第21話 鮮血と糾弾
宮殿内のとある一室で、青と黒でまとめられた立派なドレスを、女の子が着て鏡を確認しているところだった。
「お母様、準備ができました」
「あら、よく似合ってるじゃない。あなたの十歳のお誕生日のパーティーのために、遠くの国から世界に一着のドレスを注文したのよ。この姿を見たら、きっとお父様も喜ぶわ」
その女の子は言う。
「あの、先程から外が騒がしいように感じるのですが……」
「いいのよ、ジュンカは気にしなくて。それより、本番では絶対に失礼のないようにね」
「もちろんです、お母様」
ジュンカは黒く輝く前髪を鏡で確かめてから、もう一度窓越しに空を見る。塀があるので様子は見えないけれど、やっぱり少し騒がしいみたいだな……と思う。
ただ、すぐに気を取り直して大ホールへと向かう。
彼女は、カーテンの中で最終準備をしていた。何人ものメイドや執事が、音を立てないようにしながらもせわしなく動いている。
「それでは、本日の主役をお呼びいたしたいと思います。チャムロ・ジュンカ様でございます! 」
という司会の声が聞こえる。
ジュンカは、ホールの中央へと歩き始めた。
目の前に見える人たちは、皆美しいドレスやタキシードを着て、拍手をしている。
もちろん見慣れた光景だ。
ジュンカは深く一礼したあと、笑顔で言った。
「皆様、本日はわざわざ私のパーティーにお越し下さり、ありがとうございます。私は無事に十歳を迎えられたことを大変嬉しく思います。これからも……」
その時だった。
あまりにも大きな声が、このホールの近くから聞こえてくる。
巨大なドアが壊される。そして、何かが、このホールに乱入してきた。
それは、人だった。
少なくとも、彼女はそれが人だとすぐには気付けなかった。
何人もの悲鳴が響く。
パーティーの警備のための警察もなぎ倒され、彼らを全く制止できていない。
ジュンカは、動けなかった。
僕は必死に言う。
「に、兄さん! こんなところまで来たはいいけど、どうするんだ? 」
「リョウは俺と離れないで、付いてきて」
彼は武器を持ち、市民達の合間を縫って進んでいる。
「俺は、チャムロ家の奴らに、言わなきゃいけないことがあるんだ……」
その声は、何人もの叫び声でかき消される。
周りを見ると、警察官を殴り倒し、パーティーに参加していた奴らを追いかけ回しているようだ。
僕はこの状況に混乱していた。
その時、誰かが投げた石が頭にあたり、少し出血する。
それでも、兄は歩いている。
彼女は、呆然としていた。
何も、できなかった。
目の前で争っている人々は、恐ろしかった。
でも、なんで? どうして、争っているの?
誰かが、黒い塊を持っている。
……武器なのかもしれない。
じゃあ、それを誰に向けているの?
私に……?
まだ背が低い僕からは、兄の姿は見えなくなっていた。周りをたくさんの人が埋め尽くす。その中の一人に、僕と同じくらいボロボロの服を着た男がいた。
その男は、拳銃を構えていた。
リョウはしっかりと見ていた。
引き金を引く、その瞬間を…………
鮮血が、舞い散った。
直後、何かが倒れる音がする。
人だかりができる。
が、その中心にいたのは、チャムロ家の少女ではなかった。
「兄さん…………?」
少年は、彼のもとへ走った。
心臓のあたりから血を流している青年は、微動だにしていない。
チャムロ家の一人に、何かを言いに行こうとしたのだろう。
彼は前に躍り出るが、人の流れに逆らえず転倒する。
その時、たまたま銃弾がその青年に当たった。
ただそれだけだった。
少年は、このことに気づけたのだろうか。
彼は何度も繰り返す。
「兄さん……おい、は、早く起きろよ……こんな、ところで何、し、て…………兄さん……! 」
それでも、青年は倒れたまま動かない。
少年は、『兄』の前に座り込んだ。
彼は無表情のようにも見える。
その少年は、視線をゆっくりとあげる。
そこには、豪華なドレスを着た少女が立ち尽くしている。
少年は、震える手で私のことを指差す。
「ど、う、し、て…………? 」
彼は誰かに向かって言った。
ホールが、
ジュンカは思った。これまでに見たことのないような古着を着ている少年は、私を見ている、と。
頭部からの紅蓮の血が、紫色の瞳を妙に引き立たせている。
彼は、彼の瞳は、この世界を糾弾していた。
その時、彼女は、気づいた。気づいてしまった。
数秒後に、また市民たちは武器を持ち戦いを始める。
「ジュンカお嬢様、早くお逃げください!
走ってきた執事が言った。
それでも、幼き少女は彼らを見つめ続ける。
まるで、声が聞こえていないようだった。
「お嬢様!! 」
執事が手を引いて走ろうとする。
彼女はなお、その場所から動けなかった。
誰にも聞き取れないような小さな声で、少女は言う。
「わ、私、なんにも、しらな、かった…………本当に、なんにも、し、らな、かった…………」
何人ものメイドや執事に連れられ、少女はホールを去る。それからもずっと、市民たちの雄叫びは続いていた。
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