第13話 死と服従
朝9時頃。
犬を散歩している人を横目で見ながら、スピアはまだ従業員の多くないミャンテワールドタワーに入る。このタワーはかなりの高さを誇るのだが、今日はエスカレーターに乗ることはないだろう。
僕は、体内リズムが狂いこの時間が眠く感じることに嫌気が差しつつ、一階のカフェに入った。
そこには新聞を読む老人が一人と、奥の席で一人窓を見つめている女が一人。店員に連れがいると伝えてから、僕はその女のもとへ歩いた。
彼女は少しだけ、チャムロ・ジュンカと似ている気がする。特に、目が似ているとは思うのだが、彼女よりは幼いようだ。
当然ではあるのだろうが、少し疲れているように見える。
僕は口を開いた。
「スピアだ。今回は取引に応じてくれてありがとう。……平日の朝のカフェがここまで静かだとは思わなかった。ここで、話をしてもいいだろうか? 」
ミヤモト・アカネは、場所を変えますか? と言って、すぐにカフェラテ一杯分の代金を払う。
店員に少し怪しまれたかもしれないが、まさか目の前にいるのが二人とも犯罪者だとは夢にも思っていないのだろう。
彼女は外に出て、ベンチに腰を下ろした。僕は座らずに、彼女と向かい合うようにして立つ。
アカネは、まず、と前置きする。
「あなたが、ジュンカを探していることは分かりました。それは私も同じです。利害関係の一致ということで、私はあなたに協力します。ですが、約束してください」
彼女は、瞳をまっすぐに見て言う。
「もしあなたがジュンカを見つけたときには、必ず私に会わせることを」
僕は、もちろんそのつもりだ、と頷く。
「まずは、僕が持っている情報から話そうと思う……」
アカネは、驚きを隠せていないようだった。
「わ、私と合う前に、ジュンカは『マフィア』を殺していた、ということですか……? 」
「たぶんな。これで彼女は、警察にもマフィアにも追われる身になったわけだ。だから、今回の失踪は誰が仕込んだのか最初は分からなかった。でも、怪しかったビジネスホテルのホテルマンから無理やり話を聞き出したところ、ある人物が浮上したんだ」
僕は、携帯電話をスワイプして彼女に写真を見せる。
「こいつが誰か分かるか……? 」
アカネは最初はその画像を凝視していたものの、数秒後に、あ……と息を飲む。
「彼はチャムロ家の執事、だと思います……私自身、かなり前に数回会っただけのですが、一体どうして……」
僕は、少し嫌な予感がした。
「……まさかその男、ジュンカをニホンに連れていくつもりなんじゃ……」
アカネは、ハッと何かを思い出したかのように携帯電話を起動させる。
「彼女が失踪した後に、一度だけホテルの部屋の電話に連絡があったんです。聞きますか? 」
僕は、強く頷く。すぐに彼女は、再生ボタンを押した。
『―――ごめんね、アカネ。私は、面倒なことに巻き込まれてしまったみたい……だからアカネは、一人で逃げてね。絶対に……だよ……』
短いメッセージだった。
遠くにいるであろう鳥の鳴き声が、うっすらと聞こえた。
短い沈黙を破り、そういえば、と僕は話を切り出す。
「あんたは、チャムロ・ジュンカのいとこなんだよな。どうして、
彼女は、少しバツの悪そうな顔をしてから言った。
「あなたも知っているのかもしれませんが……何年も前のニホンで、私の母はチャムロ一族の権力争いに巻き込まれたのでしょう、罪を問われて無期懲役刑が決定したんです。母は、そのことを気に病んですぐに病死してしまいました」
「父は突如失踪し、残された邪魔者の私は国外への追放という措置になったのです。この苗字は、その時に与えられたものです」
僕は、悪いことを聞いたな……と言うしかなかった。
「そして私は、全員が消えたように連絡が取れなくなってしまって……」
……本当に、怖い話だと思う。
僕は、はっきりと言った。
「とにかく、ジュンカがニホンに連れられたとしても、彼女に待っているのは死かチャムロ家への服従だろう。それは必ず阻止する」
彼女は頷いた。
僕は推理を話す。
「仮に彼女をニホンへ送るとしたら、飛行機か船のどちらかだろう。単純に考えるなら、時間がかからない飛行機を使う可能性が高い。だが、彼女はマフィアに命を狙われている。つい数ヶ月前に、他の案件で飛行機の離陸直前に犯罪組織に襲撃されて結果的に犯罪者が脱走するという事件が起こったばかりだ。つまり……」
アカネは確かめるように言う。
「船、それも警察による貸し切りなどで疑われる方法は取らずに、一般客を乗せたまま秘密裏にジュンカをニホンへ送るつもりってこと……? 」
僕は少しばかり、彼女の言葉に付け足した。
「カンコクとニホンを結ぶ、唯一二国が共同で経営しているフェリーがある。僕は、その執事とやらは警察も味方につけているかもしれないと思う」
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