第27話 失望と後悔

 三人がアパートに到着する頃、ニホンにリカルドは沈痛な面持ちでフェリー乗り場から数百メートルの地点を歩いていた。

すぐに、目の前に黒服を来た男が大勢訪れる。もちろん、ただ迎えに来たのではない。強いて言うなら、冥土めいどへの迎え、とでも言えばいいのだろうか。そんなことはともかく、光の微塵もない目でリカルドは周りを取り巻く男達をゆっくりと見つめた。

海の波の音だけが聞こえる。


 その時不意に、いかにも高級そうな車が整備されている道を通る音が聞こえる。

黒服の男たちの右隣でその車は停まり、車から数名の召使いと一人の老人がでてくる。彼は60歳以上にも見えるが、確固たる権力を持っていることを分からせるには十分すぎる服装と眼差しだった。

リカルドは観念したかのように手をあげた。

「…………直接お話をさせていただくのは、数年ぶりですね」

老人は、いかにも不服そうな顔をしている。恐らく、彼の表情から今回の失敗を理解したのだろう。

「リカルド、お前には期待しすぎたようだな」

片眼鏡越しに、老人、いやチャムロ・ユウは言った。

それに歯向かう気はないのだろう、彼は黒服の男たちに銃口を向けられてもなお、動揺した表情を見せない。

「……申し訳ありません、ジュンカお嬢様をこの場に連れてくることさえ、わたくしにはできなったようです。チャムロ家につかえる執事として、失格ですね」

そう言葉を並べると、彼はチャムロ家の当主であるユウの判断を待つ。

「……お主は、我らがずっと探し続けていたジュンカを見つけ、そしてカンコクの警察と協力しニホンに輸送するという取引を成立させるために尽力した。しかし、彼女はここにいない」

たっぷりとした間があった後、ユウは彼に一歩近づく。

「何があった? 海に飛び込んで死んだのか? 」

リカルドが目線を上げることはない。

「……恐らく」

ユウは腕を組んだまま、まるで彼の存在を品定しなさだめするかのように見つめる。やがて、彼は口を開いた。

「…………お前は優秀だった。でも今は落胆しか無い。申し訳ないが、お主の命でその罪を償うしか無いようだ」

そう言い終わった途端、黒服の男たちは一気にリカルドとの間を詰める。それでも彼は微動だにしなかった。

「……これは命令なのでしょう? ならば仕方がありませんね」

一番近くにいる黒服の男が、彼の心臓に銃口を向ける。

ユウはその様子をみながら、最後にこう付け足した。

「そうだそうだ、お主の妹は元気にしているんだったな。申し訳ないが、その妹も一緒に天国か地獄かへ行ってもらうことにするか。一人は寂しいだろう? 」

リカルドは一気に瞳孔を開き、早口で叫ぶ。

「妹は関係ない! 絶対に妹には手を出すなって約束をしたはずだ……」

乾いた音が響き、地面がゆっくりと血で染まる。

血溜まりの上に割れた片眼鏡が、微かなる悲惨さを表していた。

しかし、黒服の男たちによって死体は海に投げ捨てられ、すぐに遥か彼方に見えなくなる。

ユウが車に乗る頃には、その場は清掃されてまるでように静まり返っている。



 妹は……妹だけは……。

ああ、こんなことになるなんて。 チャムロ家に仕えたのが間違いだったのかもしれない。あの日に、あの場所に居たのが間違いだったのかもしれない。いや、全てが間違っていたのでしょう?

まだ赤ん坊にも見える少女を連れた少年は、暗く汚れた繁華街を歩いている。ああ、そこにいる少年は自分ですね。

その少年が一夜を明かそうとしたのが偶然にもチャムロ家の敷地だった、ただそれだで運命の歯車は狂ったのでしょうか。

体はボロボロでも、絶対にジェファだけは守りぬくと決意したはずなのに。今更の後悔。本当に悔しい。

チャムロ家に生涯ずっと絶対服従するという条件の元、偶然にも執事として雇ってもらえたのは、何だったのだろうか。

あの時、妹にだけは手を出すなと泣いて懇願したのは何だったのだろうか。

……いや、そもそも妹はどこにいるのか私は知りません。

チャムロ家に妹は安全な寝床を用意してもらっている、なんて言葉を信じろと?

ああ、この時点でやはり私は失格でしょうね。



 彼の死体は水底みなそこへと沈み続けている。

フェリーの汽笛の音が、無情にも鳴り響いた。

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