第19話 手段と責任
「アナタはまさか、偶然この船に乗っていたとでも言うのですか……? 」
彼は答えなかった。
ただ、一歩ずつ彼女との距離を詰めていた。
「どうして、私を放っておいてくれないんですか……」
彼は表情を作っていなかった。
が、ある地点まで来ると突然、スピアは自分の持つ拳銃をスーツのジャケットにしまう。
そしてまた、彼女に近づく。
「……本当に何のつもりですか、私は」
「僕は全てを忘れたわけじゃない。ただ忘れようとしていただけだったんだ。あの宮殿で起こった事件は僕の中で封印されていたから、君が一体誰なのかすぐ気付けなかった。ただそれだけのこと、だった」
彼女は、ゆっくりと息を呑む。
「おかしい人、ですね……。何故、私を……助けるんですか……? 」
「……僕は、君に謝らないといけない、から」
ジュンカは、顔をあげた。
その顔には苦悩の末の涙がうっすらと浮かんでいる、ようにも見える。
「それは……私の方、なのに…………! 」
僕は何も言わずに彼女を
そして僕達は、二人で海に落ちた。
ジュンカは彼と共にフェリーから身を投げ、海に落ちていたのだ。
水しぶきが舞い、少しの衝撃が体に走る。
黒い海は、想像以上に冷たかった。
彼は私を抱えたまま、何故か近くに停泊しているクルージングボートへ泳いで近づいていく。
ずぶ濡れの彼が手際よくボートに乗ると、私にボートの上から手を差し伸べる。
私は、その手を取れなかった。うまく体に力が入らなくて、深い海に沈みかける。
彼は瞬時に手を伸ばし、顔がしかまったまま言う。
「おい、大丈夫か? 」
ジュンカはなんとかボートに乗るが、その途端に座り込んでしまった。
うまく息が整わないようで、顔色も良くない。
なのに瞳孔は大きく開かれていた。
彼はジュンカを心配そうな目で見つめていたが、我に返って急いでコックピットへ向かう。
操縦席に座った彼女は、笑顔で振り返る。
「やあ! 久しぶりだね、スピア君。突然なんだけど、その黒い服を着ている女の子は誰かな? 」
「…………ロゼットさん、早くボートを出発させていただけませんか? 」
そんなこと分かってるよ〜! と言いながら彼女はエンジンを起動させ、ロゼットは猛スピードでボートを走らせる。
彼女は窓越しに光る月を見ながら言った。
「君がターゲットを殺すために急にニホン行きのフェリーに乗るって言うから、びっくりしたよ……。途中でフェリーを脱出するって宣言されたから、私の父さんが持ってたこのボートをわざわざカンコクの港から出したんだからね! で、なんで君一人じゃないの? 一体彼女は誰? 」
僕は立ったまま黙っている。
「スピア君、念の為に確認していいかな? 前に会った時に言ったよね、もうチャムロ・ジュンカとは関わらないってね……」
ロゼットは真顔で呟く。
「じゃあ、その女の子が誰か、紹介してもらおっか! 」
風が海水で濡れた服を冷やす。
「僕はどうなっても構いませんが、少なくとも今この船に灯油を撒いてマッチの火を付けるなんてことはやめてほしいですね」
「流石、一流の殺し屋だねぇ……まあ安心して、これは最終手段だから」
彼女は横目で赤い灯油のポリタンクと上に載せられたマッチの箱を見る。
「
そう言ってから、スピアは彼女が座っているボートの端へ向かった。
ジュンカは一人、何かに呪われたかのように言い続けている。
「ごめんなさい……ごめんなさい……罪を償えなくて…………ごめんなさい…………」
後ろからジュンカ、と呼ぶがまるで聞こえていないようだった。
彼女の肩を優しく叩く。
ビクッと肩を震わせてから、彼女は振り返った。
「この船の操縦士が少し話したいって言っている…………立てる、か? 」
彼女はゆっくりと立ち上がる。
ただ、明らかな恐れを隠しきれていなようだった。
「……協力者、ですか? 」
僕は頷く。
彼女はゆっくりと移動し、操縦席とは離れたラウンジシートに腰をおろす。
すぐにロゼットは言った。
「君の名前は? 」
「……アナタのご想像どおりです」
「えっと…………チャムロ・ジュンカさんであってるかな? 」
彼女は何も答えなかった。
「まあ、スピア君にも聞いてほしい話なんだけどねぇ……。この一連の行動で、ダークホースという組織は完全にチャムロ・ジュンカの逃走に手を貸したと認知されるだろうね。すぐには分からないかもしれないけど、いずれ誰かが絶対に気づくよ。そのことについて、君たちはどうやって責任を取るのかな? 」
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