真実は、時に人を絶望に陥れる凶器なのかもしれない。

第22話 名前と呪い

 クルージングボートの一室で、ジュンカは膝を抱えて座っている。

「ごめんな、ジュンカ」

彼女は顔をあげる。

そこには、紫色の瞳の『少年』がいた。

「……アナタは、何故私に謝るんですか……? 私が、アナタに謝らないといけないのに…………! 」

彼はなんともつかぬ表情で、口を開く。

「あの日、君の運命を狂わせたのは僕だったのかもしれないと、今更思うよ」

ジュンカは、怖かった。罪を償えない、自分が。

彼女はゆっくりと言う。

「……きっと、私はあの事件を忘れることを許されないのでしょう。私は何度も、あの日の光景を思い出してしまいます。だから、あの拳銃の形も、血に染まる青年の服も、アナタがつけていた指輪の色まで、全て忘れられないんです……」

彼女は、明らかに辛そうだった。

「私が渡した指輪は、偶然もらったものです。八年前のニホンの宮殿で、一連の騒動が終わった後にホールに落ちていたアクセサリーの中に自分のものがないかどうかを確認してほしいと言われました。そのときに、見つけたんです。イニシャルが入った、銀色の指輪を……」

彼は、彼女を見つめていたが、何も言わなかった。

「イニシャルに書かれた名前を調査しても、戸籍登録はされていなかったようでした。その名前は、過去にも現在にも存在しないようで……」

ジュンカは一度息を吐き出し、目を伏せて言った。

「アナタの名前は、『シャルレーン』なんですか……? 」

外から波の音が聞こえる。

アナログの時計の長針は、丁度一を指していた。

彼は、言った。

輝く、銀色の指輪を見ながら。

「この指輪は僕のものだ。でも、彫られているのは僕の名前じゃないんだ。これは僕の兄から譲り受けたもの、なんだ」

彼は、本当に微かに笑った。

「僕の名前は、リョウだよ」

ジュンカは、確かめるように言った。

「じゃあ、あの時、倒れたのは……アナタの兄ってこと、です、か……? 」

彼は、微かに頷く。

ジュンカは、息を呑む。

「や、やっぱり、私は…………」

「もう、全て終わったことだ。誰も悪くないんだ、きっと」


ジュンカは改めて言う。

「アナタの、名前は、リョウ、ですか……? 」

「しっくりこない? 」

彼女は首を振る。

「い、いえ、そういうわけではない、です。ただ……」

「まあ、黒髪だとこの目のカラーはそこまで目立たない、かな。生まれつきだから、大して気にしてないんだけどね」

でも、彼女は覚えていたのだ。

僕の瞳を。

なんとも言えない気分だった。

彼女はまだ苦しんでいる。

僕が、僕達が、かけてしまった言葉呪いに。


僕は、視界に入った濡れているジャケットを見て、アスカから借りているサングラスのことを思い出す。アスカと会ったのは数日前のことなのに、何故か遠い昔のように感じた。


 ミャンテワールドタワーの近くでの話し合い情報交換のあと、僕が別れを告げようとしたときに彼女は言った。

「これが、ジュンカが部屋に置いていったサングラスです」

それは、綺麗な青いサングラスだった。

「あなたに、これは渡しておきます」

「……いい、のか? 」

アスカははっきりと言った。

「あなたは、ジュンカを必ず見つけ出すのでしょう? なら、彼女に会った時にあなたが返してください」

僕は、それを受け取ってすぐに、その場所を後にするのだった。


 僕はサングラスを見せると、彼女は驚いているようだった。

「これ……私の、ですよね……? 一体誰が……」

アスカとの接触と彼女がカンコクで待ってることを手短に伝えると、彼女は明らかに心配そうな顔をした。

「今、彼女はどうなっているのですか……? 」

「彼女とは一度だけ連絡をとったんだ、君を探し出すためにね。その後は連絡をとっていないから今アスカの状況は分からないけど、きっと君の帰りを待ち続けていると思う」

ジュンカは少しばかり安堵の表情を浮かべるが、すぐに俯く。

「私、本当に人に迷惑をかけてばっかり、ですね……」

リョウは大きいタオルケットを探しながら言う。

「とにかく、君は少し休んだほうが良い。ここに横になっていいから」

彼女にサングラスをタオルケットを渡し、立ち上がった。

「僕はまだロゼットと話し合わなくちゃいけないから、じゃあ」

僕がドアを閉める直前に、彼女は静かに言う。

「分かりました、リョウ、さん……」

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