第14話 天才と犯罪者

 陽気な太陽の光が、狭い監獄の中へと差し込んでくる。

ジュンカは、まるでその光が似合わない顔をして、檻を監視する警察官二人を見ていた。彼らは、数時間ごとに係を交代するようだ。

今は彼らを観察することぐらいしかやることがない。本当に憂鬱だった。

今も、これから先も、絶望的な状況だ。

世界が色あせて見えるような、そんな気がする。


 高そうな革靴が規則的な音をたてて、ソンリェンが一人やって来た。

私は何も言わずに、彼を見る。

ソンリェンは、感情のこもっていない声で言った。

「明日の15時頃から、我々の車であなたはプサンに向かいます。フェリーに乗ってシモノセキに着き、ニホンの警察まで引き渡したらそれ以降のことはあちらニホン警察に任せます。協力者のリカルドは、あなたと共にニホンまで同伴する予定です」

それだけ言って、彼は帰ろうとした。私は、あの……と言い彼を引き止める。

彼の顔には疲れが出ていた。

相変わらずだが、彼は思っていることが顔に出やすいのだと思う。

「ソンリェン、アナタは私の優秀な部下だったと思います。だから、一つ聞いてみたいことがあります」

彼のメガネ越しの視線は冷たかった。

「私がリカルドと共にニホンに引き渡された後、私がどうなるか、アナタなら想像がつくのではないですか……? 」

彼は口を結んだままだ。

「私は元とはいえチャムロ家の人間です。現地警察がチャムロ家と裏で繋がっていた場合、私は罪を償えないでしょうね」

彼は、口を開きかけるが、もう一度口を閉じ、そして静かに言った。

「……僕は、一人の警察官です。自らの仕事を遂行すること以外には関与できません」

彼はそう言って足早に去っていく。

彼女はため息をつく。

あと二十四時間も待たなくてはいけないのか、と。


 

 次の日の朝、マデリーは頭をかかえていた。

チャムロ・ジュンカについてだ。最初の取り調べに加えて二度も取り調べを行ったが、やはりほとんどのことにはまともに答えてくれなかった。彼女から、なんかしらの納得のできる説明が欲しかった。しかし、彼女に全くその気はないようだった。

リカルド・ビアッジとの情報交換の条件は『チャムロ・ジュンカを捕らえてから三日以内にニホンに向けて出発すること』だ。

彼のバックにはニホン警察という組織があるのだから、恐らく条件の延長は無理だろう。

仕方ないが、ここは彼に従うしかなさそうだ。



 遂に、明るい十二時がやって来る。彼女は、見慣れた顔に囲まれながら護送車に乗る。後ろから、覆面パトカーが数台ついていくようだ。

ジュンカは一人、物思いにふけっていた。

ベガが言った。

「およそ五時間強でプサンまで着くから、それまで大人しくしているように。くれぐれも、妙な行動は取らないで」

私はベガの話をスルーしながら、手錠がかかった自分の手首を見る。

リカルドは恐らく、後ろの覆面パトカーに乗っているのだろう。彼がこの護送車を見て微笑む顔が、容易に思い浮かんだ。

彼女は、ずっと流れる景色を見ていた。


 隣で彼女を『監視』しているベガは、彼女と過ごした警察大学の頃を思い出す。

通常は四年で終える警察大学の過程を、わずか一年で終えた『天才』だ。

そんな彼女が、いまや犯罪者だなんて、とても信じられなかった。


ベカは、警察大学の四年生として日々鍛錬を積んでいた。

授業が『四年生後期』に入った頃に、彼女は突然やって来た。

つい数日前まで一年生前期課程に所属していた女性が、ここにやってくることはかなり異例だった。

そのため数日は、同期生との話題がその女性のことで持ちきりだった。

昔とは制度が随分と変わり、成績が優秀な人は飛び級制度を使うことがある。

しかし、せいぜい一年ほどの飛び級しか噂に聞かない。

つまり、彼女はすでに私達と同等、いやそれ以上の学力や運動能力を持っているということだろう。

もちろん、裏で手を引いているに違いないという話もよく聞いた。

しかし、彼女と実技試験の後などで対戦を挑むと、男でさえも負けてしまうのだ。

ベガは半年間、彼女が誰かに負ける様子を一度も見たことがない。もちろん学力も申し分なく、彼女がテストの最高得点獲得者になるのは当然のようになっていく。


だから、私は彼女ユミンに興味があって、話しかけた。

いつも丁寧口調だったが、会話は弾んでいた――と今は信じることしかできない。彼女は私よりもいくつか年下なのに特殊警察官になることが決まった時、私は少し悔しくも思った。

そんな過去の自分がバカみたいだった。


微かに波の音が聞こえてくる。小綺麗なフェリーは、すぐそこに見えた。

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