第30話 「名家には1人は嫌なヤツがいる」という法則
「改めまして、柿崎家の当主を務めさせていただいております、柿崎 祓と申します。
娘の真琴がお世話になりました」
「……ええと。わたくしも客扱いで宜しかったのですかな?」
気まずそうに座るご主人様を横に、深々と頭を下げるご主人様のお母様…、祓様。
それを前に、俺がおずおずと声を上げる。
俺はこの家にとっては、不倶戴天の敵であるはず。
同じ天の元生かしておかぬと言わんばかりに殺意溢れる歓迎が待っているものだと思っていたが、そうではないのか。
そんなことを思っていると、祓様は少しばかり眉を顰めた。
「いいわけありません…が。
真琴が使い魔だと言うのです。そう言うことにしておきます」
「いいのかい?コイツにかかれば、この家なんて秒で消し飛ぶけど」
「構いません。が、念の為にコレを持ってきました」
言って、ことっ、と占い師が持つ水晶のようなものを置く祓様。
俺たちがそれに訝しげな表情を浮かべると、彼女は淡々と説明を始めた。
「この水晶は、持つものの邪気に反応し、その欲望を映し出します。
これで余程残酷なものが出なければ、管理は真琴に任せようかと。
さ、触りなさい、『鵺の王』…、いえ、使い魔ムクロ」
「あ終わったわ」
ご主人様が小さく呟く。
うん、俺も展開が読めた。
でも、このまま触らないわけにもいかない。
俺は「なんらかのバグが起これ!」と祈りつつ、水晶に触れる。
と。水晶が真っピンクな輝きを放ち、そこにご主人様の裸体を映し出した。
「…………は????」
「ムクロ…っ、なんでお尻のほくろまで知ってんのよ!!」
「すみません、風呂を一度覗きまして」
「死ねっ!!」
唖然とする祓様を横に、ご主人様がドロップキックをかます。痛い。
俺じゃなかったら首が飛んでる。
ふと、周りを見ると、天音ちゃんの目と耳を睦月さんとサクラちゃんが塞いでいた。英断である。
続け様に関節技を決められていると、祓様が顔を真っ赤にし、声を張り上げた。
「なんと破廉恥な!!
じ、自分の主人をこ、こんな、こんなっ…、そ、その…、ぃ、ぃい、いやらしい目で見る使い魔がおりますか!?」
「ママ、大丈夫だから。コイツ、ドスケベなだけでチキンだし無害だから」
「それでもです!私の娘を視姦するなど、断じて許せません!!」
あなたの娘がエロいのが悪い。
見ろ、この健康的かつ筋肉質な太もも。
これで膝枕をされた日には、やる気も元気も100倍になりそうだ。
そんな反論が出そうになるも、俺はなんとか堪えて口を開く。
「別に、害をなそうと言う気はありません。
わたくし、純愛でしか興奮せぬ趣味ですので」
「そういう話をしてるんじゃないです!
…待って!?あなた、うちの娘を嫁に取る気ですか!?」
「はい」
「許しません!!お母さん、絶対に絶対に許しませんからね!?!?」
「ならんならん!
コイツの嫁なんてお断りだから!!」
「何度も窮地を救ったではありませんか」
「それはそれこれはこれ!!!」
バッサリフラれた。
くそっ、やっぱり変態ムーヴは人間のイケメンにしか許されないのか。
そんなことを思いつつ、俺は祓様に向けて頭を下げた。
「そんなに気に食わないのであれば、この首を差し出しますが」
「ふざけてんです!?どーやっても死なないでしょうが、アンタ!!」
「ママ、落ち着いて。一旦落ち着いて。
私が視姦されてるだけで、コイツの脅威を抑えられてるって考えたら、お釣りくるよ?」
「………ぐ、ぐぅ…っ」
娘に諭され、何か言いたそうに口をまごつかせる祓様。
暴走っぷりが真琴様に似てるあたり、さすがは親子と言うべきか。
祓様は暫し唸ったのちに折れたのか、ガックリと肩を落とした。
「……わかりました。管理は真琴に一任します」
「…なんか、紆余曲折あるかと思いましたけど、やけにあっさり…?」
「まあ、元よりかなり力が落ちてるみたいですし、大したことは出来ないでしょう」
あ、やっぱり?
この体の記憶を見てても思ったが、今の俺はあまりにも弱すぎる。
多分、話に聞くような神殺しなんてできないし、この体の持つ力も、全てを上手く扱えてる気がしない。
そもそも、〈解体〉の術と雷ブッパだけの強さで伝承が残るわけがない。
不死性だってそうだ。未知という概念が無くならない限りは死なないとは言っても、封印はされる。
多分、今の装備が揃ったご主人様相手なら、殺す気で行っても負ける自信がある。
睦月さんのような規格外が他にいないとも限らないし、伝承のような強さを取り戻さないと後悔しそうだ。
そんなことを思っていると、すぱぁん、と戸が開いた。
「当主様、本気ですか!?『鵺の王』を『搾りかす』に任せるなんて!!」
「「あ゛???」」
その罵声が聞こえた途端、俺と祓様の喉奥からドスの効いた声が漏れる。
視界の隅では、教育に悪いと思ったのか、サクラちゃんが再び天音ちゃんの耳を塞いでいた。
戸を開けた青年は俺たちの迫力に怯むことなく、揚々と続けた。
「そもそも、『鵺の王』の封印を解いた『搾りかす』を無罪放免にしておくのも理解に苦しみます!!
封印措置を下し、その上でこの『搾りかす』の首を切り落とすべきです!!」
すごい。俺の地雷を全部踏み抜いてる。
いや、封印どうこうは俺も賛成寄りだが。
しかし、ご主人様をここまで罵倒するのはマジで許せない。
俺が何か言ってやろうと息を吸い込んだ、その時だった。
それを遮るように、祓様が立ち上がったのは。
「…啓司、あなたも知っているでしょう。
現在、鵺の王を封印する手立てはありません。
私ですらも、『あの子』のように当時の封印術は扱えませんから」
「だからと言って放任はないでしょう!!」
「放逐してても無害よね、アンタ。
セクハラするけど」
「ええ」
「そんな言葉が信じられるか!!」
それはそう。
啓司と呼ばれた青年はヒートアップしたのか、霊力の球体を展開した。
「今の鵺の王であれば、弱らせば祓様でも封印できるでしょう!!」
「いい加減になさい。
今の鵺の王は、真琴の使い魔です。
使い魔としての契約を結び、真琴の意思で縛られている以上、現時点で封印措置は必要ないでしょう」
ぴしゃり、と祓様が言い放つ。
使い魔の契約で縛られてるってわりには、セクハラは自由なんだな。
そんなことを思っていると、睦月さんが耳打ちした。
「あなたの場合、最低限の縛りですが。
力は大したことないですけど、存在自体は強いので」
それ、今の俺は名ばかりってことでは?
そんなことを思っていると、諌められたにも関わらず、霊力の塊を作り出す青年がご主人様を指差し、吠えた。
「だいたい、『遥』様の搾りかす相手に甘すぎるのです!!
いくら唯一残った娘だからと言って、こんなボウフラ並みの霊力すらないカス…」
「いい加減にしなさいッ!!」
「それはこちらのセリフです!!」
ヒステリックに叫ぶ祓様を前にして尚、吠え続ける犬。
『遥』とは誰だろうか。聞いたところ、ご主人様の兄弟姉妹にあたる方だろうが…。
俺が疑問を込めた視線をご主人様に送ると、彼女は苦々しく答えた。
「……姉さんよ。五年前に行方不明になった」
「………失敬」
こいつ、そんな見え透いた地雷を全力で踏みに行ったのか。
あまりにもデリカシーが無さすぎる。
これぞ「ザ・名家の嫌なやつ」といった感じだ。
祓様も流石に我慢の限界が来たのか、全身に霊力を巡らせている。
量は睦月さんの足元にも及ばないが、なんというか、『質』が違う。
ご主人様が纏ったような、『澄んだ霊力』に近いと言うべきか。
臨戦体勢に入った祓様を前に、デリカシー皆無頑固野郎が同じく構えを取る。
そんな一触即発の空気が流れた、その時だった。
「はい、そこまで。
内輪揉めは後でしてくださいな」
ぱん、と睦月さんが手を叩くと同時に、その霊力を全開にしたのは。
空間すら簡単に塗り潰すほどの霊力をまともに受けたことによる驚愕だろうか。
2人は信じられないと言った表情で、睦月さんを見やる。
睦月さんは沈んだ顔のご主人様の肩に手を置き、立ち上がった。
「決まるもんは決まったんだし、私らはここでお暇させてもらいます。
この家は真琴さんの精神に悪そうですし、しばらくはうちの従業員として預かるので」
「……お願いいたします」
「ま、待てっ…!その搾りかすへの罰は…」
帰ろうとする睦月さんに、頑固野郎が食ってかかる。
それに対し、睦月さんはひどく冷めた目を向けた。
「ウチの稼ぎ頭に随分なものいいですね。
その『搾りかす』とやらにも勝て無さそうな雑魚の分際で、大口叩かないでくれます?」
「オレが搾りかすよりも下だと!?」
まあ、少なくとも一方的にボコボコにされる未来は見える。
そもそも、ご主人様は理不尽なレベルのフィジカルが武器なのだ。
霊力というステージでしか物を見ないせいかは知らないが、ご主人様の真価すらわからないのであれば、退魔師を引退したほうがいい。
胸ぐらを掴んできた頑固野郎を前に、睦月さんは淡々と続けた。
「は?フッツーの妖にすら苦戦するレベルの下の下でしょうが、アンタ。
どーせ今来たのだって、鵺の王をどうこうする云々よりも、日頃の憂さを真琴さんで晴らそうとしただけのことでしょ?」
「ぐっ…」
図星かよ。
下を見て安心したいと思うのは勝手だ。
だからと言って、上司の地雷を踏み抜くのはどうかと思う。
睦月さんはわなわなと震える男の手を払い、踵を返した。
「気分悪いですし、帰りにシェイクでも買って帰りましょう。
好きな味を奢ってあげますよ」
「あまねはバニラ!…そういえば、サクラちゃん、なんであまねのおみみふさいだの?」
「ちょっとダメな言葉が出てきたからね。
天音ちゃんはあんな大人になっちゃダメだよー」
俺たちはそれぞれ立ち上がり、青年の横を通り過ぎる。
残された青年に対し、ゆらり、と怒りを纏った祓様が迫ったが、知ったことじゃない。
「人を馬鹿にする暇があるなら、少しは強くなる努力をなさい!」という怒号を背に、俺たちは車へと向かった。
妖怪系のバケモノに転生しましたが、可愛い女の子の使い魔になってやろうと思います。 鳩胸な鴨 @hatomune_na_kamo
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