第23話 九尾の娘

「くそクそクソぉっ!!」

「…いつまで荒ぶってんだ、アイツ」

「さぁ?」


とある廃墟にて。

やたらと何かを殴るかのような鈍い音が響く隣の部屋に視線を向け、数人の男女が呆れた視線を向ける。

もう2日も続いている現状を前に、あどけなさが残る少女がため息をついた。


「いい加減にしてくれないかなぁ?

うるさくて全然寝れないんだけど」

「しょうがないだろ。

推しの仇取れなかったんだから」


荒ぶっているクロトの代わりにその呆れに答えたのは、メガネをかけた青年。

彼の言葉に、少女は露骨に顔を顰めた。


「それもそうなんだけど…。

そもそも、霊力貧者の女に負けたってのが信じられないかなー。

クロト、一応は私らの中で強い方じゃん?

なんかの間違いとかじゃないの?」

「アイツはくだらない見栄は張らないだろ。

推しに顔向けできんとかで」


退魔師界隈において、霊力量は絶対的な強さの指標である。

それこそ、他の追随を許さぬ霊力貧者である真琴が、あの化け物じみた筋力を持っていようと「自分は雑魚だ」と思い込んでしまうくらいには。

それは退魔師と敵対関係にあたる彼女らにおいても同様で、首を傾げる少女に、青年は「強い退魔師と組んでたんだろうさ」と、諭すように言った。

…正確には、どちらも強かったが正解なのだが。

そんなことなどつゆ知らず、青年は「そんなことより」と話を切り上げ、少女を呆れ半分に睨め付けるように半目を向けた。


「お前、今度こそ『候補』を見つけてきたんだろうな?」

「そりゃもうバッチシよ!

ほら、この子!」


言って、少女が懐から一枚の写真を見せる。

青年はそれを覗き込むと、顔を顰めた。


「……おい。まだガキじゃないか。

これのどこが候補なんだ…?」

「ふふん。ただのガキと侮るなかれ!

なんとこの子ね…」


少女から飛び出した情報に、思わず目を剥く青年。


その写真には、遊具で遊ぶ天河 天音の姿が写し出されていた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「あの厄介ファン、結局何だったんでしょうかね」


厄介ファンの襲撃を切り抜けて3日。

筋トレするご主人様に、睦月さんが何度目かもわからない疑問を口にする。

それに対し、ご主人様が露骨に眉を顰め、深いため息を吐いた。


「…その話題振るの、何回目ですか?」

「12回目ですね」

「私に聞いても答えが出ないってわかってる疑問を、何回も聞かないでください」

「世間話のつもりだったんですが、ツレないですねぇ」

「おんなじ話題ばっか振られたらこうもなりますよ」


ご主人様の言う通りである。側で聞いてるだけの俺でもウンザリしてたもん。

見ろ。サクラちゃんなんて、ゲーム機を弄りながら眉を顰めてるぞ。

…割といつものことな気がするが。

そんなことを思いつつ、俺はご主人様から預かった刀に目を向ける。


「…そういえば、この刀の名。

たしか、『空』、でしたかな?

どういった意味なのでしょうな」

「さぁね。小華ちゃんに聞けばわかるかもだけど…。向こうは向こうで忙しいだろうし、こんなことで連絡取るのはね」

「再試は合格したらしいですよ。

つい昨日、連絡きました」

「あ、そうなんですか。

…鬼右衛門さんのこと、乗り越えられたのかなぁ」


「私が言えたことじゃないけど」と付け足し、再び筋トレに没頭するご主人様。

確かに心配だ。何度も言うが、引きずり過ぎて闇落ちとかしてないといいけど。

そんなことを思っていると、ぶーっ、ぶーっ、と携帯のバイブレーションが響いた。


「あ、私です。…はい、もしもし。睦月退魔師事務所で……は?」


電話に出た睦月さんが、今まで見たこともないような表情を浮かべる。

まるで、訳もわからないままに唐突に怒鳴られた子供のような顔だ。

……まさかとは思うが、クレームでも入ったのだろうか。

そんなことを思っていると、睦月さんが俺に携帯を差し出した。


「はい?」

「ムクロさん、あなた宛です」

「はぁ…?わたくしめに、ですか?」

「私の手に負えません。任せましたよ」

「はぁ…」


要領を得ない説明に眉を顰め、俺は携帯を耳らしき場所に当てる。

と。携帯に内蔵されたスピーカーが割れてしまうのではないかと思うほどの怒鳴り声が、俺の耳をつんざいた。


『貴ッ様ァアアアアアアッ!!

妾の足返せェエエエエエエッ!!!』


電話の主は誰かは知らないが、用件に関しては心当たりしかない。

面倒ごとの予感を前に辟易しつつ、俺は電話の向こう側で叫び散らす女に問うた。


「どちら様ですかな?」

『惚けるなよ「鵺の王」!!

このタマモ…、もとい「白面金毛九尾の狐」を忘れたとは言わさんぞ!!』


この足、めっちゃ有名な九尾のヤツなのね。

どんだけ強かったんだ、中身がクソ童貞になる前の「鵺の王」。

そんなことを思いつつ、俺は電話越しでも殺しにかかってきそうな勢いの彼女に、記憶がないことを説明しようと口を開く。


「お恥ずかしながら、わたくし、大半の記憶がすっぽり抜けておりまして。

いやはや、申し訳ない」

『ほーう…?妾を記憶に留めておく必要もない、と…?

なら嫌ってほど思い出させてやる!!

さっさとこっち来い、ウスラトンカチ!!』


この自動変換、煽ってるようにしか聞こえないのマジで不便だな。

オンオフくらい切り替えられたらいいのに。

そんなことを思いつつ、俺はご主人様へと視線を向けた。


「であれば、わたくしめのご主人様に依頼を出して欲しいのですが」

『……………え?』


相手の背後に宇宙が展開してるような気がするんだが。

そんなおかしいこと言ったかな、と首を傾げる暇もなく、電話の奥から素っ頓狂な声が響いた。


『お前今マジに使い魔なの…?』

「ええ」

『え、うっそぉ…。

あまちゃん、ママにきちんと言うとってよ。

ママの足、知らん間に何処の馬の骨とも知らんやつに忠誠誓っとるやん』

『ちゅーせー?』


……うむ。聞き覚えのある声である。

睦月さんに視線を向けると、深々と頷いた。


「…以前、ここにきた天河 天音さん…。

彼女、昔のあなたが足を奪った『白面金毛九尾の狐』の娘だったそうです」


…俺、天音ちゃんから見たらド畜生では?

冷や汗を流した俺に、3人の冷ややかな視線が向けられた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「よぉく来たなぁ貴様ぁああ…!!

さぁ足置いてけ今置いてけすぐ置いてけ置いてけ置いてけ置いてけぇええ…!!」


以前、小華ちゃんと出会った小学校にて。

まんま九尾を擬人化させたようなコッテコテの女性…タマモが、包丁片手に般若のような形相で俺に迫る。

足、あるじゃん。

そんなツッコミを入れることすら許されないほどの怒りようだ。

その隣では、天河 天音が母親の乱心ぶりに首を傾げていた。


「九尾ではなく、『やまんば』では?」

「あ゛ぁん!?」


やべ。言っちゃった。

火に油を注いだことに気付くや否や、女であることを捨てたとしか思えないほどにドスを効かせた声が響く。

申し訳ないとは思う。でも、本当にそう見えたんだもん。

表情筋が完全に怒りに支配されてるタマモを前に、睦月さんが「まぁまぁ、お子さんの前ですし…」と宥めた。

この人、良識とかあったんだ。

そんなことを思ってると、ご主人様が鞘に収めた刀で俺のケツをぶっ叩いた。


「おうっ」

「ムクロ。アンタの口の軽さ、さっさと治しなさい。死に直結するわよ」

「……肝に銘じておきます」


まさかとは思いますが、その死の直接的な原因、あなたじゃないですよね?

殺人的な筋力で殺されそうだ、と思っていると、いつの間にやら来ていた天音ちゃんの父である天河小の理事長に、サクラちゃんが呆れを吐き出すのが聞こえた。


「…よくあんなアバズレと結婚したね。

ってか、殺生石に化けて戻れなくなったうえ、三つに砕かれたんじゃなかったっけ?」

「近代のサブカルチャーによって信仰が戻って、受肉に成功したと言ってましたよ。

サブカルチャー的な信仰のおかげか、伝説上のような悪辣さが抜けたらしいとも」


へぇ。そんなこともあるんだ。

確かに、九尾ってサブカルチャーによく起用されているような気がする。

と。耳がいいのか、二人の会話を聞き取ったタマモが、顔を真っ赤に染めて、蚊の鳴くような声を漏らした。


「あ、あんま言わんでくれ…。

そん頃は、その、黒歴史じゃし…」

「お前がカマトトぶってるのマジウケる」

「桜てめっ、ブッ……、っ…、っ……!!」

「ママ、変な顔!」

「……っ、ご、ごめんな、あまちゃん。

ママ、この子らとお話あるから、あっちで遊んどってくれん…?」

「わかった!」


子供の前だから必死に耐えてる顔だ、アレ。

母に諭され、とてとてとその場を去り、グラウンドにある遊具へと走る天音ちゃん。

その姿が小さくなると、タマモは俺とサクラちゃんの肩を掴み、ゼロ距離まで顔を近づけた。


「よしテメェら覚悟しろ殺すからな?」

「…その、あなた、足ありますが…?」

「本来の足なわけないじゃろ妖力で無理矢理に生やしとんじゃブッ殺すぞ」


すごい。2秒に一回『殺す』と言ってくる。

こうなっても仕方ないとは思うけど、いくらなんでもキレすぎではなかろうか。

そんなことを思ってると、サクラちゃんが侮蔑をこめた笑みを浮かべるのが見えた。


「人間は食い物としか思ってなかった奴が人間と子供作るとか、ウケる以外の感想出るわけないじゃん」

「お、なんじゃ?やるか?」

「すぐキレるね。更年期障害かな?」

「よし殺すすぐ殺す」


どうしよう。この人を穏便に止められる気がしない。

俺がどうしたものかと悩みを浮かびかけた、その時だった。


「天音さん!そこから降りてください!!」

「はへ?」


睦月さんの焦った声が響いたのは。

それにいち早く気づいたタマモが素早く飛び上がり、滑り台の上にいた天音ちゃんを掬うように抱える。

と。天音ちゃんの立っていた場所から、あの厄介ファンを飲み込んだのと同じ顎門が生え、ばちん、と空気を噛み砕いた。


「ふぇ?」

「鵺の王!逃すな!!」

「言われなくても」


空間へと消えていくそれに、俺は素早く雷を放ち、直撃させる。

が。ソレは特にダメージを負った様子もなく、世界に解けていく。

軈て、完全に影も形もなくなったソレを前に、全員が怪訝と戦慄が乱れた表情を浮かべた。

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