第8話 初めての怪異は水子箱②
「…ついてこなくても宜しかったのですよ、ご主人様」
気配のする方角へ、草をかき分けながら歩く最中、俺はすぐ後ろについて回る真琴ちゃんを宥める。
自惚れるわけではないが、俺は「鵺の王」などというたいそうな称号をつけられるほどには、相当に強い妖らしい。
気配を感じることができる以上、水子箱の破壊も容易だろう。
わざわざご主人様が危険を犯すほどのことではない、と言外に伝えるも、真琴ちゃんは膨れっ面で反論した。
「嫌よ。なんもしてないプー太郎になるじゃない。
それは退魔師とは言わないわ。妖使いよ」
「わたくしの手柄はあなた様の手柄。
わざわざ死地に出向くなど…」
「…私が嫌なの。口出ししないで」
「何故、そうまでして退魔師であることに拘るのですかな?
真琴様であれば、もっと別の道もあった筈で御座いましょう?」
一瞬、真琴ちゃんの表情がこわばった。
あまり触れられたくない話題なのだろうか。
俺の問いに言葉を返すことなく、真琴ちゃんは「ほら、さっさと行く」と促した。
「…ムクロって、痛いとこ探ってくる割には、がっついてこないわよね」
「かかっ。女性の心に踏み込むには、まず浅すぎず、深すぎない関係を作ること。
その上で、時期を正確に見極めるのが定石で御座います」
「……そう言う割には童貞クサいわよね、アンタ」
ご主人様の鋭い指摘に、俺の心は傷ついた。
先ほど述べたのは持論だが、少なくとも真実であると俺は思っている。
だって、このアドバイスを送った友人がその半年後に結婚したもん。
俺が死ぬちょっと前に、可愛い男の子が生まれたと呆れる程にデレデレしながら自慢してきたっけか。
前世を思い出したら悲しくなってきた。
ちくしょう。なんでモテ期は来なくて、恋愛相談は来るんだ。
そんなことを考えていると、ふと、気配の変化に気づく。
「…似たモノがいくつか出てきましたな。
わたくしたちが近づいていることに気づいているのか、それとも…」
「誘導するための尖兵か、ね」
気配の中から、新しい気配が出てきた。
妖っぽいが、怪異にも似ている。
怪異の影響を受けた妖か何かだろうか。
そんなことを思っていると、草木をかき分けるような音が鼓膜を揺らした。
「真琴様。わたくしのそばから離れぬよう」
「怪我も治ってるし、心配無用よ」
言って、すっ、と小さい音を立てて抜刀する真琴ちゃん。
剣道を体育の授業以外でやったことのない俺でも、抜刀までの流れが綺麗に思える。
片手で刀を構える真琴ちゃんに、妖と怪異の気配が混ざったオーラを纏う何かが迫った。
「おっと、危ない」
真琴ちゃんが攻撃する前に雷を放ち、襲撃者を穿つ。
そこに転がったのは、赤黒く、グロテスクな見た目をしたクリーチャーだった。
よくよく見ると、胎児に近いシルエットをしている。
これが水子箱に宿り、妖力に転じた水子の霊なのだろう。
コトリバコのごとく、目に見えない呪いを撒き散らすものかと思っていたが。
…掲示板で流行った、いわゆる「洒落怖」とかも居るのだろうか。
「…ちょっと。今のなら私でも…」
「主人を守るのが使い魔の仕事では?」
「そうだけ…どっ!」
と。姿の視認が困難な勢いで背後に迫ってきた妖に、真琴ちゃんが振り返り、突きを放つ。
刺さりは浅かったものの、衝撃に負けた妖が吹き飛び、木にぶつかった。
真琴ちゃんの刀を見やると、鋒にだけ霊力が宿っている。
少しばかり息が乱れていることから、霊力を振り絞って武器に籠めているのだろう。
なるほど。確かに、退魔師には向いてない。
額に薄く傷を作った妖は、赤子の鳴き声を悍ましくしたような声を上げ、再びこちらに迫った。
原付くらいの速さだろうか。
不可思議な挙動で距離を詰める妖の顎を掴み、そのまま頭を握りつぶした。
『あぎゃっ!?』
「…ふむ。急所は頭部のようですな」
「だから狙ってたのよ。
…霊力ないから、ちょっとしか刺さらないけど」
本当に霊力に恵まれていないだけなんだな。
先ほど雷が直撃した妖の頭部を踏み砕きながら、そんなことを思っていると。
更なる襲撃者を知らせるように、ガサガサと音があちこちで響いた。
「いやはや、どうしたものでしょうな」
「いちいち構ってらんないわ。
それに…、誘い込むつもりで送り込んでると思うのよね」
真琴ちゃんの言葉に、俺たちの周りを囲む気配に、意識を集中する。
確かに、不自然に包囲網が薄い箇所がある。
誘い込まれているというのは、間違いないだろう。
俺は人形の手でご主人様の体を抱き上げると、木の上へと飛び上がる。
「きゃっ…!?」
「相手は赤子の霊です故。咄嗟の木登りなど出来はしませんでしょう?」
「ちょっ、今、スカート!!
スパッツ見える!!」
「ふむ。…美しい」
「ギャァアーーーーッ!?!?」
シバかれた。今のは俺が悪い。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「次、あんな風に運んでみなさい。
馬糞の山に埋めるわよ?」
「申し訳御座いません。
なにぶん、性分なものでして」
「性分で主人のスカート覗くんじゃないわよドスケベ!!」
「おうっ」
水子箱から放たれた怪異を振り切った先にて、俺のケツにタイキックが突き刺さる。
人間の頃だったら、間違いなくその場で崩れ落ちている威力だ。
顔を真っ赤にし、こちらを睨め付ける真琴ちゃんの視線は、間違いなく痴漢に向けられるソレである。
…いや、しかし。あの美しい曲線を前に、理性が吹っ飛ぶのは仕方ないと思う。
筋肉が詰まっていながらも、柔らかさを感じさせる、安産型のいい尻だった。
前世だったら迷わず通報されるようなことを思っていると、ご主人様の平手が俺の嘴に突き刺さった。
「おうっ」
「まじまじとお尻見んな、変態!!」
「…見ていましたかな?」
「見てたわよ!穴が開くほど!!」
「これはこれは、申し訳ない。
なにぶん、長ぁい間、女性を目にすることがなかったもので」
視線でわかるというのは、どうやら本当だったらしい。
こんな変態が使い魔でごめんなさい。
数万年も禁欲生活送ってたせいで倫理観ぶっ壊れてるんです。
脳内フォルダに真琴ちゃんのスパッツを保存する傍ら、俺はあたりを見渡す。
「はて。この場に在るはずなのですが…」
「結界で隠れてるんじゃない?
ムクロ、ちょっと気配のする方に雷」
「ぴっかぁ」
「サクラに影響されたか知らないけど、次やったらシバくわよ」
某電気ネズミの真似をしたら叱られた。
気配の方向に向け、軽く雷を放ってみる。
と。まるで壁に当たったかのように、雷がその場で弾け散った。
威力を弱めにしたのが悪かったのか。
そんなことを思っていると、真琴ちゃんが壁のあった方を確かめるように、手を伸ばした。
「……ここね」
とぷん、と、水の中に突っ込んだかのような音を立て、真琴ちゃんの手首から先が消える。
これが結界というやつか。
真琴ちゃんは慣れているのか、そのままずぶずぶと結界へと入っていく。
俺も同じように中に入ろうとすると、ばちん、と弾かれてしまった。
「おや」
俺を入れる気はないらしい。
そう言えば、睦月さんが「勝ち確の相手しか襲わない」と言っていたっけか。
龍の手に力を込め、手を突っ込んでみる。
今度は少し、結界へと食い込んだ。
が、それ以上は深く刺さらない。
「参りましたなぁ…。
ご主人様と引き離されてしまった」
成る程。全力で俺を拒んでいるようだ。
易々と死ぬタマではないだろうが、急がないとまずい。
俺はカラスの頭で思考を巡らせ始めた。
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