第19話 探索、禁足地

「着きました。禁足地、『火橋村』です」


広がるのは、自然に飲まれた廃村。

人の入る隙間などないと言わんばかりの光景を前に、俺は首を傾げた。


「家の造りが新しいですな」

「…本当ね。ソーラーパネルまであるわ」


植物が家の全てを覆い尽くす程、この家が古臭いものとは思えなかったのだ。

確かに、かなりの経年劣化は感じられるのだが、それを差し引いても造りが新しいものばかり。

太陽光発電が完備されていて、この劣化具合はおかしい気がする。

真琴ちゃんと思考を巡らせていると、睦月さんがあっけらかんと答えた。


「そりゃ、2年前に廃村になりましたからね。ほら、こんなのもありますよ」


言って、彼女は殆どが植物に覆われた建築会社の宣伝看板を指差す。

睦月さんは性格的に、意味もない嘘は吐かないタイプだ。

廃村になって2年と言うのも本当なのだろう。

…もしや、俺が封印されていた空間と同じように、この村の中は外と比べて時の進みが早いのだろうか。

そんなことを考えていると、妖の気配が肌を撫でた。


『ヨうこソ!ヒばしむラヘ!!』


茂みから現れた妖を一言で言えば、並んだ肉団子。

人を無理矢理に丸い型に押し込めたような、なんともグロテスクな怪物が、そこらじゅうから飛び出す。

俺たちに向けて唾を撒き散らし、襲いかかる妖たち。

ご主人様が刀を抜こうとする前に、俺は素早く右手に雷を纏わせた。


「失せろ」


凄まじい速度で右手を薙ぐと共に、雷が爪の軌跡に沿うように迸る。

妖たちが黒く焦げ、その場に落ちるのを前に、ご主人様がため息を吐く。


「あのくらいだったら対処できた」

「ご主人様の御体があの者どもの唾液で汚れるのを未然に防ごうと思った次第です」

「私、退魔師よ?そんなの、日常茶飯事よ」


もうちょっとは気にしてもいいんじゃなかろうか。

このグロテスクなバケモンの唾液だぞ?よくわからない呪いとか篭ってそうじゃないか?

そんなことを思っていると、ふと、違和感に気づく。


「おや。まだ生きているのですかな?」


妖の亡骸が消えないのだ。

基本、妖の死体は残らない。絶命と共に、そこらに漂う妖力として、体が分解されていくはずなのだ。

しかし、ここに転がる黒焦げの肉団子は、ぴくりとも動かないにも関わらず、その場で倒れ伏すのみ。

一応、生きていないかを確認すべく、雷を5回くらい浴びせてみる。


「そんなに撃たなくても死んでますよ」

「…では、如何して死体が残っているのですかな?」

「そいつらのガワ、『人間』だよ」


歩きながらゲーム機を操作していたサクラちゃんの言葉に、ご主人様の喉が、ひゅうっ、と鳴る。

俺は人形の腕で焦げた肉塊を摘み上げると、まじまじとそれを見つめる。

確かに、「元は人間だ」と言われたらそれっぽく思える。

ご主人様もまた、コレが人間だと言うことに気づいたのだろう。

顔を青くし、口元を抑えた。


「禁足地じゃ珍しくもないことだよ。

聞いたことあるだろ?『何かに取り憑かれたように暴れ始めた』って。

コレはその成れの果てさ。

その何かと自分との境目がわからなくなるほどにぐちゃぐちゃに混ざって、肉体すらそっちに寄ってしまったんだ」


言って、サクラちゃんは目を伏せる。

と、その瞬間。

ずず、と音を立てて、その側頭部から枝のような角が二つ伸びる。

その右側だけに桜が咲くと共に、桜色の髪がところどころ黒く染まっていく。

変化はそれだけではない。

サクラちゃんの左腕が黒に侵されていくと共に、鉤爪のように鋭くなる。

背丈こそ変わらないものの、神々しい一方、悍ましい雰囲気を纏う妖が、そこに立っていた。


「このまま死体を放れば、また別の妖が宿って動き出すだろうからね。

こういう手合いは『消しておく』に限る」


彼女が黒の手を薙ぐと、転がっていた亡骸が、まるですり替わるように一斉に桜の花へと変貌する。

さぁっ、と風が吹くと共に、花びらが散る。

数秒もしないうちに、転がっていた花の塊は失せ、そこには何も残っていなかった。


「昔のムクロもこのくらいは出来たんだけど、今だと無理かもね。

手取り足取り教えてやったのに、残念」

「おや。あなた様のような女性の手ほどきを受け、それを忘れるとは。

とんだ恥知らずも居たものですな」

「キミのことだよ?」

「かかっ。なにぶん、頭がカラスなもので」

「変えろよ、ソレ。『鴉天狗』の頭にしちゃ出来が悪いよ?」


ほう。頭まで別物なのか。

鴉天狗の頭。龍神の手。人形の腕。人間の胴体。狐の足。人間に近い魂。

鵺と称される存在と何一つ一致しない部位しかないあたり、今の俺は「テセウスの船」みたいなことになってるわけだ。

…うん。どうでもいいな。ご主人様が変わらずエロかったらそれでいい。

出来ることなら、ご主人様に童貞を捧げたいが、股にモノがないからなぁ。

そんなことを考えていると、サクラちゃんが右手の指を鳴らした。


「まぁ、救いようのないアホである今のキミにも、これくらいなら出来るんじゃない?」


言って、笑みを浮かべるサクラちゃん。

その周りでは、木の根が地面から突き出し、妖を貫いたのが見えた。

ふむ。雷でなら再現出来るかもしれない。

ピンポイントで雷を落とせば、ソレっぽくなるか。


「…カッコつけてるとこ悪いけど、まだ来るみたいよ」

「ま、禁足地だしね。あとはキミらでなんとかしてみてよ。

今、ストーリーが盛り上がるとこで止まってるんだ」


サクラちゃんは体を元に戻すと、再びゲーム機に向き直る。

と同時に、突き出した枝を飛び越えるように、幾つもの影が空を覆う。

人と狼を無理矢理に合わせたような妖たちが、「わゔっ!」と品性のかけらもない鳴き声をあげ、降り注いだ。


「ムクロ。後ろ、任せる」

「かしこまりました」


瞳で妖の位置を把握し、その軌道上に意識を向ける。

ロックオン完了。あとは放つだけだ。

人形の腕で指を鳴らした瞬間、蒼い閃光が落ちる。

いつもより多く妖力を込めたのが功を奏したのだろう、妖はチリとなって崩れていく。

ご主人様の方を見やると、目にも止まらぬ斬撃で、10数体の妖を細切れにしていた。


「許さなくていいわ」


その表情は険しいものだった。

それも無理はない。今しがた殺した妖も、元は人間だったのだろうから。

退魔師の世界は、俺が思うよりも遥かに精神を削るらしい。

ご主人様が精神を病まないよう、一刻も早く禁足地の原因を探らねば。


「こうして受け手に回ってもどうともなりません。

探りますので、少々お待ちを」

「頼んだわ」


意識を集中させ、この場に漂う妖力の流れを紐解く。

複雑怪奇に絡まってはいるが、どれか一つを辿れば、自ずと見えてくる。

意識を集中させること数分。

次なる刺客が俺たちに接近するよりも先に、その根源らしき場所を見つけた。


「突き止めました。あの家を中心に、妖力が駆け巡っております」


俺が指した先は、聳える山中にひっそりと佇んでいた一軒家。

距離で見れば、車で数分ほどだろうか。

車まで引き返せば良い話なのだろうが、道路の崩壊っぷりを見るに、まず車を走らせるのは無理だ。

俺だけ乗り込んで、元凶を家ごと消し飛ばすと言う方法もあるが、睦月さんの様子を見るに調べる気満々だし、そんなことをすればご主人様が追い出されかねない。

見ろ、この無邪気な目を。行く気満々だ。


「近づくごとに変化があるかどうかも調べるんで、ゆっくり進みましょう。

具体的に言うと、二時間後に着くのが理想です」

「…どんだけゆっくり行っても、よくて30分で着くけど」

「妖とかも出るでしょ。適当に遊んでてください。変化の都度、レポート書くんで」

「……面倒臭いわね、このババア」


ごっちん、と頭蓋骨を叩き割らんばかりの勢いで、睦月さんの拳がご主人様の頭に突き刺さる。

が。思った以上に頑丈だったのか、睦月さんは赤くなった手を押さえ、呻き声をあげた。


「ゔぉおっ…。脳まで筋肉が詰まってんですか、アンタ…」

「睦月さんがヤワなだけよ」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「クソ…。禁足地にいルっテこたァ、退魔師ン中でもマジの上澄みジャねェか…。

貰っタ予定表じャ、ンな大物、この辺に来なイとか言ってタロ…?」


時は少し進み。人家を覆う草木を掻き分け、青年が愚痴をこぼす。

禁足地に足を踏み入れることができる退魔師は限られている。

日本国営の組織に属する正規退魔師で言えば、総勢40万人の中でたったの2人。

青年が知らないうちに増えたことも十分に考えられるものの、そういった話があれば、退魔師界隈に変化があるはず。

いや。それ以前に、禁足地の解決に向かうのは、早くて3日後の予定だった。


「考エられンのは…、はぐれノ退魔師か?」


余程の実力者か、それともただのバカか。

禁足地に住まう妖を相手に余裕を見せていたあたり、確実に前者だろう。

退魔師の強さ=霊力量というのは、馬鹿の思考だ。

相手にミジンコ程度の霊力しかなくとも、侮る理由にはならない。

青年は気を引き締め、限りなくゆっくりと中心地に向かう真琴たちの跡をつけた。


「……にしテも、遅クね…?」


ナメクジにすら追い越されそうな牛歩に、青年の表情が引き攣るまで、そう時間はかからなかった。

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