第16話 殺し合い②

「おじいちゃーん!あそんでー!」

『おぉ、いいぞ。蹴鞠でもするか?』


小華には、生まれた時から妖の家族がいた。

役 鬼右衛門。自らを役家が座す山に封じた、戦国時代の退魔師であり、尊敬する祖先。

役家から出る退魔師のほとんどは、彼に見守られながら育った。

それは小華も例外ではない。

恐ろしさを孕みながらも、柔らかな感情が見て取れるその顔が、小華は好きだった。


「おじいちゃん、お空になにがあるの?」

『…さあ、な。吾輩にもわからん』


だが、その顔がふと曇ることが多々あった。

決まって、何かを思い出したかのように顔を歪め、空を見上げるその姿。

それがどうしても好きになれなかった。


「おじいちゃ…、51代目。

稽古、お願いします」

『うむ』


成長していくにつれて、家族は師となった。

霊力の扱いこそ教わらなかったが、退魔師として必要な運動能力は、彼の元で培われた。

彼の厳しい指導を耐え抜いた後、一緒に飲むジュースが何より美味しかった。


『吾輩はな、ずっと待っておるのだ。

あの時代の猛者たちの如き者を』


そんなある日。

彼が500年間抱き続けた悲願を知った。

小華は最初こそ、「ずっと共に生きてほしい」と頼もうとした。

だが、彼の子供のようなまっすぐな眼差しが、それを阻んだ。

夢が500年も叶わないとは、どんな気持ちなのだろうか。

想像するも、答えは出ない。

生まれた時代も環境も、血のつながり以外の共通点をほぼ持たない小華では、彼の苦しみを真に理解できないなど当たり前だ。

だが、真に理解できずとも、それが途轍もない苦しみであることだけは理解できた。


「…おじいちゃん。いい人がいたら、紹介するね」

『……そうか。ありがとう』


小華の震えた声に、鬼右衛門の柔らかな声音が響いた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「……おじいちゃん」


小華は眼下で繰り広げられる凄絶極まる死闘に、小さく呟く。

幼き頃から共にいた家族が、死に一歩ずつ近づいている。

鬼右衛門はそれを望み、小華はそれを叶えられる人間を見つけてきた。

家族を死に追いやる思いやりがあってたまるものか。

だがしかし、これ以上苦しませるのも残酷な所業に他ならない。

どうすればよかったのだろうか、と思い悩んでいると、隣で様子を観察していた睦月が口を開いた。


「…特撮世界でも生身でやってけそうなスペックの真琴さんでも苦戦するとは、相当鍛えてますね、彼。

妖力によるドーピング無しでしょ、アレ?」

「…妖相手にしかしません」

「ふぅん。三子の魂百までとは言いますが、ここまでですか」


小華からすれば、真琴の方が異常だ。

左腕は骨が砕け、足は一度関節が外れてる。内臓もいくつか破損しているだろう。

しかし、そんなハンデなどまるで無いかのように、彼女は鬼右衛門と渡り合っていた。


「…よくイカれませんね、真琴ちゃんの刀。

流石は神器と言うべきですか」

「神器と言っても、粗悪品です。

柿崎さんが使ってるのは、ご先祖さまが訓練用に使っていたもので、ただの人間が片手で持てるような重さではないんです。

鬼の力に耐えられるよう、頑丈に作ってあるらしいので」

「神器としてはナマクラも良いとこなんですねぇ。…アレ相手によくやりますよ」


睦月が視線を向けた先は、真琴が振るうナマクラと打ち合う鬼右衛門の刀。

絢爛な装飾のないシンプルな作りだが、素人目で見たとしても、それがかなりの業物であることがわかる。

あの膂力と業物による必殺の一撃をモロに受け止めて腕が砕けた程度で済んだのは、奇跡という他ない。

睦月はその視線を、互いに血と唾を撒き散らしながらぶつかり合う二人から、隣で複雑な表情を浮かべる小華へと向ける。


「…そんなに嫌なら、依頼出さなきゃ良かったでしょうが」

「…嫌と言うわけじゃないです。

納得できる形に整理できないだけで…」

「覚悟はできてたんでしょ?」

「……しては、いました。

このままだと、おじいちゃんが辛いままだからと思ってました。

…でも、その、おじいちゃんには生きて、私のことを見てて欲しいとも思うんです」


言って、震える息を吐く小華。

彼女は自分のエゴと鬼右衛門の悲願を天秤にかけ、後者を選んだ。

しかし、小華はまだ15歳。そう割り切れるほど成熟しているわけではない。

うまく感情を言語化できないのか、言葉を探すように視線を右往左往させる小華。

それに対し、睦月は淡々と口を開いた。


「そんなもんですよ、人が死ぬなんて。

どう足掻いても、死は誰かに後悔を残す。

後悔を残さないように生きて死ぬなんて、出来っこありません。

この決闘も、どんな結果であれ、あなたに後悔を刻み込むことでしょう。

あなたにできるのは、その後悔とどう付き合っていくかを模索することです。

…今はただ、見守りましょう。この殺し合いを」


睦月は言うと、視線を二人へと戻す。

小華もまた、煮え切らないながらも、視線を彼らへと向けた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


『…そんな体で膝をつかないとは、大したものだ』

「アンタに言われたかないわよ」


満身創痍と言っても差し支えない程に負傷しているにも関わらず、澱みなく言い放つ二人。

とは言っても、真琴は出血量が祟ったのか、それとも余力を攻防に回しているのか、声にあまり力はこもっていない。

対する鬼右衛門も、声に荘厳さこそ残っているものの、威圧感はほとんど感じられなかった。

だがしかし、二人の間に流れる空気は、酷く重苦しい。

この数秒で決着がつくだろう。

それを悟ったのか、鬼右衛門が口を開いた。


『互いに、ただの一度も技を放つことなく終わる…というのも、寂しいものだな』

「…退魔師の家に生まれた人間が技を放つってことは、どういう意味かわかってるわよね?」

『ああ』


退魔師にとって、技とは自身のアイデンティティに他ならない。

故に必中、故に必殺。外すことも、仕留められないことも許されない一撃。

その技が通じなければ、絶対に勝てない。

そう思えるほどに退魔師としての研鑽全てが乗った絶技だけを、彼らは「技」と称するのである。


「『放つは我。故に必中、故に必殺』」


互いに刀を収め、姿勢を下げる。

居合。通常は不意打ちで使う剣技であり、戦闘中に放つものではない。

が、しかし。彼らは其れを己そのものと呼べるほどに研ぎ澄ませていた。


「『故に、散れ』」


咆哮と共に、刀が抜かれる。

その一瞬、鬼右衛門の脳裏に走馬灯が駆け巡った。


♦︎♦︎♦︎♦︎


役 鬼右衛門。彼が生まれ落ちたのは、戦乱の世であった。

名だたる武将が群雄割拠する時代。

が、しかし。彼が仕えたのは、歴史に名を残せなかった男だった。

別に野心がなかった訳でも、優しすぎたというわけでもない。

ただ、将とするには、何もかもが弱かった。

それだけの話である。


「何故です!?何故、私を部隊に組み込まぬのですか!?」

「鬼右衛門、君は退魔師だ。

適材適所。君の力は、あの戦場で振るわれるべきではない」


鬼右衛門が将と仰いだ男は、役家と付き合いが長い家に生まれた者だった。

だからこそ、彼を徹底して退魔師として扱った。

役家に生まれ、役小角の名を継いだのだ。

退魔師として、修験者としての誇りがあると考え、鬼右衛門を人殺しにはしなかった。

それが鬼右衛門にとっての苦痛だとは、これっぽっちも考えず。


鬼右衛門は修験道を収めてはいるが、なにも敬虔な仏教徒というわけではない。

役小角の名を継いだのも成り行きであり、彼の憧れは武士たちにあった。

退魔師というのは、ただの付加価値で良かったのだ。

結局、主人と仰いだ人間は、戦わずして名のある武将の軍門に降った。

と同時に、鬼右衛門は長年のストレスが祟ってか、癒えぬ病魔に伏せた。


「死ねぬ…!死ねぬ…!私はまだ、戦に…!」


戦に出て死にたい。手柄を立てて死にたい。

…いや、贅沢は言わない。互いの命を削り合う殺し合いの中で死にたい。

そんな願いなど叶うはずもなく、命尽きようとしたその時だった。


積もりに積もった負の感情が、霊力を妖力へと書き換えたのである。


「こ、これは…?私は、一体…!?」


気がついたときには、彼は鬼となっていた。

これで病で死ぬことはない。

ソレどころか、武士として戦に出ることが出来るのではないだろうか。

そんな淡い希望も、主人に退魔師を差し向けられたことで消え失せた。

退魔師は基本的に、霊力ばかりを鍛える。

霊力を鍛える方が出来ることの幅も広がる上、体を鍛えるよりも結果がすぐに出やすいため、仕方のないことである。

が、しかし。鬼右衛門の望む殺し合いが出来る人間は、ついぞ現れなかった。


鬼右衛門は半ば諦めたように、自ら役家に赴き、首を差し出そうとした。

しかし、鬼右衛門は退魔師として、豊富な経験と、確かな実力があった。

故に、鬼右衛門は指南役として任命され、役家が佇む山から出られないよう、更には自殺が出来ないように術を施された。


そんな絶望の日々が続いた500年。

彼の願いを汲み取った子孫は、ただの一人も現れなかった。


「…おじいちゃん。……その、さ。

いい人、見つけたんだ。やっと、夢…、叶うよ」


役 小華を除いて。

彼女はぼろぼろと涙をこぼすほどの悲しみに包まれど、自分のエゴや役家としての益よりも、鬼右衛門の悲願を選んでくれた。

何度も何度も、育てた子孫を見送った。

何度も何度も、子孫が先に死んだ。

だが、その地獄ももう終わる。

鬼右衛門は最後と言わんばかりに、小華の体を優しく抱きしめた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


────『暁』。


響いたのは、真琴の声。

一瞬で放たれた『10回の斬撃』が鬼右衛門の一撃に勝り、その首を跳ね飛ばしていた。




───────────────────

補足とあとがき


真琴の使っていた刀…ただひたすら頑丈なだけのナマクラ。訓練用なので銘すらない。通常の刀の20倍は重い。数値化すると、普通の刀が一キロなのに対し、この刀は20キロあることになる。まず両手で持てても構えられない。鬼の血を引く小華はそこそこ使える。


鬼右衛門の刀…前鬼、後鬼という、神格化された鬼の加護が宿った神器。元が鬼の力を最大限に活かすというコンセプトで作成されたため、通常の32倍の重さを誇り、常人はおろか、小華でも扱えない。銘を知るのは鬼右衛門だけ。


『技』…今作において、技は退魔師のアイデンティティそのもの。退魔師を名乗るなら、必ず当たり、必ず殺せる技を一つだけ極めねばならない。相伝のものもあれば、オリジナルのものもある。霊力や妖力による『術』とは別なので注意。


暁…真琴の『技』。10回の斬撃をほぼ同時に放つ、フィジカル全振りの真琴だからこそ出来る技。霊力不足が祟り、この技で倒しきれなかったことは腐るほどあるが、外したことは一度もない。やはりバケモノ。


今回、ドスケベ一言も話さなかったな…。

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