第7話 初めての怪異は水子箱①

「国の運営外の退魔師を『はぐれ』と言いますが、正確に言えば『民営の退魔師』のことを指します。

真琴ちゃんしか所属してませんが、私、退魔師事務所を運営しているんですよ。

ま、デスクワークはほとんど使用人に押し付けてるんで、基本的にニートしてますが」


翌日。「依頼があった」とかで睦月さんに無理やり乗せられた車の中にて。

気配を必死に抑えている俺は、平静を装いながらも睦月さんに問いかけた。


「稼げるのですかな?」

「無理ですね。それに、お国様が出す依頼と違って難易度はピンキリです。

クソほど簡単なものもあれば、軽く死ねるバケモンを相手する時もあります。

それで稼げても二束三文という、ブラック企業顔負けの惨状です」


「時給換算でなんと500円」と付け足し、緩やかにハンドルをきる睦月さん。

いくら何でも安すぎやしないだろうか。

それで生活している人がいるのか、とさまざまな疑問を浮かべながら、ダンベルを上げ下げする真琴ちゃんを横目で見やった。


「鍛錬中、失礼いたします。

真琴様、傷は大丈夫ですかな?」

「今朝、サクラに治してもらった。

妖力の使い方を忘れたバカラスと違って、妖術でパーって」

「はて、どこの阿呆ですかな?」

「アンタよアンタ。トボけんな」


半目で睨め付けながら、ふぅー、と息を吐き、14キロのダンベルを上げる真琴ちゃん。

かれこれ一時間はこうしているが、汗もかいていなければ、息も乱れていない。

俺がまじまじとトレーニングを見ていると、真琴ちゃんは「あんまジロジロ見んな」と素っ気ない態度で吐き捨てた。


「で、今回の依頼ですが…、誠に残念ながら『死ねる系』です。

妖では無く、『怪異』を相手にします」

「ふむ…。妖と何が違うのですかな?」


妖と怪異って、たしか同じ意味じゃなかったっけか。

俺の問いに、睦月さんは待ってましたと言わんばかりに声を弾ませ、説明を始めた。


「怪異は現象そのもののことを指します。

呪術とか、神罰とかがソレに当たりますね。

で、それが知性を宿したのが妖です。

今回はその怪異の発端たるブツをブッ壊しに行くわけですが…。

これまた簡単じゃないんですよねー」

「簡単じゃない、というと?」


面倒くさいオタクみたいな早口だ。

だが、情報を噛み砕いてくれているため、非常にわかりやすい。

研究家と呼ばれるだけはある。

睦月さんはペットボトルのお茶をちびちびと呷りながら、話を続けた。


「怪異は己の保全しか頭にないので、徹底的に隠れるんです。

で、勝ち確だと思った相手しか襲わない。

結界を張ってたりするともう最悪で、発見自体が無理ゲーになります」


すごい。究極に性格が悪い小物ボスみたいなイメージになった。

自己解釈を語れて満足だったのか、気を良くしていた睦月さんに、真琴ちゃんが半目を向けた。


「妖よりも厄介ってこと、言ってませんよ」

「…真琴さんの言う通り、怪異は妖と違って話は通じないし、無差別に暴れるしで、死ぬほどタチが悪いです。

江戸時代には、村がまるまる飲み込まれて、そこにいる人間全員が怪異の尖兵になったって記録も残ってます」


「ま、ホントかは知りませんが」と付け足し、ニマニマと笑みを浮かべる睦月さん。

研究成果を披露できたことがよほど嬉しいらしい。

熱中できる趣味があるのはいいことだ。

…流石に限度はあると思うが。

そんなことを思っていると、車が短いトンネルへと入る。

また以前のようなことになっていないか、と注視してみると、微かに何かの気配を感じた。

数秒もしないうちに飛び込んできた田舎の光景を前に、俺は眉を顰めた。


「……確かに、何か在りますな。

妖とは少し違いますが」

「生意気極めてるクソガキ使い魔よりかは役に立ちますね。流石は鵺の王」

「菅原道真の桜をそんなふうにこき下ろすの、睦月さんだけだと思う」

「今は私が主人ですし、下僕をどう罵倒しようが私の自由です」

「クソガキの頃から面倒見てやったのに、随分な言種だね」


睦月さんの隣でゲーム機に齧り付いていたサクラちゃんが、低い声を彼女に向ける。

が。そんなこと知ったことか、と言わんばかりにスルーされてしまった。


「さ、そろそろ依頼者の家に着きますよ。

降りる準備を」


…あれ?俺、依頼者に会って大丈夫?

そんな疑問を浮かべる暇もなく、車は古い一軒家の前で止まった。

その数秒後、絶叫が轟いたのは言うまでもない。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「いやぁ、申し訳ない。

使い魔を見たのが初めてだったもので…」


言って、ぺこぺこと頭を下げる老父。

彼が今回の依頼者であり、俺を見て絶叫をかました人物である。

俺の脇腹を真琴ちゃんが肘でドツき、「謝りなさい」と促した。


「いえ、無理も御座いません。わたくしの見てくれはまさしくバケモノ。

畏怖を感じるのは至極当然かと」

「はぁ。こんなに礼儀正しい妖もいるんですねぇ」

「取り繕ってるだけで、中身真っピンクのドスケベですよ」

「ご主人様のような女性が好みです」

「言わんくていい!!」


ばしっ、とご主人様の平手が俺の脳天に叩きつけられる。今のは俺が悪い。

老父はそれに苦笑しながら、「ささ、おかけください」と、俺たちを和室に案内した。

用意された座布団に俺たちが腰を下ろすと、老父は再び一礼し、同じく腰を落ち着けた。


「改めまして、ここの自治会長をしております、村田と申します。

今回、睦月様たちには『水子箱』という呪物を破壊していただきたいのです」

「どんなシロモノで?」


聞いたことのない怪異だ。

睦月さんも初耳だったのか、老父…村田さんに食い気味で問いかける。

村田さんは一瞬、話していいものか、と言わんばかりに思い悩んだ表情を見せ、口を開いた。


「元は水子を供養するために作られた箱だったのです。中には、何十人もの水子の遺灰があるとかなんとか…。

ですが、水子塚に安置された直後、戦でその場所が荒らされてしまったのです。

その後、なんとか箱を回収できたのですが、水子たちの怒りからか、次々と人を呪い殺していった…と、記録に残っています」


水子といえば、死産した子供のことか。

昔だと、そのほとんどが水葬だと聞いたが、この村は火葬だったらしい。

大学生の頃、民俗学を履修して良かった。

村田さんがプリントの束を睦月さんに手渡す傍ら、そんなことを思っていると。

サクラちゃんが軽くため息を吐いた。


「怪異にはよくある話だ。

供養が中途半端だったから、そこにいた水子の霊が妖力に転じて呪物化したんだろう。

水子は純粋だから、染まりやすいんだよ。

そんなところで戦をするなんて、余程のアホが居たもんだ」

「はは…。鋭いことを言うお子さんだ」


どうやら、サクラちゃんは使い魔だと思われていないらしい。

見た目は完全に人間の小学生な上、気配も完璧に隠しているのだ。

勘違いするのも無理はない。

完全に近所のお子さんを見るような目を向けていた村田さんだったが、即座に神妙な面持ちへと戻った。


「話を戻しますと。当時、村の退魔師によって封印されていたのですが、つい先日、村の子供達が壊してしまって…。

既に6名もの犠牲が出てしまっています。

挙げ句の果てには、箱もどこへ行ったのか分からずじまいでして。

国の方に依頼を出そうという話も出たのですが、なにぶんお金が足りず…」

「怪異を祓うとなると、高く付きますもんね。ま、難易度的に仕方ないことではありますが」


祓うこと自体は可能だけど、見つけるまでが難しいからか。

俺のような使い魔で探せないのか、と思っていると、真琴ちゃんが俺に問いかけた。


「ムクロ。アンタ、使い魔で探せばいいとか思ってないわよね?」

「違うのですかな?」

「普通は無理よ」

「……使い魔とは、悲しいものですなぁ」


使い魔が普及していない理由をまた一つ理解した。役に立つ場面がほぼ無いんだ。

無いとは思うが、お払い箱にならないように頑張ろう。

と。一通り話を聞き終えた睦月さんが、鞄から契約書らしき紙を取り出し、村田さんに差し出した。


「では、この条件で引き受けましょう。後払いで結構です」

「わかりまし……え?」


紙に目を落とした村田さんが固まる。

法外な値段でも書かれていたのか、と思っていると、村田さんが凄まじい勢いで睦月さんに詰め寄った。


「こ、これはいくらなんでも安すぎます!

しかも後払いなんて…!!」

「気にしないでください。

それに、ウチのスタッフは優秀なんで、すぐに終わりますよ?」


言って、睦月さんの視線が俺に向く。

俺は肩をすくめ、ため息を吐いた。

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