第二幕
忘却により得られる幸せは、仮初でも美しいのだ。
第12話 運命と過去
チャムロ・ジュンカは、ソウルにある警察庁に車で輸送されていた。
隣に座るのは、私の警察学校時代の同期のヴァレンティ・ベガだ。
彼女は、終始無言だった。もちろん、私も一言も喋らなかった。
警察庁の地下には、私も訪ねたことがある。危険人物のための仮収容施設だ。
誰しも、数年前に見学として来たときには同期の「仲間」が収容されることになるなんて夢にも思っていなかったんだろうと、思う。
私は服装こそそのままだったが、太ももにつけてあったレッグホルスターの拳銃とナイフなどは押収された。
そして、監獄の中に入れられた。私の手首には手錠がかけられ、冷たく狭いこの場所で何日か居なくてはいけないようだ。
ただ、私は特に怖くはなかった。
これで全てが終わるなら、もうどうでも良い。
ベガと二人の警察官は自動で監獄に鍵がかかったことを確認し、立ち去ろうとする。男の警察官二人は、先にこの部屋を出る。
が、ベガは部屋の扉を閉める直前で止まった。
彼女は、私に背を向けたまま喋りだした。
「ユミンは、どうして……」
「……私情を持ち込まないでくれませんか。取り調べは、明日だそうですね。二度手間になるので、今は何も話しません」
「…………」
彼女は何も言わずに、部屋を出た。
私は一人、小さな窓から見える満月を見ていた。
朝の6時過ぎから叩き起こされ、『取り調べ』が始まる。
ベガと、あと数人の警察官は監獄の檻の外で私を監視する。その中には、特殊警察でもあるシュ・ソンリェンもいた。彼は、私の部下だった人物となる。
そして、パソコンと録音装置を持った警察官が端にある机に座ったのを見計らって、どこかで見たことのある顔が話しはじめた。
「早速だが、あんたの本名はチャムロ・ジュンカで意義はないな? 」
「……はい」
「お前の出身国は、ニホンであっているか? 」
「……はい」
「言い訳を聞こう。何故、あんたは
ベガは、檻越しに冷たい視線を送る。
私は、言った。
「私にとって、
「警察官になった理由は? 」
「……なんとなくです。給料が良いことぐらいしか、この組織に所属する理由はありません」
ソンリェンは、明らかに怒りを顔に出した。彼は、『警察が大好き』だったと今更思い出す。
それでも質問は続く。
「あの時、
「…………」
少しの沈黙に耐えられなかったのだろうか。
ベガが、監獄を開けるように指示する。すぐに、扉が空いた。
彼女は、私のもとに近づく。
そして、椅子に座っている私の胸ぐらを強引に掴んだ。
「ねぇ、教えてくれない? あなたの目的は、一体何? 」
『ユミン』は表情を変えずに、目の焦点だけを彼女に合わせる。
瞳の色は闇に限りなく近い黒だった。
「ヴァレンティ、警察大学で教えてもらったことを思い出してください。取り調べは丁寧に行いましょうと教科書に書いてあったのでは? 」
彼女の顔は険しくなり、後ろに立つ警察も顔がしかまっている。
しかし、ベガは彼女を開放し、もう一度監獄の鍵を閉めさせた。それとほぼ同時に、ソンリェンは極めて深刻そうな顔をして口を開く。
「どうして僕達を裏切ったのか、教えて下さい、ジュンカさん」
私は、何も答えなかった。
彼は圧をかける。
「警察内部は、あなたの行動のせいで大混乱です。真相を教えて下さい」
私はわざと挑発するように言う。
「これだから警察は煙たがられるんですよ、ソンリェン。もう少し警察大学主席合格の頭を使ったらどうですか? 」
誰かの舌打ちが聞こえる。
ベガは言った。
「……どちらにせよ、あなたの身柄はニホンへ送検されることは既に決定しているから、その日を待つように」
私は疑問に思っていたことがあった。
「事件を起こしたのはカンコクなのに、何故私はニホンへ行かされるのですか? 」
ソンリェンが答える。
「あなたとは一度会ったと主張する男との簡単な取引です。これ以上言わなくても、あなたなら分かるでしょう? 」
ジュンカは、やはりリカルドはあのときに
だが、この運命に逆らう気はまるで起きなかった。
彼ら警察に真実を言う予定は全く無い。
不必要に過去を知られて、哀れみの視線などを送られたくなかった。
想像よりも早く取り調べは終わり、警察官は出ていった。
監獄に、再び奇妙なほどの静寂が訪れる。
彼女はアカネのことが心配でならなかったが、やはり確認するすべも無かった。
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