第24話 組織と隠滅
リカルドに別れを告げたソンリェンは、もう一度デッキへ訪れる。数時間前に来たときのタバコの吸い殻を見ると、何故か笑いがこみ上げてきた。
この世界は、そう簡単にはいかない。
そんなことは知っているはずだった。
「シーラン先輩、僕はもう後戻りできない状況に追い込まれてしまったようです……警察官として、失格ですね」
ソンリェンは回顧せずにはいられなかった。
シーランと過ごした日々を。
警察大学で2年間を過ごしたソンリェンは、今日も変わらず学年首位を維持している。愛想もなければ必要のない会話は一切せず、同期からはかなり嫌われていたと自負していた。
彼自身、人間と関わるとろくなことにならないと思っていたのだ。
午後の授業では実習があり、先生に用品の片付けを頼まれた。断る理由もなく片付けをしていたが、この後の予定について思い出し急いで会議室に向かう。
というのも、今日は『特殊警察官』の講演会があるのだった。急ぎ走りながら腕時計を見ると、わずかに秒針が定刻を過ぎている。
彼は急いで会議室後方のドアを開ける。
が、監督の講師に止められた。
「おい、今日は大事な講演会だと言っただろ! なんで遅れたんだ! 」
僕が微かに汗を流しながら、口を開く。
「……先生に頼まれて、備品の片付けを」
しかし、ソンリェンの説明を信じてもらえなかった。
「お前は自習でもしていなさい! もう講演会は始まっているんだ! 」
ソンリェンの方を見ている同期の小さな笑い声が聞こえる。嫌われている僕の無様な姿が見れて楽しいのだろうか。まぁ底辺の奴らにどう思われてもいいが。
確かに、いくら先生に頼まれていたとはいえ僕の言葉は言い訳に過ぎない。
「分かりました」
と言って、会議室から出ていこうとしたその時だった。
「あれ、君帰るの? 」
マイク越しに、呼び止められた。
僕は声の主の方を振り返る。
『シーラン・タン』を書かれた札が机に置かれていた。
「まあ、まだ講演会始まったばっかりだし、俺の目の前に体育座りでいいんじゃない? 」
六十分の講演会のあと、僕は急いで会議室を出ようとした。シーラン警察官も同期もパイプ椅子に座っていたのに、僕だけ彼の目の前で体育座りという状況に耐えられなかったのだ。
同期からは笑いというよりは哀れみの視線を送られてしまったようだ。
一目散に会議室を出ようとしたその時、後ろから呼び止められてしまった。
「こんにちは、改めてシーラン・タンです〜! 」
僕は作り笑いを浮かべるしか無かった。
「は、はぁ……」
「君、今学年首位なんだよな! 噂に聞いたよ。だったら、ここ卒業してから特殊警察にならない? 」
……もし彼に声をかけられなかったら、絶対に特殊警察にはならなかったと思う。
僕はこの講演会に遅れなければ、あるいは会議室のドアを開けずに講演会に行くのは諦めて自習でもしていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
まあ、そんなことを考えだしたらきりがないのだが。
「シーランさんは、なんで警察に? それも、わざわざ危険な仕事ばかり舞い込んでくる特殊警察にならなくったって……」
シーランさんは、長い廊下を歩きながら僕の方を見て言う。
「その口ぶりだと、特殊警察官になる気はさらさらないみたいだな……。別に特殊警察の部署だけがブラックってわけじゃないぞ、だいたいどこも同じだ! 」
僕は頷くこともできずにその場をごまかす。
「で、特殊警察官になった理由か……さっきの講演会ではわざと難しい話ばっかりしてたからなぁ……」
シーランさんは首をかしげた。
「そうだなぁ、まあ強いて言うなら『警察を変えたい』てところかねぇ……」
ソンリェンは口を開けて驚いている。
「特殊警察官になって、警察組織を変える……? 」
彼は特に何も深い感情はないようだった。
「そう。一言で言うなら、この組織のしがらみが気に入らないってこと。まあ、少なくとも今の立場じゃ無理だけどな……」
これでもキャリア組なんだけどなぁ……と彼は小さい声で呟く。
「『警察』に限ったことじゃあないけど、都合の悪いことは何でも隠滅する気がするんだよなぁ……」
ソンリェンは眼鏡越しにシーランの顔を見つめる。
怒りを抱いているわけではなく、ただ漠然とした思いだけが形を成しているようだった。
「……シーランさんは、僕と少し似ているかもしれませんね」
「仲間意識ありがとうな! じゃあ、特殊警察になるの頼むよ! 人手不足はブラック部署への道を切り開くからな!! 」
僕はまた言葉を濁して彼の発言を誤魔化す。
が、宣言した。
「仮に僕が権力を握ったとするならば、やっぱりもう少しまともな仕事を行いたいですね。それに、
シーランは彼の顔を見て頷く。
「おう! じゃあ、お前も特殊警察官になって
「嫌ですよ……特殊警察って異常に殉職率が高いじゃないですか……」
「そんなこと言うなって、何かあったら俺が守るよ〜」
彼はいつも、そう言って笑う。
僕が特殊警察官になったときも、そうだったのだ。
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