげに眉を顰めるや否や、一際強い衝撃が、結界と車を襲う。

一部が破壊された結界に侵入したその影が、だぁん、と車の屋根に着地する。

軽く屋根がへこみ、スニーカーのような跡がくっきりと出てる。

俺がそれに目を白黒させていると、ご主人様が「ごめん!」と声を張り上げた。


「切るわ!睦月さん、飛ばして!!」

「……保険、降りますかねぇ?」


遠い目をした睦月さんの愚痴に被せるように、ご主人様が刀を抜く。

目にも止まらぬ斬撃によって、屋根がまるまる切り取られ、乗っていた存在ごと道路に投げ出された。

人間だったら確実に死んでる。

が。いくら急拵えとはいえ、俺の結界を砕いた時点で、人間ではないことは確実。

おそらくは、まだ襲ってくる。

俺たちがそう身構えていると、ぐしゃぐしゃになった屋根が、突如として砕け散った。


「が、ぁ、あァァアア゛ッ!!」


と。空気を震わせる雄叫びを前に、俺たちは思わず言葉を失った。

天音ちゃんですら、困惑と驚愕に目を見開いている。

確かに角が生えていたり、目が血走っていたりと細部は変わってしまったが、見間違えようがない。


そこに立っていたのは紛れもなく、役 小華だった。




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補足


神刀「獄」…真琴が持つ「空」と対になる刀。とあるクソ田舎に封印されていた。「握る者全てを狂わせた」やら、「2本揃わないと意味がない」やら、さまざまな伝承が残っている。無論、こちらもアホみたいに重い。


神刀「空」…神代の記録自体は残ってるけど、その刀が鬼右衛門が真琴に渡したものだということは死した鬼右衛門しか知らない…はず。

そのため、役 小華含め、現代に生きる退魔師全員が「なくなったもの」だと思ってた。単体ではただの霊力が籠った刀でしかない。

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