船上の幻想に酔うことはできなかった。
第15話 威厳と待遇
ジュンカが車から降りると、独特な塩の匂いがした。
そして、雑に手錠を外される。その様子を見てすぐに、ベガが言った。
「今、チャムロ・ジュンカの手錠を一時的に外す。一般客としてフェリー『さくら』に乗るから……」
すぐに彼女は、ジュンカの脇腹に拳銃を突きつける。
「私達の部屋に着くまでは、このままだから」
後ろから、リカルドや警察官を乗せた車が続々と到着する。
警察官はいつもの制服ではなく、
「彼らは全員フェリーに乗るんですか……? 」
ベガは何も言わずに、フェリー乗り場へと歩いている。
フェリー乗り場で、ソンリェンが係員とチケットの交換をしている。
かなり早めに乗船手続きをしているようで、他の客の姿はあまり見当たらない。その間ずっと銃口を向けられ続け、後ろにも数人の私服警察官がいる状況だった私の気持ちも考えてほしいところだ。
ここから逃げようと思えば、逃げられたのかもしれない。
それでも抵抗はしなかった。
私はもう、そんな気力さえ起きなかった。
「貴女は、また無関係な人々を犠牲にするのですか? いい加減、投降してくださいよ……。ジュンカお嬢様、これは罪を償う絶好のチャンスですよ? 」
手続きが終わったのだろう、フェリーに向かう通路を歩かされ、フェリーに乗る。フェリー「さくら」は、かなり広かった。そして、ベガは「スイートルーム・特別室」と書かれた札がかけてある扉を開く。
数人の警察官は、ベッドの位置などを移動させた。
私は椅子に座らされると、彼女が再度手錠をかける。
今度は手を後ろにまわらせれた。
数十人の警察官が部屋に入り、ソンリェンは言った。
「ここにいる警察官全員で、およそ十四時間の航海の警備に当たります。繰り返しになりますが、出港したらこの船は動く孤島です。あなたに逃げ道はありません」
ジュンカは彼の話を聞きながら、部屋の隅で監視カメラをつける警察官の手際の悪さを心配していた。
基本的に椅子からは離れないという条件で、せっかくバスルームもあるのに風呂には入れないようだった。おまけに、食事はもちろんトイレの時間帯も決められている。
今回は貸し切りでの護送ではなく、一般客には全くの内密にして私の引き渡しを進めているようだ。ここからはあくまでも私の予想の一つに過ぎないが、乗務員も真相を知るものは多くはいないのだろう。全てを知っているのは船長と一級航海士あたりだろうか。
そして、警察官の様子を見るに、彼らはいくつかの部屋に分かれて完全に一般客に扮している。
私が寝た後も交代しながらずっと監視するつもりのようだ。
これが警戒体制という『威厳』なのだろう。
ただ、私は思う。せっかくフェリーに乗るなら、もう少しまともな目的が欲しかった。私が
なら、もう少し良い待遇が良かった。
犯罪者の分際で、と唾をかけられそうだが。
部屋を見まわすと、警察官四人が私のことを無言で見つめている。視線に焼かれてしまいそうだと思いつつ窓の外を見ると、もう日は落ちて空は闇に飲み込まれている。
若い女性のアナウンスが聞こえた。
「まもなく、ニホン行きフェリー『さくら』が出発致します。このフェリー内の施設は全て午前零時丁度までの営業となっておりますので、ご了承ください。それでは、海の旅を思う存分お楽しみください……」
船の汽笛が響き渡る。
ついに、フェリーがプサンを出港した。
私を監視しているソンリェンに話しかける。
「ソンリェン……リカルド・ビアッジとの情報交換で、一体何があったんですか? 」
「何が言いたいんですか、あなたは」
「私の件について、あなた方は明らかに下に出ていますよね。彼のバックにはニホンという国があるからと言う理由だけで、そんな弱腰で良いのですか? 」
彼は何も言わずに沈黙を貫く。
「では、もう少し簡単に言いましょう。ただの情報提供者を警察がここまで丁寧に扱う必要はあるのでしょうか」
私はわざと煽った。
「まさか、裏で膨大な力か金でも動いてい……」
「黙ってください」
彼は怒りを分かりやすく顔で表す。
しかし、怒りの矛先は私以外にも向けられているのだろう。
少なくとも彼はこういったことを好まない。
カンコク警察の対応にも思うところがあるのだろう。
真面目な彼らしい。
ふと時計を見ると、時間は二十時を回ろうとしているところだった。
唐突に扉が開かれる。
警察官が交代するのかと思ったが、そういうわけではなさそうだった。
ベガに連れられて、微笑みを受かべた彼が来る。
「ジュンカお嬢様のせいで、腕と足に全治数週間の傷ができてしまいましたよ……責任は取ってくれるんですか? 」
ジュンカは冷たく言い放つ。
「……歩けるなら全く問題なさそうですね」
「ニホンに到着する前に、少しお話をしましょうか……ジュンカお嬢様」
彼は、笑っている。
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