残酷な現実に、明くる日の思い出を添えて。

第18話 幻と再会

 ソンリェンは一人、捜索を続けていた。

何故かベガや部下とも連絡が取れない。彼は大広間へ向かう。

彼女は倒れていた。

「ベガ先輩っ……! 」

もう脈はなく、服は血だらけだ。ただ、彼女は諦めたような顔で笑っているように見えた。

ソンリェンは激しい憎悪に燃えていた。

「一体チャムロ・ジュンカは、何がしたいんでしょうか……? これまでに、彼女はどれだけの人を犠牲にしてきたのでしょう……」

そして、もう一度呟く。

「シーラン先輩も、ジュンカが殺したようなものなのでしょう……! 」


彼は思い出す。

ジュンカが警察組織を裏切ったときのことを。

彼女は僕達が逮捕するはずだった殺し屋に情報を提供したらしい。シーラン先輩の潜伏場所は特定され、その殺し屋に殺された。

あの日の怒りを、僕は一時も忘れたことはない。

彼はゆっくりと立ち上がる。

その時にベガの拳銃がないことに気づく。ジュンカが取っていったのだろう。彼女は武器を持っていないから、殺した相手から武器を奪い取っているようだ。

僕は改めて決意する。

「チャムロ・ジュンカは生かしておけない……! リカルドとの約束は、守らなくたっていい。シーラン先輩、ベガ先輩、これまでに犠牲になった全員の敵を、僕はとります……! 」 


 リカルドは一人別室で寝ていたが、騒ぎを聞き立ててスイートルームを見にいく。

部屋を見た彼は、手で口を覆うしかなかった。椅子は倒れ、警察官は血を流しながら倒れている。

「……ジュンカお嬢様は……どこに、行かれたのです……? 」

彼は一人、部屋の前で膝から崩れ降ちた。

「お嬢様は……チャムロ家に戻らないのですか……? 」

歯を食いしばり、リカルドは立ち上がる。


 ジュンカは一人、船上を逃げ続けていた。

警察官はこれまでに何人も殺したが、単純な引き算で考えてもソンリェンを含めてあと三人生きている。それに、殺した警察官から奪った拳銃にサイレンサーはついていないのだから、むやみに発砲はできない。

一度休憩しようと思い、ドアが空いていた機械室に入る。

室内は蛍光灯の光が切れかかっていて、薄暗く陰湿な雰囲気を醸し出していた。

彼女は息を吐き、壁によりかかった。

その時だった。

ジュンカは突然の頭痛に襲われ、顔を歪めながら頭を手で押さえる。

痛みにもがきながらも、目の前に何かがぼんやりと映る。

これはまぼろしなのだろうか……?


人が、倒れている。

死体だ。

ベガでも、他の警察官でもない。

彼は一体、誰……?

その少年の服はボロボロだった。

心臓あたりから、深紅の血を流している。

そして、誰かがその死体の後ろで叫んでいる―――――。


「はっ…………! 」

彼女は、浅い息を繰り返す。

機械を動かす音が、急に恐ろしく感じられた。

顔色はあからさまに悪く、額にいくつもの汗の玉が浮かぶ。

体にうまく力が入らなかった。彼女は震えていた。

「この世界から逃げ続けても、いつかは、絶対に、捕まる……。だったら、その前に、罪を償わないと…………」

彼女は持っていた拳銃を投げ捨てる。

カン、と無機質な音が反響した。

彼女はうろたえているまま、なんとか震える足で部屋を出る。

行き先は決まっていた。


 彼女は船の最上階に設置されている広いデッキに出ていた。冷たい風が吹き付けるが、彼女が立ち止まることはなかった。

ソンリェンがよく使うタバコの吸殻が落ちているが、彼女はそんなことを気にもとめずに歩く。いつもの彼女の洞察力なら容易に気づけるのだろうが、今はそんなわけにはいかなかった。

デッキの手すりに捕まる。

金属でできたそれはまるで氷のようで、私の手を冷やした。

「やっぱり……私は生きていてら駄目、だった……」

ふと、『彼』と会った夜を思い出す。

今日と同じで、冷える夜だった。

つい数ヶ月前のことなのに、何故か恐ろしく昔のことのように感じた。

「あの時、彼は、殺してくれなかった……私が死んだら、罪を、償えたのに……」

彼女は片方の手にだけついていた手錠を外す。

そして彼女は、デッキの手すりから身を乗り出す。

闇の中で黒く光る海が見えた。

彼女は何も考えられなかった。

「私が生きているだけで、何人もの人が犠牲になる……。私の死でも、きっと罪は償えない……けど……もう、これしか私に残されていない……」

小さい声で、ごめんなさいと呟く。

彼女は海へ落ちようとした。


パシュ、とサイレンサー越しの拳銃の発砲音がした。

驚きを隠せず急いであたりを見回すと、私の手の数センチ隣に銃弾がめり込んでいた。

ジュンカは作った笑いしかできなかった。

と再会してしまったから。

「どうして、ですか? アナタは、どうして…………」

彼はサングラスをしていた。

が、黒いスーツのポケットにサングラスをかける。

銃口をこちらに向けたまま、彼は言った。

「久しぶりだな、ジュンカ……」

彼は、『殺し屋』のスピアは、私に向かって言った。

「こんなところで、何をしている? 」

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