第29話 ご主人様も母には勝てない
「申し訳ございませんでしたぁ!!」
翌日。意識を取り戻したばかりの小華ちゃんが、がんっ、と額を地面に叩きつけ、叫ぶ。
これ以上なく見事な土下座である。
迷惑をかけた、という自覚があるくらいには意識が残ってたんだろうか。
そんなことを思っていると、ご主人様が問いかけた。
「小華ちゃん、何が起きたかはわかってるの?」
「はい…。ぼんやりとはしてますけど…。
その、皆さんに襲いかかって迷惑をかけたってことだけは、なんとなく…」
「その前後の記憶は?」
「んぇっと…。すみません。
誰かに会ってこの刀を持たされた…くらいしか覚えてなくて、あんまり…」
「……妖刀じゃないでしょうね、コレ?」
言って、サクラちゃんが植物を操って作った鞘に収まった刀を見やるご主人様。
刀が使い手を選ぶとかは漫画でよく見るけど、まさかマジにそんな刀があるとは。
使ってるうちに人間辞めていく、とかだったりしないよな?
そんなことを思っていると、スマホに向き合っていた睦月さんが深くため息を吐いた。
「だーめだ。なんの情報にもならん伝承くらいしか出ません」
「伝承あるだけマシじゃないですか?」
「『すごい刀ですよ』としか書いてない伝承のどこが情報になると?」
細かい機能とか、どんなことを成したとか、そういう伝承は伝わってないのか。
ああもわかりやすい危険性がある刀だ。遺っていないとは考え難いが。
睦月さんも同じことを考えていたのか、「遺ってそーなもんなんですけどねぇ」と呟き、再びパソコンに齧り付く。
と、その時。ぷるる、と睦月さんの携帯から、着信音が響いた。
睦月さんは画面もろく確認せず、通話開始のアイコンをスライドさせ、携帯を耳に当てる。
「はい、もしもし。睦月退魔師事務所です。
……あ、はい。…はい、はい…。
本人がいるのでかわりましょうか?…あ、はい。わかりました。
真琴さん。あなた宛にお電話です」
「私?」
差し出された携帯に、ご主人様が訝しげに眉を顰める。
しかし、受け取らない訳にもいかず、ご主人様は携帯を手に取り、耳に当てた。
「はい、お電話かわりまし…、ぁえっ!?」
「どうかしましたかな?」
「わっ!?ちょっ、声入っ…!?
あ、えと、その…、…ぅえっ!?それももうバレてんの!?」
「……?」
激しく狼狽えるご主人様に、首を傾げる。
ご主人様はかつてないほどに青い顔をしながら、俺に視線を向けた。
「ママにバレちゃった…」
「…………はい???」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「こうなることは覚悟してたでしょうに。
何を今更ビビり倒してんですか」
ご主人様の実家へと向かうべく、山道を進むレンタカーにて。
いつもの強気な様子はどこへやら、情けなさが一周回って清々しいほどにガッタガタと震えるご主人様に、睦月さんの呆れが飛ぶ。
ご主人様は震える唇から、細々と声を出した。
「だ、だって…、最悪打首だし…」
「そりゃ『鵺の王』の封印解いちゃいましたからねー。
いくら使い魔にしたとはいえ、それで『鵺の王』の悪名が無くなるわけでもないですし」
「…前々から気になっていたのですが、昔のわたくしは、何をしでかしたのですかな?」
ある程度は俺に関する資料を読んだけど、俺が何をしでかしたか、あまり具体的には書かれてなかった。
『鵺の王』の恐れが強まって、封印が破られることを恐れたのだろうか。
なんにせよ、封印を解いたご主人様が「打首確定」と震えるくらいには碌でもないことをしたのは確かなのだろう。
そんなことを考えていると、睦月さんが口を開いた。
「端的に言うと、神殺しです。
当時、一つの都を支えていた龍神様を殺し、取り込んだと聞きますよ」
めっちゃ心当たりあるわ、その龍神様。
この体…というか、腕と付き合ってきて「心当たりがない」とか言えるほどサイコパスじゃない。
それで操れるのが雷と〈解体〉の術だけってのも、なんか型落ち感が半端ないが。
少なくとも、現時点で封印という選択肢が出てくる程の力はないような気がする。
これなら、鬼右衛門やご主人様の方がずっと強い。
…大丈夫かな、俺。着いた途端に囲まれて、タコ殴りにされたりしないよな?
そんなことを思っていると、ついてきた天音ちゃんが問いかけた。
「カラスのおじさん。
おねーちゃん、さむいの?」
「いえ。ただ、お母様に叱られるのが怖いだけで御座いますよ」
「おねーちゃん、わるいことしたの?」
「はて。どうなんでしょうなぁ。
善悪の基準は、個々人によって異なるもの。
一概にご主人様が悪いとは、わたくしからは言えませぬ」
「………なにいってるのかわかんない」
「…悪いかどうか、おじさんでもわからない…ということです」
噛み砕いて説明しても、天音ちゃんには難しかったようだ。
正直なところ、俺の封印を解いたことは、あまり褒められたことではない。それは俺でも思う。
しかし、それでご主人様が絶体絶命の状況から助かったのも事実。
もし俺の封印が解かれていなかったのなら、ご主人様は蔓延る妖に貪られ、今頃は骨すら残っていなかっただろう。
…想像してて嫌な気分になった。やめよう。
そんなことを思っていると、レンタカーがある屋敷の前で止まる。
一体どうしたのだろうか。
そんな疑問に答えるかのように、複数人、神職が纏うような衣装に身を包んだ男女が車を取り囲んだ。
「おやおや。歓迎はされてないみたいですね」
「どなたのせいでしょうな」
「とぼけんな。お前だよ」
うん、知ってる。
俺は車の扉を開くと、「敵意はない」と言わんばかりに両手を上げる。
が。それすらも演技だと思われているのか、俺の周りを囲む全員の顔が、より険しいものへと変わった。
「おや。そんなに怯えずとも、手出しは致しませんよ。柿崎 真琴様の使い魔ですので」
「柿崎の者が、貴様の言うことを鵜呑みにすると思うか!?」
「ふむ…。ご主人様、如何致しましょう?」
めちゃくちゃ警戒されてんなぁ。
無理もないか、と思っていると、ご主人様が車から顔を出す。
何をするのだろうか。
俺が訝しげに眉を顰めた途端、ご主人様は声を張り上げた。
「ムクロ、三回回ってバク転した後に『わんっ』て鳴きなさい」
「わん」
犬か。芸にしてもハードルが高すぎる。
そんなことを思いつつ、俺は言われた通り3回回ってバク転した後、犬のように鳴いてみせる。
「鵺の王」という字面からは考えられないほどに情けない姿を晒した俺を前に、使用人たちがどよめく。
と。ソレを前に、ご主人様は車から降り、勢いよく叫んだ。
「この通り、私の使い魔よ!!
警戒を解きなさい!!」
「わんっ」
取り敢えず椅子になってみた。
さあ、座るんだご主人様。できるだけ体重をかけて。
そんな煩悩を悟ったのか、ご主人様は「座るかボケっ」と俺の尻にタイキックをかました。
「……ま、真琴様が、かの『鵺の王』を完全に掌握してる…!?」
「嘘でしょう…?彼女の霊力は…、その。お世辞にも多いとは言えなかったはず…」
「いや、そもそも本当に『鵺の王』…なのか…?」
「何を言う!あの出立ち、あの妖力!
間違いなく鵺の王そのものじゃ…!」
「真琴様は一体、そんな化け物をどうやって従えたんだ…!?」
俺が好みだったから勝手に使い魔にしてって自分を売り込んだだけです。
ご主人様もあまりの気まずさに、なんとも言えない表情を浮かべ、視線を逸らす。
「『好みのタイプだから使い魔になりたいです』って言ってきたので、使い魔にしました」などと、彼女の口から言えるはずがない。
俺たちが使用人たちの驚愕に囲まれていると、ふと、足音が響いた。
「真琴…?」
若々しく、しかし凛々しい声が響く。
ご主人様がそちらを向くと、びしっ、と固まった。
「ま、ママ……。その、た、ただ、いま…」
「真琴…っ、真琴っ!!」
女性…ご主人様のお母様が駆け出す。
感動の再会か、と俺が温かな視線を向けていると。
ご主人様のお母様が飛び上がり、自身の娘に向け、蹴りを放った。
「今までどこ行ってたの!!!」
「げふぅっ!?!?」
それはそれは、見事なドロップキックであった。
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