果てしなき二人の逃避行 〜殺し屋たちの懺悔〜

ウメコ

第一幕

君を悪夢へと導いた、これが全ての始まりだった。

第1話 警察官と指輪

 「全く、最近の社会はまるで機能していませんよ。警察だって、法に接触するような職業を黙認しているではありませんか。おかげで、この国カンコクの治安は悪くなるばかりで……」

眉間にシワを寄せたコメンテーターが、テレビ越しに訴えかけている。僕はその男がセリフを言い終わる前に、液晶画面テレビの電源を消す。

黒い手袋をした右手に持っているリモコンを高級そうなソファに投げ、僕は拳銃を持ち直し、他人の豪邸を土足で進んだ。


サイレンサーのついた拳銃から「パシュ」と音がして、目の前にいた一人の男が倒れた。他の屈強な男たちが拳銃を取り出す前に僕の放った銃弾によって倒れていき、僕は重厚感のある扉を難なく開ける。

そこには年老いた男が一人、顔を引きつらせていた。

「な、お前は誰だ! まさか、あの一件がバレたのかっ……! お、おい! 答えろ! もしかして、あの……」

鮮血が舞い散った。

拳銃からは白い煙が少しだけ出ていた。


殺し屋である僕は、今日もいつものように仕事を終える。

スプレーでの落書きばかりの裏路地で、次に殺すターゲットの位置を確認する。ここからなら電車で向かうのが一番だと考え、近くの駅へ歩き出そうとした。


その時。

若い女が、話しかけてきた。

その女は、闇のように深い漆黒の瞳と首元で無造作に外ハネしている黒髪が特徴的だった。黒いパンツスーツに身をつつんだ彼女は、身長とは関係なく威圧感を感じさせる。

「すみません、少し話をうかがいたいのですが……」

僕は何も言わずに、ジャケットの裏ポケットへと手を伸ばし拳銃の位置を確認する。

女は、スーツのポケットの中から……


軽やかな仕草で警察手帳を取り出した。


僕は反射的に銃口を女へ向ける。

ただ、彼女は全く動揺している様子を見せない。

「私は警察官のユミンと言います」

僕は尚、無言で拳銃の銃口を彼女の頭部に向ける。

「……今から、私は話します。信じるも信じないも、アナタ次第です。この話が終わったら、私を殺してくれて構いません」

夜の十二時を告げる鐘が遠くで微かに響く。

「アナタの所属する犯罪組織ダークホースにコードネーム『コフィエフ37スリーセブン』を名乗る人物がいると思います。彼は、警察官でいわば私の同僚です。組織に潜入捜査をしています。彼は私達に、組織内部でしか知ることのできない情報を流しています」


……目の前にいる女は何を言っているのだろう。


「警察は現在アナタの行方を追っていて、次にアナタが殺しに向かうターゲットの位置情報を把握しました。警察側は、ターゲットの元へ向かうときに通るであろう道の算段を立て、私がアナタを制圧し他の警察官が周りを取り囲む予定でした。ちなみに、コフィエフ37の本名はシーラン・タンで、現在半径50m以内に潜んでこちらの状況を伺っています」


僕は、困惑した。この女とはもちろん初対面だ。一体、情報を教えて何がしたいと言うのだろう。

深い沈黙があった。

「……仮に、お前の言っていることが全て正しいとして、どうしてそれを僕に話すんだ? なにか目論見でもあるのか? 」

女は顔を伏せたまま、小さな声で言った。


「私は、罪を償うしかない、から……」


僕はこの女を殺すべきなのか、そして、先程の情報は本当なのか。

……結論は出ない。

「お前の目的が、よく分からない」

僕の言葉が、冷ややかな夜に吸い込まれる。

だが、その女は何故か悲しそうに目を伏せるばかりだ。


そして、その女はポケットから指輪らしき何かを取り出し、拳銃を持っていないほうの僕の手に託す。

そして、何もせずに女は去ってしまった。

混乱しつつ拳銃をしまい、ハンカチごと渡された指輪を見る。

僕は、衝撃を隠せなかった。


その少し錆びた指輪には、「D.Charlene」とイニシャルが入っていた。

これは、いつの日かなくしてしまった僕の大切な指輪だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る