第18話 セクハラ解禁

「『暁』!!」


ご主人様が新しい刀を振るう。

「不壊の秘術」と呼ばれる霊術により、武器の強度を上げる代わりに、重量が数倍にまで跳ね上がっているらしいのだが、どうしてだろうか。

その重さがこれっぽっちも感じられない。

鬼右衛門に打ち勝った技、「暁」を放ち、一瞬にして二十はある的を切り飛ばした真琴ちゃんは満足げに刀を収める。


「だいぶ慣れてきた。

ムクロ、タオルちょうだい」

「かしこまりました」


側で控えていた俺は、手に持った汗拭き用のタオルをご主人様に渡す。

あれ以来、ご主人様はある程度、俺に心を許してくれるようになった。

流石にセクハラは許してくれないが、こうして世話を焼ける程度には打ち解けたと思う。

相変わらず、生い立ちのことは詳しく話してはくれないが。


「ムクロ。10秒後に実戦形式の手合わせね。

戦闘で鈍らないか、確認するわ」

「どうか、お手柔らかに。その刀で斬られれば、タダでは済まないので」

「わざわざ自分の使い魔を自分で殺すわけないでしょうが」


あのような殺し合いを見た身としては、あまり信用できない言葉である。

鵺の王と呼ばれたこの体の頑丈さを信じるしかない。

それに、真琴ちゃんの柔肌に自ら傷をつけるなど、気が引けるどころの話じゃない。

が、使い魔である以上、主人の意向に逆らえないのも事実。

俺はなるべく傷をつけないように立ち回ろうと心に決め、軽く構えを取った。

…格闘技の心得などないが、この構えでいいのだろうか。

俺がそんなことを思っていると、横からサクラちゃんの声が響いた。


「真琴ちゃん、ストップ。

加減知らない今のコイツとキミが模擬戦とか、家が壊れる」

「……ちぇっ」


サクラちゃんの忠告に残念そうに肩を落とし、刀を収める真琴ちゃん。

俺としては戦わずに済んでよかったが、ご主人様はそうでもないらしい。

彼女は「持っといて」と俺に刀を投げ渡し、サクラちゃんの元へと歩く。

小4になるくらいの子供に近い重さがある。とても片手で持てるものではない。

…そういえば、体力があるほど性欲も強いとか聞いたことがある。

ご主人様もその類だろうか。萌える。

俺がそんなことを考えていると、ご主人様がそこらにあった石を拾い、俺の顔面へと投げつけた。


「おうっ」

「全ッ部口に出てたわよ!!

誰が『性欲強い』ですって!?」


霊力が籠ってないからか、全然痛くない。

粉々になった石の破片を払い、俺は「失礼致しました」と頭を下げる。


「運動して性欲強くなるのなんて男だけよ。

ちょっとは役に立つ知識も入れなさい、このカラス頭」


そうなのか。初めて知った。

俺は感心しつつ、サクラちゃんに叱られに行く真琴ちゃんを見つめる。

もうすっかり元気になっているな。

鬼右衛門の一件を引きずっていないかと気が気でなかったが、杞憂だったらしい。

気になるのは、小華ちゃんの方だ。

家族の死が想像以上に心に影を落としたのだろう。

俺たちが役家を離れる時も、彼女は顔を見せなかった。

考えを拗らせて闇堕ちとかしないだろうか。

不安ではあるが、元気でやってることを祈っておこう。

あんなに可愛い子が落ち込んだままなのは、世界の損失にも匹敵する。

…世の中にはそういうのを好む悪趣味な奴も存在するが。


「ああ、いたいた」


と。自室で研究資料をまとめていたはずの睦月さんが、俺たちに歩み寄ってくる。

何か依頼でも入ったのだろうか。

睦月さんの顔には、いつもより5割増しで胡散臭い笑みが張り付いていた。


「依頼ですよ、皆さん。

もちろん今回のも『死ねる系』です」


今、「もちろん」って言ったな?

絶対に意図的だろ、と思いつつ、俺たちは睦月さんの元へと歩き出した。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「今回の依頼は『禁足地の浄化』。

禁足地となる元となった妖、ないしは呪物の破壊になります」

「禁足地とは?」

「字のまんまです。『入っちゃいけない場所』とか、『心霊スポット』。

それがあり得ないほど深刻化したのが『禁足地』ってわけです。

普通の人間なら、入っただけで『パァン!』ですよ」


「死体も残さず爆発四散してもおかしくない」ということか。

前世の俺が突如として爆発する想像を浮かべていると、真琴ちゃんが呆れたため息を吐く。


「アンタが封印されてた場所も禁足地よ」

「ほう、そうなのですかな?

あまり大したことありませんでしたが」

「そりゃ、禁足地に指定された理由の九割九分九厘がアンタの存在だしね」


…まあ、垣間見た記憶だけでも、龍神とかいうヤバいの相手に、腕切り落として奪ってたからな。

あそこに住んでる妖が俺と比べて大したことないのは、考えれば当たり前なのか。

しかし、今の俺に龍神を相手にしてあそこまで追い詰めることが出来る程の力があるのだろうか。

まあ、無いだろうな。力の大半、使い方と弱点どころか、名前すら知らないし。

〈解体〉で分解したものの再現も、俺にはできなかった。

自分の頭の悪さを呪いたい。


「で。依頼者は?」

「ああ。私です」

「は?」


睦月さんの返答に、ご主人様が面食らう。

それは果たして「依頼」というのだろうか。

俺たちの疑問が読めたのか、睦月さんは怪しげな笑みを浮かべ、口を開いた。


「依頼と言いましたが、実際にはちょーっと国のデータベースに忍び込んで、良さそうなのを勝手に解決しに行こうと思いましてね」

「危険な橋を渡り過ぎでは?」

「禁足地の依頼なんて、はぐれには回ってきませんからね」

「またブッキングしないでしょうね?」

「派遣は3日後とか書かれてたんで、大丈夫でしょう」


フラグにしか聞こえない。

退魔師の予定が前倒しになるとか、ザラにありそうだが。

俺が不安を覚えていると、真琴ちゃんが諦めたような顔つきで俺の肩を叩いた。


「こういう人よ。好奇心のためなら道徳倫理ガン無視するタイプ。

現場で命張る人間のこと、なーんにも考えてないもの」

「知っております」


車内で丸聞こえだというのに、つらつらと罵倒を並べるご主人様。

睦月さんは好き放題言われるのに慣れているのか、それともなんとも思ってないのか、まるで修学旅行のバスに乗った小学生のような笑顔を浮かべ、鼻歌を奏でていた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「はっ、はっ…、はっ…!

な、なんで…、なんでっ…、私が、こんな目にぃい…!?」


その頃、とある廃村にて。

退魔師であろう、巫女服の少女の乱れた吐息が、忘れ去られた村の中を駆け巡る。

目尻に涙を溜め、恐怖を浮かべながらも、必死になって、その場から逃げ出そうと足掻く。

と。それを嘲笑うように、彼女の耳元で声が響いた。


「おヤぁ?オレを捕エるとか言っテたのニ、逃げていイの?」

「ひぃっ!?」


彼女がそちらを向くと、黒の強膜を彩るように置かれた赤の瞳が、自分を捉えていることに気づく。

悲鳴と共にその場に倒れ込むと、その瞳の持ち主である青年が、ケタケタと笑い声を上げた。


「クはハっ。『なんちゃらの巫女』とかイキってタわりにャ、ズイブンな腰抜けだネ。

ショージキ、殺ス価値もなイけド…、マ、見せシメにはなルかナ?」


言って、青年は軽く手のひらを開く。

瞬間。そこから粘り気のある黒い液体が溢れ出し、地面を濡らした。


「や、やだっ…!やだぁ…!!

やめて、やめてよぉ…!!」

「オ、命乞いかァ?オレも昔、何回モ言ったこトあるゼ。

テメェら退魔師は聞きャしなかっタけドナ」


地面を黒く染め上げる液体から、夥しい数の細い腕が伸びる。

少女の輪郭を少しずつ隠していくように、腕が彼女の肌を撫でる。

ゆっくりと黒に侵されていく体を見ながら、半狂乱になる少女に、青年は淡々と語る。


「安心しロ、死にャしないゼ。

…いんヤ。正確に言えバ、『死ねネぇ』ってノが正解かナ?」

「え、えぁっ…!?は、ひ、ひぃ…!?」

「大丈夫大丈夫。スグにどーデもヨくなル。

『こン中』の一人になルだけサ」

「やだっ、やだっ!やだぁああああっ!!」

「ワガママ言うなヨ。テメェらも同じこトやってタくせに」


酷く冷ややかな言葉と共に、少女の体が黒の中へと解けていく。

自分が少しずつ分解されていく感覚を前に、少女はただひたすらに「ごめんなさい」と繰り返した。

哀れが一周回って滑稽なほどに取り乱す退魔師を前に、青年は薄く笑みを浮かべる。

足を失い、その場に倒れ込んだ少女と視線を合わせるようにしゃがみ、軽く顎を持ち上げる。


「謝ルならサ、教えてくレよ。

『鬼右衛門サン』を殺しタ退魔師」

「は、はっ…、は、ひっ…」


答えなければ、殺されてしまう。

そんな恐怖を前に、少女は頭をフル回転させ、答えを探す。

彼の言う「鬼右衛門」が誰かもわからないが、この際、真偽の程はどうだっていい。

少女は震える声で叫んだ。


「は、はぐれ!はぐれの退魔師よ!!」

「あっソ。じゃ、バぁイ」

「………え?」


少女が惚けるのも束の間、黒が彼女の腕すら奪い去っていく。

胸元まで来た分解の波に戦慄いた彼女は、ヒステリックに青年に吠えた。


「話が…、話が違うじゃない!?

答えたら見逃してくれるって…」

「ンなこト言ってネーヨ、バァーカ。

どんだケ頭がめデたいンだヨ。とっト呑まれロ」

「あ、あ、ぁぁあああああああっ!?!?」


絶叫と共に、少女の体が黒の中に消える。

青年は地面に蠢く液体を手のひらから取り込むと、ある方角を見やった。


「…オ。ナイスタイミング。

あっチに居るノにモ聞いテみるカ」


それは奇しくも、真琴たちが向かっている禁足地がある方角だった。

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