第20話 悪夢と惨劇

「…………」

彼女は、ロゼットの言葉で硬直してしまった。

「僕が、なんとかします。できることは全て」

「君にもできることの限界があるんじゃないの? 具体的に何をどうするのか、教えてほしいねぇ」

僕は目線を下げる。

「……僕がこの組織から抜ければ、良いんじゃないですか? 」

「それだけで、ジュンカとダークホースの関わりを否定できないと思うけど」

お互いに、冷ややかな視線をぶつけあうが、やがて彼が小さくため息をついて言う。

「……ロゼットさん、とりあえず、話は後でもいいですか? 流石にこのままの格好では寒いので」

ロゼットはう〜ん、と少し考えてから笑顔で頷く。

「分かった、とりあえずお開きね。トイレにシャワーがあるから、二人ともそのびしょ濡れの服、着替えてきなよ。まあ、スピア君しかいないと思ってたから服は男物しかないけどね」

トイレの近くに寝られるスペースがあるから、そこで二人仲良く寝たら? と言ってから、ロゼットは首にかけていたヘッドフォンを耳に当てた。

スピアは無言で服を手に取り、立ち上がる。

ジュンカはスピアを追うように歩き出した。


「服は大きめだとは思うけど、適当に着て」

僕は彼女に紺色のシャツと黒色のズボン、そしてタオルを渡す。

彼女は無言でそれを受け取り、トイレに入った。

十分もたたずにジュンカは出てくる。

スピアもそれに続き、冷えた体を多少温めた。

二人で大きなソファに座った。

彼女は唐突に口を開く。

「アナタは、あの日の事件を忘れたわけではなかったんですか……? 」

僕は頷いた。

「あの日のことは、何度も思い出してしまうんだ。まるで悪夢のように、ね」

スピアは、あの宮殿で起こった惨劇を思い出す。

確か、あの日は今日と同じくらい冷え込んでいた気がする。 



 僕は寒さを覚えた。この季節にはそぐわない薄手な服のせいだろうか。

目を開ける。

いつもと同じ、半地下の狭い家の天井が見える。無機質なコンクリートは、毎度のことながら威圧感を与えていた。

僕は起き上がり、使い古されたタオルケットを体からどかす。

隣では、顔立ちの整った青年が静かに寝ていた。

「おい、兄さん、朝だぞ」

う〜ん……と眠そうな声で言ってから、その青年は起き上がった。

「あ、おはよう。

リョウと呼ばれた少年の指には、まだ少し大きすぎる指輪が光る。

それは、銀色だった。

「兄さん、朝飯、もう用意したの? 」

「うん、昨日にね」

今日の朝食は、食パン一片だけだ。

隣には、少し高級そうな財布が置かれていた。その中の金で、今日の朝食はまかなったのだ。

兄は、その財布を手に取り、中身を確認する。

「今日は持ちそう、だな」

のどかな朝を迎えた、と言いたいところだが、毎日のように外の喧騒は変わらない。

理由はただ一つ。

市民が、この国ニホンへの不満をつのらせてデモをしているのだ。

最近では、警察と市民との衝突も激しくなり、死傷者も出ているらしい。

僕は言った。

「今日は、外が昨日以上に騒がしくないか……? 」

兄がああ……と声を漏らす。

「今日は、チャムロ家の一人娘の誕生日パーティーらしいよ。デモに参加している人達は、まぁ僕らよりはマシな生活を送っている人は多いだろうけどね。本当に、上流市民の人の贅沢三昧な暮らしとは比べものにもならないな……」

今、ニホンという国は成り立っていなかった。王族や身分の高いごく一部の人間だけが優遇を受けられ、それ以外の大多数への対応は『一切なし』だ。

日に日に悪化する治安も、仕方ないという言葉で片付けてしまうのだろう。

リョウ、ちょっとだけ外を見に行ってみない? 」

僕は、別にいいけど……と言いながら数年前からずっと使っているボロボロのジャケットを羽織る。

僕は古びたドアを足で開ける。

外に出てみると、そのパーティーとやらが行われている宮殿までの通りが市民が埋め尽くされていた。おびただしい数の人間が武器を持って宮殿に向かって歩いている。

「兄さん、行くのか……? 」

兄は、宮殿に向かって歩き出している。

「おい、別にわざわざこのデモに参加しなくたって……」

彼は何も言わずに、進み続ける。

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