第17話 逃走と勝負

 ベガは、部屋を呆然と見ていた。

数秒後に数人の警察官も到着し、驚きを隠せていなかった。

「こ、この状況は一体……! 」

ベガは無線機に向かって叫ぶ。

「絶対にチャムロ・ジュンカを捕まえるんだっ!ここは海の上の監獄だ、逃げ道はないはず!四人の救護よりも、彼女の逮捕を最優先しなさい! 」

デッキで空を眺めていたソンリェンも、無線越しに彼女の逃走を耳にする。

「な……! 僕は船の最上階から潜んでいる可能性があるところを潰していきます。なので、全員で役割を分担して至急チャムロ・ジュンカの捜索をお願いします! 

ソンリェンは走りながら、どうしてこんなことに……と思う。

だが、それと同時にこうも思っていた。

彼女は全くの無抵抗で何事にも動じる様子はなかったが、リカルドと話していたときだけは明らかに動揺していた。今回の逃走は、恐らく彼の発言が原因だろう。

やはり、ジュンカと会わせるべきではなかったか。

第一、どうしてここまでしてリカルドに従わなければいけないのだろうか?

そんなことを思いながら、船長と無線を繋げる。

僕は言った。

「……警察官のソンリェンです。今、トラブルでとある人物の捜索に当たっています。もし騒ぎになっても、なんとかごまかしてください! 」

それだけ言って無線をスーツにしまい、非常階段へと走った。


 部屋で寝ようとしていたカップルが目を覚ます。

「おい……なんかドタバタしててうるさくねぇか? 」

「ホントだ〜! マジでなんなの? 」

近くの部屋で寝ていた小さい子供も目を覚ましてしまったようで、その子供の母親が少しドアを開けて周りを見回す。

「おかしいわね……なんかさっき、何か弾けるような音と倒れる音が思うんだけど……」

その隣の部屋から顔を出した男性も、

「まさか、銃の音じゃあないだろうなぁ……? 」

と寝癖がついたままの髪をいじって言う。

「えっ! もしそうだったら危険じゃない! 」

「なんか足音がうるさいし……もうこんな時間なのに、困るよな! 」

何人かの若者は、部屋を出て様子を見に行こうとしているようだ。

その時に、よく聞くアナウンスの音が聞こえる。

少しの雑音の後に、中年男性の声がした。

「夜中に申し訳ございません、今この船の船長を務めているボブと申します。今現在、一部スタッフが急病人のお客様の対応をしております。少し騒がしく感じられるお客様もいらっしゃるかもしれませんが、ご理解とご協力をお願い致します。なお、お客様は安心してお眠りください」

このアナウンスで、そういうことだったのか……と言いながら各々おのおのは部屋に戻っていく。

船長室でボブはため息をつき、無線機を見つめる。

「全く、警察の状況はどうなっているのか……。事故責任は負いませんよ、ソンリェンさん……」

全ての部屋のドアが閉まった瞬間に、ジュンカはドアの前の通路を走る。彼女は、やはり警察も船長には話をしていたのだと判断する。

船長に口を合わせてもらったのだろう。

彼女はそういったことを冷静に考えながらも、瞳には恐怖だけが映っていた。

彼女は何度も呟く。

「戻りたくない……チャムロ家あの場所には、戻れない…………」


 ベガは走っていた。

「一体、チャムロ・ジュンカはどこに行ったの? 彼女だって、逃げ場はないと分かっているはずなのに……! 」

彼女は数十分前までパーティーが行われていた大広間に足を踏み入れる。拳銃を構えて、少しだけ扉を開けた。

閑散とした大広間には、誰も居ないようだ。

と、私は一瞬思った。

扉の影から、銃口を向けられる。

私は急いで拳銃を向けるが、もう遅かった。

膝から、大理石でできたフロアに倒れる。

漠然とした痛みを感じ、生温かいが服を伝う。

朦朧とする意識の中、私は目の前に立つ人物を見上げる。

黒いスカートがなびいている。

表情は、見えなかった。


私はふと思い出す。

警察大学での国家公務員最終試験のあと、遊び心でにテコンドーで勝負を仕掛ける。

試合開始三秒で、私は負けた。

今回も負けてしまったようだ。

ユミンに。

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