第28話 真琴ママ「…………へぁっ?」

「いろいろ聞きたいことがあるの。

取り敢えず、素直に口を割ってくれるとありがたいんだけど」


ざっ、とアスファルトに空を突き立て、倒れた少女に迫るご主人様。

何故だろうか。薄らと、羽衣のようなものが見える気がする。

俺が疑問に思っていると、倒れた少女が懲りずに牙を生成し、ご主人様の首に放つ。

が。ご主人様はあっさりとそれを切り裂いた。


「な、なんなのよ…!?なんで、その二刀が揃って『呑まれ』ないの…!?」

「やっぱ、なんか知ってるわけね」

「へー…。興味ありますねぇ、あなたの知識」

「もう絵面が完全に悪者じゃん」

「見てくれだけのわたくしよりも、あちらの方が数倍恐ろしいのでは?」


下手したら腕チョンパとかしそう。

俺、リョナ系は趣味じゃないんだが。

そんなことを思っていると、ふと、突き刺すような感覚が、肌を襲った。


「ご主人様」

「っ……!」


俺が声をかけるのと同時に、ご主人様がその場から軽く飛び退く。

と。少女の体が突如として光り、その場から消え失せた。

俺たちがパチクリと目を丸くしていると、サクラちゃんがため息混じりに呟いた。


「転移の霊術…の改良だね。

ビーコンみたいなものでも付けてたんだろうね。その上、転移の際に周囲を警戒させるために霊力を拡散させているあたり、かなり周到だ」


つまり、さっきの感覚はブラフだったと。

失敗時のフォローまで考えているとは、これまでの妖とは違う意味で面倒だ。

そんなことを思っていると、ご主人様が首を傾げた。


「霊術ってことは…、退魔師もアレに関わってるってこと?」

「うーむ…。わかりませんねぇ。

例外的とはいえ、霊術が使える妖も存在してるわけですし、そもそも半妖が霊術を使えないとも限りませんし…」

「あまねはできないよ?」

「そうなんですね。教えてくれて、ありがとうございます。

…何はともあれ、退魔師の関与も疑った方がいいのかもしれませんね」


退魔師も一枚岩じゃないってことか。

まあ、母数がかなり大きそうだし、邪な考えを持つ輩がいてもおかしくない。

…では、半妖の集まりに協力する理由はなんなのだろうか。

この世界だと、人間の味方であるのなら、妖も受け入れられてはいるみたいだし、敵対する理由がよくわからない。

いや、海外では別なのかも知れんけど。

エクソシストとか、そういう聖職者って「悪魔とかそういうの絶対殺すマン」みたいなイメージあるし。

…何はともあれ、危機は去った、という認識でいいのだろうか。

俺がそんなことを思っていると、睦月さんがため息を吐いた。


「……で、どーしましょ?

私の愛車、廃車になったんですけど」

「「「あ」」」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「もう、さいっあくっ!!

九尾の娘は攫えないし、獄は奪われた挙句、使いこなされるし!!

アンタの立てた襲撃作戦、全ッ然上手くいかなかったじゃないの!!」


アジトへと戻ってきた少女が怒鳴り声をあげ、寛いでいた道永へと迫る。

それに対し道永は、ずごっ、とグラスに注いだジュースを飲み干す音で答えた。

逆鱗に触れるどころか、撫で回すような所業である。

ぶちっ、と何かが切れた音が少女の脳内で響くと共に、道永を無数の牙が取り囲む。

それに対し、道永は胡散臭い笑みを崩さず、仰々しい態度で口を開いた。


「いやはや、まさか『獄』と『空』、この二刀に適合する人間がいるとは!

予想外も予想外!アレは人間が使えるように作られていないはずなのですが…」

「現に使えてんじゃないの!

アンタの話、最初以外ぜーんぶアテになんなかったわよ!!」

「それは誠に申し訳ない!

全ての責は私めにございます!」

「じゃあ死ねっ!!」


深々と頭を下げる道永に、少女が無数の牙を放つ。

瞬間。その全てが、一瞬にして砕け散った。


「やめろ、サギリ」

「なんで止めんのよ!!」


牙を砕いた少年に向け、少女…サギリが吠える。

少年はそれに呆れたため息を吐き、ツラツラと言葉を並べた。


「彼の提供した情報に間違いはなかった。

それにだ。彼は日本政府が保管する記録を自由に閲覧できる、これ以上ない情報源。

失敗したお前と比べて、殺す理由がない」

「………っ」

「寛大なお心、感謝いたします!」


少年に向け、道永が大袈裟に首を垂れる。

が。少年はそれに気を良くすることもなければ、訝しむ様子も見せず、淡々と告げた。


「とはいえ、お前が本当にこちら側なのかはわからん。

くれぐれも、『今は泳がされているだけだ』ということを忘れるなよ」

「滅相もない」


言うと、彼らはその場から立ち上がり、部屋を出ていく。

1人残された道永は、監視の気配がないことを確認し、小さく呟いた。


「まずは第一歩…、といった所ですかな?」


♦︎♦︎♦︎♦︎


『ぐががが、がぁあああっ!!』


その頃、とある山奥にて。

血液を撒き散らし、蛇のようにうねる肉塊が、緋袴と白衣を纏う女性へと迫る。

女性はそれに冷ややかな視線を向けると、人差し指を親指で押さえ、ぐっ、と力を溜める。


「『衝天』」


指を弾いた瞬間。圧倒的な速度で放たれた霊力の塊が、蛇の体を穿つ。

体の大半を失った蛇はそのまま横に倒れ、ずぅん、と土煙を舞い上げた。

軈て、その体が世界へと解けていくのを確認すると、女性は背後の木へと目を向ける。


「もう出てきて大丈夫ですよ」

「う、ゔぅ…」

「ありがどぉ…」


と。木の影から、まだ小さい少年2人が姿を現した。

彼らは顔じゅうを安堵による涙と鼻水で濡らしながら、女性に感謝を述べる。

彼女もまた、「無事でよかったぁ」と安堵を口にし、彼らの顔を別々のハンカチで拭いた。

と。彼女の元に、狩衣を纏った青年が慌てた様子で駆けてきた。


「当主さ…」


と。声を張り上げた青年に向け、女性の鋭い視線が飛ぶ。

その冷たさを前に、青年は肩を振るわせ、出かけた声を飲み込んだ。


「……怯え切った小さな子が居るのが見えませんか?」

「申し訳ございません…」

「わたくしにではなく、この子達に謝りなさい」

「も、申し訳ない…」


青年がおずおずと頭を下げると、子供たちは震えながらも小さく頷く。

女性はそれを確認すると、「用件は?」と青年に問うた。


「あ、はい…。真琴様のことでお耳に入れたいことが…」

「真琴が見つかったの…!?」


真琴の名前が出た途端、凛とした佇まいから一転、激しく取り乱す女性。

それに対し、青年はなんとも言えない表情を浮かべ、言葉を続けた。


「ええ。その…。信じ難い話なのは、承知なのですが…」

「なんでもいいわ…!

早く、あの子のことを教えて…!!」

「………えっと……、あの…、『鵺の王』を使い魔にして、はぐれとして活動していらっしゃるそうで…」


沈黙が走る。

とても処理し切れない情報を前に、女性は宇宙を背負い、思考を止めてしまった。

それが再起動するのにたっぷり2分を費やした彼女…柿崎家の現当主であり、真琴の母である女性は、その立場に似合わぬ声を放った。


「……………へぁっ?」

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