第7話 混乱と絶望

ごめんなさい…………

やっぱり、私は……

罪を、償うしか、ないんだ……。


 誰かの声が聞こえた気がした。

「ねぇ、ジュンカ、な、何があったの……? 」

ジュンカは、ハッと我に返る。目の前には、アカネがいた。

「ご、ごめん……」

「さっきの人は、帰ったの……? 」

ジュンカはゆっくりと頷いた。

が、明らかに深刻な表情をしている。

「犯罪組織所属の一人が、この家を特定してた……。アカネ、本当に迷惑ばかりかけてごめん。でも、私もアスカも明日の朝にはここを出ていかないといけないと思う」

アカネは、そんな……と小さい声で言った。

ジュンカは本当に焦っていた。

「アカネは一連の事件と何も関係ないのに、これから先に命を狙われる羽目になる可能性だってある。だから、ここでお別れ……かな」

彼女は立ち上がり、もう外に出ようとしていた。アカネは急いで呼び止める。

「ジュンカが一人で逃げ続けるのを、見過ごせないよ! 私、もう離れ離れはなればなれになりたくない。私が次に身を隠すところを探すから、一緒に来て! 」

ジュンカは、それでも答えに渋る。

「本当に危険なんだ。今、アカネは犯罪者を匿っていることになっているから……やっぱり……」

アカネははっきりと言う。

「昔、ジュンカが言ってくれたじゃない! 『どんなときでも二人は、助け合う』って……!! 」


ジュンカは、昔のことを思い出した。かつて、サンファ山にいとこアカネ達と来たときのことである。


 まだ6、7歳の幼いジュンカは言う。

「本当に綺麗な景色だね! 」

隣で、アカネも目を輝かせていた。もう一歩踏み出そうとしてその時、アカネは丈の長いワンピースを少しヒールのある靴で踏んでしまった。

彼女は転倒し、今にも泣きそうだ。

アカネのメイドが急いで助けにいこうとするが、隣にいたジュンカがアカネに手を差し伸べる。

「アカネちゃん、大丈夫? 」

アカネは涙目のまま「う、うん! 」と立ち上がる。

ジュンカは満面の笑みで言った。


「私は、きっと大したことはできないけど、どんなときでもアカネと、みんなと、助け合うんだ! 」



アカネはもう一度言う。

「二人で、逃げよう! 」

ジュンカは今度こそ、首を縦に振った。


 早朝、まだほとんどの人が起きていないうちに二人はアカネの家を出た。

アカネが探してくれたビジネスホテルなどを転々とする計画で、とりあえず数ヶ月ほどは時間を稼ぎたいと考えていた。ジュンカは、アカネに迷惑をかけていることを申し訳なく思いながら、同時に心強くもあった。

もしかしたら、このまま逃げ切れるのではないかとも思った。

しかし、彼女に安堵の日々が訪れることはない。


 泊まるビジネスホテルが決まり、とりあえず何か食料を手に入れるためにアカネは外出する。

「ねえ、何か買ってきてほしいものとかある? 」

ジュンカは特に無いと言うと、彼女はいつもどうりだね〜と笑った。

じゃあね、と言われて手を振り返したあと、彼女は部屋を出て、近くの自動販売機に向かった。当然、ビジネスホテルなのだがら他の利用者はいるが、大人数というわけでもなくすれ違う人はほぼいない。


私はやはり、気を緩めていたのだろう。

ホットコーヒーを買うために、自動販売機のボタンを押した。

コーヒー缶を手に取った、その時。

片眼鏡モノクルをかけた、若い青年が隣の自動販売機へ来る。彼は、自動販売機の前に立っていながら何も買わなかった。

ふと、彼の顔を見る。

驚きを隠せなかった。


私はコーヒーを急いで取り、部屋に戻ろうとする。

が。

後ろから、声をかけられた。

「ジュンカ、逃げても無駄ですよ」


ジュンカは緊迫した表情で振り返る。

私は、彼のその笑顔を知っている。昔、毎日のように見ていたから。

彼は不気味なほどの笑顔で言った。

「ここで貴女が逃げるというのなら、アカネお嬢様に危害を加えざるを得ません。さあ、わたくしについてきてください、お嬢様」


ジュンカは、右手に持っていたコーヒーの缶を落とす。

彼女の目には、混乱と絶望が映っていた。

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