第25話 伝説と懐古

 「お、久しぶりだな〜! 元気にしてたか? この春からソンリェンも俺と同じ職場で働くのか〜! サポートするから頑張れよ〜! 」

「はぁ、シーランさんも相変わらずですね。ちなみに僕がここにいる理由は、監督からの推薦を断るのが面倒だったってだけですが」

僕は、結果から言えば特殊警察官になることを決めた。今日は対面式があり、もちろんシーラン先輩と会うことになった。

僕の言い訳を聞いたシーランさんは少し満足そうに、これから俺は完全に先輩だな〜と言っていた。

「そういえば、ソンリェンは二年で警察大学卒業したのか! すごいなぁ〜。ちなみに俺は三年かかってるんだよなぁ……」

「まあ、四年かかってなければ飛び級してたら特殊警察官としては良いんじゃないんですかね? 」

う〜ん……と隣で呟くシーランを見ていると、僕は急に思い出す。

とある『天才』のことを。

「あ、そういえば知ってますか? なんか警察大学を一年で卒業した『伝説』って呼ばれている女性警察官がいたって……噂では、今は特殊警察官って聞いたんですけど…………」

彼は昔を懐古しているような表情を見せながらも、その顔には影がかかる。

「あ〜確かに、そんなこと言われていた奴も居たなぁ〜」

「え、知ってるんですか? 」

彼は窓の外の青い空を見ながら言う。

「まあ、知り合いっていうよりは、卒業したときの同期だったんだよな〜」

どういう感じの人だったんですか、と聞こうとした僕は、シーラン先輩の様子を見て開きかけた口を閉じる。

「あいつは、四年の後期課程が始まった日に突然やって来たんだ。本当に静かな奴でさぁ……話しかける奴も居たけど、まるで興味はなさそうだった。でも実技もテストも点数が桁違いでね。俺も含めて、練習試合で誰も勝ったことはなかったなぁ……」

彼は僕の方を振り返る。

困ったような笑みを浮かべていた。

「その天才は、今は特殊警察のお偉いさんだよ。名前は、キョク・ユミン」

「そのキョク・ユミンという方は、実在してたんですか……」

「ああ、正直言って俺も存在を疑いたくなってしまうぐらい人間っぽくなかったよ……全てにおいて、ね」



 フェリー『さくら』のデッキでは、ソンリェンが一人空を眺めている。

遥か遠くの地平線から、微かに太陽の光が届きはじめた頃、女性のアナウンスが聞こえてくる。

「フェリー『さくら』は、まもなくニホン・シモノセキに到着致します。尚、繰り返しのご連絡にはなりますが、一部エリアの通行が不可になっておりますので、ご了承ください……」


 アナウンスが終わって数分も立たない間に、ソンリェンはこの船の船長がいる個別ルームでをしていた。

船長のボブは非常に困惑した表情を浮かべている。

「とりあえず、ソンリェンさんの言っていることは本当ということにしましょう。ですが、私達は何も関与していないというのに、この状況では……」

ソンリェンは土下座をしたままで言う。

「……後々来るであろうカンコク警察側からの指示に従ってください。今回の被疑者輸送についてあなた方は全くを持って無関係なのですから」

ソンリェンは顔をあげる。

彼の眼鏡越しの瞳には、何も映っていなかった。



  『ニホンへようこそ!』と大きく書かれたポスターの横で、係員の数名の女性が窓を見ていた。

「定刻通り、夜行フェリーが到着したみたいね!」

数十年前からここに勤める女性が言うと、周りにいる数人も下船する客を出迎えようとゲートに並んだ。

フェリーから降りてきた人々にお辞儀をしつつ、顔を見る。

なぜかはよく分からないが、多くの人の顔はあまり機嫌が良くなさそうだった。

今からニホンで楽しい旅行でもするのだから、もっと楽しそうな表情を浮かべていてもおかしくはないはずだけど……。

とある子供が言う。

「お母さん、眠いよう……」

「ごめんね、二十四時を過ぎてからも物音がうるさかったものねぇ……。飛行機乗り場までの移動で、寝られるかしら……? 」

また、不服そうなカップルが大声で話している。

「ねえねえ、マジで眠いんだけどぉ……」

「それな、夜行フェリーってんならもう少し静かにしてくれないと困るんですけど〜」

大体のお客様がそんなことを言っているものだから、係員は不思議そうな顔をするしかない。

隣にいる先輩が耳打ちをする。

「何かあったのかしらねぇ……? 」


そして、片眼鏡をかけた青年が一人歩くのを見かける。

明らかに暗い顔をしているので、体調が悪いのではないかと心配になった。

彼は下船した人があまり通らない、小さい扉に繋がるルートへと歩きだしている。

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